**そして迎えた45年 [#d8b6c352]

米軍によるエッセンへの核攻撃からおよそ2ヶ月。
ドイツ軍はしかし小揺るぎもせず、バルカンに上陸した米陸軍を崩壊させつつあった。

&ref(1枚目.jpg);

ルーマニアまで突破した一部装甲部隊は歩兵との連携を絶たれて逃げ回るのみとなっており、
ギリシャ東部には司令部含む21個師団がまさに殲滅されようとしている。
アドリア海沿岸・ドゥブロブニクには17個師団が包囲下に置かれており、
ギリシャの米主力軍は北からの圧力の前に後退を繰り返している。

また、2月初頭のインド・アフリカ戦線の様子はこの通り。

&ref(2枚目.jpg);

インド戦線は完全に崩壊、英印のICは実効81まで減少している。
アフリカ方面でもドイツ軍の突破が続いており、イギリスの手によって再独立を果たしているエチオピア国境が最前線となってしまっている。

ドイツ帝国は核攻撃を受けてなお、有り余るICにモノを言わせ、各地で優勢に戦いを続けている。

この後、2月19日にネパール、20日にエチオピアが、ドイツによって相次いで併合。

&ref(3枚目.jpg);

進撃のドイツを食い止められる物は世界に存在しないかのようであった。

**ルーズベルト死去 [#dae2e4c5]

こうした戦況の中、連合国に更なる悲報が届く。

&ref(4枚目.jpg);

3月25日、ルーズベルト米大統領が死去。
バルカン戦線の米軍がいよいよ追い詰められつつある中の訃報であった。
一方その頃――

&ref(5枚目.jpg);

&size(30){スカンジナビアは原子爆弾を手にする。};
ボーア博士が延々続けてきた研究がついに形となった瞬間であった。

もっとも……スカンジナビア空軍には戦略爆撃機なるものは、ドクトリンも含めて存在しておらず、
戦略ロケットに核を搭載するために必要な、原爆小型化の技術はまだ先、48年の技術である。
実際に核を運用できるのは数年先になるだろう。

**スカンジナビアの決断 [#s19a5f11]

この頃、我が軍はなんとかオーフスの封鎖を突破できないものかと、
一旦オーゼンセを2ヶ月ほどカラにして、ドイツ軍が去ってくれるのを期待してみた。((海峡を潜水艦で封鎖してあるので、ドイツ軍はやってこれない))
が、ドイツタワーが低くなったのを見て山岳兵で奇襲してみたところ、数日で戦車が増援に駆けつけて、どうにもならなくなってしまった。

&ref(6枚目.jpg);

元々、近隣のオルボアやキールなどが上陸可能な沿岸プロビなので、
そこの守備部隊が、こちらの攻撃に反応して、すぐさま駆け付けて来ている様子だった。
これではバルト海沿岸への上陸作戦などを行っても同様の結果にしかならないだろうし、
そもそも、駆逐艦しかいない現状では、上陸作戦など危なくて出来たものではない。
何せドイツ海軍、&size(25){空母};を竣工させた上、潜水隊も100隊以上がウロついているのだから。

&ref(9枚目.jpg);

石油は尽きているが労働力はまだ充分、陸軍は500個師団越えと途方もない。
もはや正面攻撃ではどうしようもない、やはりアレに頼るしかないのか……
輸送機はまだしも、空挺は研究機関の適性が絶望的に合わないので、出来れば研究したくなかったのだが。

&ref(7枚目.jpg);

テストプレイでは、オーフスのドイツ防衛隊を余裕で突破できたので、今回も同じようにイケるだろうと思っていたのだが、
どうやら、アレは単なる幸運の賜物だったらしい。 
これほどどうにもならんのであれば、空挺をもっと早いうちから研究しておけば良かった。┐(´д`)┌ヤレヤレ

**英領インドの断末魔 [#lec149fb]

我が国が空挺隊の研究に取り掛かっているころ、ドイツ軍はついにインドを踏破、
ビルマに到達し、日本軍と握手するのも間近となっている。

&ref(8枚目.jpg);

ドイツ軍の猛攻を受けて英軍が崩壊した結果、日本軍も活発にインドシナで活動するようになっている。
中国もジリジリと追い詰められており、大陸においての日本の優勢は確立されたと言って良いだろう。
オランダ亡命政府が立てこもっているジャワ島は、米海軍の鉄壁のガードに守られているため、落ちる気配はないことだけが救いだろうか。

なお余談であるが、この頃、&size(25){独英機動部隊決戦};とかいう脳汁溢れる戦いが繰り広げられていたらしい。

&ref(10枚目.jpg);

英は戦艦1・護衛空母1を失うが、代わりに独護衛空母2・正規空母1を撃沈した模様だ。
インドは失っても本土には手を出させまいぞ、というロイヤルネイヴィーの意地が垣間見えて実に萌える。

何? ビッグEがイタリア空軍に撃沈されてる? &size(20){安心しろ。そのビッグEは3隻目だ。};

こうしたこともありつつ、スカンジナビアにとっては例年通り、ひたすらひきこもり続けた45年が暮れていった。

**1945年に研究した技術 [#k7c3603c]
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|戦略ロケット|サーブ社|44年6月12日|45年1月15日|
|ロケット組立ライン|F・L・シュミット|44年6月20日|45年1月2日|
|1944年型兵站|スカニア・バビス|44年8月27日|45年1月20日|
|改良型病院システム|カール・ファルフ|44年9月30日|45年2月3日|
|1941年型プラント|クバナー社|44年10月21日|45年3月15日|
|半核分裂爆弾|ニールス・ボーア|44年11月13日|45年4月9日|
|1926年型輸送機|シェラー・フライファブリック|44年12月19日|45年2月16日|
|1945年型生産|F・L・シュミット|45年1月2日|45年6月16日|
|1945年型歩兵|ローフォス・アムニションスファブリック|45年1月15日|45年6月19日|
|1945年型農業|スカニア・バビス|45年1月20日|45年6月18日|
|航空船団防衛ドクトリン|サーブ社|45年2月3日|45年4月4日|
|1934年型輸送機|シェラー・フライファブリック|45年2月26日|45年4月24日|
|1942年型プラント|クバナー社|45年3月15日|45年9月7日|
|主力艦護衛ドクトリン|スカンディナビア海軍|45年4月4日|45年6月27日|
|核分裂爆弾|ニールス・ボーア|45年4月9日|45年10月29日|
|1938年型輸送機|シェラー・フライファブリック|45年4月24日|45年7月10日|
|1938年型空挺兵|ヘルゲ・ユング|45年6月16日|45年9月7日|
|1945年型野砲|ボフォースAB社|45年6月18日|45年8月27日|
|1941年型輸送艦|バーマイスター&ウエイン社|45年6月19日|45年7月26日|
|大規模航空攻撃ドクトリン|スカンディナビア海軍|45年6月27日|45年9月2日|
|1941年型輸送機|シェラー・フライファブリック|45年7月10日|SS撮り忘れながら10月初旬と推定|
|1945年型ロケット砲|ボフォースAB社|45年8月27日|45年11月28日|
|1937年型護衛戦闘機|サーブ社|45年9月2日|45年10月24日|


核分裂爆弾の研究まで終了し、次は49年の小型原爆となるので、ここでボーア博士には一休みしてもらう。
また、輸送機・護衛機・空挺の研究を進め始めた。もっと早く用意すべきだったのは先述した通り。
つーか青写真アリなら、スキル4・適正一致1つでも、3ヶ月足らずで38年式空挺の研究終わるのな……

**勝負の1946年 [#w84b53c0]

さて、46年である。
年初のアフリカ戦線はこの通り。

&ref(12枚目.jpg);

ドイツ軍はリビアを踏破してチュニジアへ向かい、また、南ではサハラを縦断して自由フランス本拠地であるプラザヴィルへと向かっている。
バルカン戦線では、ドゥブロブニク橋頭堡から米軍が反撃に出ているが、
一方ギリシャ方面ではアテネ以南にまで押し込まれてしまっている。

なお、この頃我がスカンジナビアでは、よーうーやーく、独立時に頂いた不満度10・一般動員時の不満度5、合計15の解消が完了している。
チビチビ減らし続けて丸3年近くかかってしまった。ヤレヤレだぜ。

&ref(11枚目.jpg);

なお実効ICは146。労働力にもまだ余裕がある。ドイツ軍は国境要塞に手を触れようともしない。
このままアフリカ・アジアがドイツに支配されても、この調子なら多分スカンジナビアはゲーム終了までひきこもり続けられるだろう。
だがそれではあらゆる意味でどうしようもないので、今年こそ一花上げてやりたいところだ。

**ベルリン核攻撃 [#o17d9b7d]

――と新年の目標を定めたスカンジナビアをしり目に、アメリカがベルリンで&size(30){花火};を上げやがっていた。
1946年3月1日、ドゥーリトル爆撃隊が、ドイツ首都ベルリンに核攻撃。

&ref(13枚目.jpg);

&size(25){ドイツの基礎ICが15吹っ飛び、実効は40近く低下した。};
更に、核攻撃の余波イベントによって、ドイツ首都はミュンヘンに移動。

原爆とは恐ろしい兵器であることだなあ(他人事)


**我らバイキングの子孫なり [#m1348eb0]

その半月後、3月10日。
&size(30){国産正規空母2隻が竣工。};
かつてバルト海を支配した栄光のスヴェンスカ・マリネンの子孫が、ここに復活の声を上げた。

&ref(14枚目.jpg);

出来立てほやほやの空母2隻と作り溜めていた駆逐艦20隊に、陸兵を&size(25){満載};した41年型輸送艦10隊を護衛させ、
いざ向かうのは、地中海のど真ん中、シチリア島である。

&ref(15枚目.jpg);

何せ伊仏戦艦が未だに合計6・7隻生き残っている現状で、駆逐艦だけで上陸作戦を展開する気になれなかったのだ。
いくらか事前にサルデーニャに部隊を運び込みつつ、空母が竣工するのを待ち、ようやく能動的な作戦行動に出るだけの戦備が整ったというわけだ。

この頃、アフリカではチュニジアが陥落。
米軍は米軍で、北部では内陸に引き込まれて包囲殲滅されつつあり、
南部ではギリシャから叩き出され、島嶼部に62個師団ものタワーを築いているという、惨澹たる有様である。

が、そこに隙がある。

&ref(16枚目.jpg);

サルデーニャやマルタから行った事前の航空偵察((初期配置の迎撃機隊や海爆隊を被害覚悟で飛ばした))によって、イタリア本土ががら空きであるのは確認してあった。

イタリアAIは、独露戦が始まると、ハンガリーやルーマニア同様、その陸軍の大半をドイツに貸し出すように設定される。
そして何故か、&size(30){この設定は何があっても解除されない。};((正直バグとして修正されるべき案件だと思う。))
イタリア陸軍の主力はドイツ軍の一翼を担って戦い続ける一方で、本国がスッカスカのがら空き状態になってしまうのである。

かくて、シチリア島に装甲4個を含む10個師団、更にアンツィオに冬戦争を戦い抜いた精鋭歩兵10個師団の、無血上陸に成功。

&ref(17枚目.jpg);

&size(25){あっという間にローマ陥落。};

&ref(18枚目.jpg);

&size(30){その数日後にイタリア崩壊。};

&ref(19枚目.jpg);

46年5月19日、長らく枢軸国の最有力国家としてその一翼を担い、
多数の海爆隊によって数えきれない連合軍船舶を海の底に沈めてきたイタリアが、
スカンジナビアの海賊殺法によって滅亡したのである。

この際、イタリア軍はドイツに引き継がれること無く&size(25){消滅する。};
ドイツに貸し出されていたイタリア陸軍主力はもとより、
これまで散々悩まされてきたイタリア海爆隊や、地中海で粘っていたレジナ・マリーナもことごとく消えてなくなったわけだ。

&size(35){ざまあみやがれ。};

**英国紳士の嫌がらせ [#id5fab33]

イタリア崩壊の翌日、イギリス占領下にあったサルデーニャ島に、&size(35){イタリアが建国された。};

&ref(20枚目.jpg);

&size(25){サルデーニャ島だけのイタリア。};(イタリアとは言っていない)
こんなん顔面草まみれですわ。
イタリアじゃなくてサルデーニャって名乗るべきじゃないかな?(Vic並感)

**尻に帆かけて [#q8f4801e]

――と、笑っていられたのも束の間。
イタリアが消滅した途端、物凄い勢いでやってきたドイツ軍が、猛烈な勢いで反撃に出てきたのである。

&ref(21枚目.jpg);

ほんの数日で、装甲部隊を含む10個師団単位のタワーが複数立ち並び、各個撃破も出来そうにない布陣を敷かれてしまった。

更にイタリアへの補給船団は、ドイツ潜水艦群によってボカボカ沈められていく。

&ref(22枚目.jpg);

イタリア上陸からほんの1ヶ月で50隻以上の輸送船を失った。
北欧4国の分をすべて引き継いでいるので総計で1000隻近い数があるとはいえ、こんな損害ペースには到底耐えられない。

というわけで6月半ば、イタリアに上陸した全部隊は速やかに撤収。全部隊が無事帰還に成功した。
米軍がタラントやパレルモあたりに居残っているが……まあ察してくれたまえ。

&ref(23枚目.jpg);

海賊よろしく、暴れるだけ暴れてサッと逃げ去るという作戦であったが、
トータルでの損害は10000人足らずで、ローマを劫掠しイタリアを滅亡に追いやったのだから、戦果としては充分である!

**夏祭り、夏花火 [#ra5165ae]

遠征に出ていた陸海の全軍をベルゲンに戻し終え、空挺部隊の完成を待っていた46年8月。

&ref(24枚目.jpg);

本年2発目、通算3発目の核攻撃が、ハノーファーに放り込まれた。
ドイツのICはイタリアを併合した分で補填はされているが、それでも以前の実効900にはもう届かなくなっている。
独裁・閉鎖MAXであることから、本国プロビでの反乱はまだ起こらないようだが……この核攻撃が今後も継続し続けると、いずれドイツは大変なことになるだろう。

ちなみに我が国の原子炉は、ウプサラに、技術レベルの上限いっぱいの8レベルまでが建設されている。

&ref(25枚目.jpg);

これを使う日は果たして訪れるのだろうか?

**年末の悲劇 [#mf7b9a1e]

さて。

母校に帰還し、地中海作戦での修理を終えた我が栄光の国産空母2隻は、
その後細かな修理を終えた後、駆逐艦4の護衛の下、アンダーセン少将の指揮下、北海での戦闘哨戒に当たっていた。
少将級将官のスキル値を上げるために行っていた行動だったが、&size(25){これが間違いだった。};

年末も押し迫る12月6日。
&size(30){一瞬の出来事であった。};

&ref(26枚目.jpg);

英国沿岸部で行動していたドイツ潜水艦隊''40隊''と遭遇。
一瞬にして正規空母リクサップレト、駆逐艦2隊が&size(25){消滅};。生き残りも半死半生の有様となり果てた。

2年かけて作った正規空母が、ほとんどまともな実戦も経験せず、潜水艦に叩き沈められる。
まるで&size(20){某帝国海軍のようだなァ};と落胆しながら、46年は更けていった。

**46年に研究した技術 [#od30df0d]
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|1945年型中戦車|ボルボ社|45年7月26日|46年1月6日|
|1941年型空挺兵|カール・ファルフ|45年9月7日|46年2月27日|
|現代型電撃戦|ヘルゲ・ユング|45年9月7日|46年6月5日|
|弾道ミサイル|サーブ社|45年10月24日|46年3月2日|
|1944年型輸送機|シェラー・フライファブリック|45年10月初旬と推定|46年2月6日|
|1943年型プラント|クバナー社|45年10月29日|46年5月2日|
|1945年型工兵|コングスベルグ社|45年11月28日|46年1月29日|
|護衛空母任務ドクトリン|スカンディナビア海軍|46年1月6日|46年4月29日|
|1946年型電子コンピュータ|ニールス・ボーア|46年1月29日|46年8月8日|
|基本型洋上補給|バーマイスター&ウエイン社|46年2月6日|46年4月24日|
|1944年型空挺兵|カール・ファルフ|46年2月27日|46年10月24日|
|インフラ破壊ドクトリン|ベングト・ノルデンショルド|46年3月2日|46年4月14日|
|浸透爆撃ドクトリン|ベングト・ノルデンショルド|46年4月14日|46年5月26日|
|大規模海上侵攻戦術|カールスクローナ海軍工廠|46年4月24日|46年7月19日|
|輪形陣防衛ドクトリン|スカンディナビア海軍|46年4月29日|46年7月22日|
|1945年型対空砲|ボフォースAB社|46年5月2日|46年7月17日|
|回転木馬爆撃ドクトリン|ベングト・ノルデンショルド|46年5月26日|46年7月2日|
|1945年型対潜装備|バーマイスター&ウエイン社|46年6月5日|46年8月29日|
|重点爆撃ドクトリン|ベングト・ノルデンショルド|46年7月2日|46年8月17日|
|1943年型魚雷|カールスクローナ海軍工廠|46年7月19日|46年9月19日|
|空母任務部隊ドクトリン|スカンディナビア海軍|46年7月22日|46年10月24日|
|周辺防衛ドクトリン|スカンディナビア国軍|46年8月17日|46年10月10日|
|航空機組立ライン|スカニア・バビス|46年8月29日|46年10月27日|
|1940年型護衛戦闘機|サーブ社|46年9月19日|46年11月6日|
|制空権ドクトリン|スカンディナビア国軍|46年10月10日|46年11月27日|
|通商破壊潜水艦ドクトリン|カール・ファルフ|46年10月24日|46年12月14日|

44年型空挺兵、44年型輸送機の研究が完了し、現在大急ぎで生産中。海軍ドクトリンもかなり埋まってきた。
そろそろ重要なもの・必要なものが少なくなってきたため、空軍ドクトリンにも少し手を付けたりしている。
術爆系のドクトリンは空挺強襲の効率を上げるものがあるので、とりあえず埋めてみた。

**46年に連合側で参戦した国家 [#a8b0651d]

ポルトガル:7月25日

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第9話 [[スカンジナビアは総統を抹殺する>DHでレッツスカンジナビア/スカンジナビアは総統を抹殺する]]
TIME:"2016-03-17 (木) 00:12:54"

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