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*つるこけももの汁 [#e9343398]

**プロット・アゲンスト・ロシア[#n7b7dc17]

***ペトログラード 始まりの酒場 [#p1014ff3]

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);

ロマノフの血筋と、今や町雀の噂するところであった少女は、かつてサヴィンコフや戦闘団が屯していた酒場にお忍びで来ていた。
しかし、そこにもはやドイツのビールも、フランスのワインも無い。あるのはロシアのコニャックと、日本酒と、アメリカのあまり美味とは言えないビールだけだ。
戦争はここから瀟洒な空気を奪い、サヴィンコフを礼賛するプロパガンダ、「愛国主義の聖地」としての、いわばロシアに対する陰謀の始まりを祝する場となっていた。

&ref(MRUS Yusupov.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アナスタシア、ここはもう良いだろう。さぁ行こう

アナスタシアの隣でコニャックを呷ったユスポフは、およそ男のものとは思えぬ細面に神経質なしわを浮かべ、アナスタシアに促していた。
彼の宮殿では、既にカデットや英国のスパイが議論を交わし、いかにサヴィンコフ体制に匕首を突き付けるか昏い楽しみに興じているだろう。だがユスポフはそれに参加する気になれなかった。
彼は既に、ラスプーチン暗殺を成し遂げ、そしてその結果として、父も母も弟も、姉も妹も亡くした皇女の隣に侍っていた。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ねえ、おじ様
&ref(MRUS Yusupov.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何だい
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);私がツァーリの娘だと、貴方は確かに言ったわね

ユスポフが黙って肯いた。瞳は揺らいでいて、白目は赤みを帯びている。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);検査でも、私の血筋がそうだと出ていたわ。オカルト話のように思えたけど、真実なのでしょう?
&ref(MRUS Yusupov.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);そうだよ。君はツァーリの娘だ……正統なロシアの支配者だ

ユスポフの震えた小声に、アナスタシアはゆっくりと肯いた。彼女の瞳は虚空を彷徨い、光なくどこか遠くを見つめている様子である。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);始めは私も、そう信じようとしたの。誰も彼もが私を見て、顔を綻ばせたり掌にキスをする……映画のような話で、夢と思えた出来事が現実になるんですもの
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);でも、心のどこかでそれを信じられない私が居るのよ。おじ様。検査がそう言っていて、皆がそう信じていても。私にはここでお転婆に勤めていた事の方が真実に思えるのだわ
&ref(MRUS Yusupov.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);そんな事を言ってはいけないよ。天国のお父様が悲しむ
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ねぇおじ様。あの酒場の親父さんね、私にはけっこう優しくしてくれたのよ。入り立ての頃にこっそりハムと白パンをくれてね。服も新調したものをくれた。ぜんぶ「親方」のものって言って、自分はそれを配っただけって
&ref(MRUS Yusupov.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);親方……サヴィンコフだな
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);あの男はね。白馬に跨って、血に染まった地下室から私を助け出してくれたのよ。そして、酒場を紹介してくれて、どこから手に入れたか分からない金品も銀行に入れてくれたわ
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);たまには外へ連れ出してくれて、白樺やタイガのある辺境まで見せてくれた

アナスタシアは顔を赤らめたりして、昔の思い出を少しずつ語り掛けた。しかし彼女は、酒場に黒装束の女が入ると、途端に蒼ざめた顔でこう言うのだ。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);黒い色は嫌い
&ref(MRUS Yusupov.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);なぜ?
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);サヴィンコフの隣に居る、あの女を思い出すのよ。クレムリンで倒れた後、私を押し退けるようにして、執務室を独占した女が
&ref(MRUS Yusupov.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(エマ・デーレンタールか……)アナスタシア。君の居る場所はそんなところじゃない
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);私の居る場所は、私が決めるわ

強い調子で言ってのけたアナスタシアは、怯んだユスポフの目をじっと見た。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);もしあそこに居られないなら……全部を壊して、何もかも無かった事にしたい

ユスポフはゆっくりと肯き、アナスタシアに手を差し伸べた。彼の宮殿では、ごろ皇女生存の真意を確かめに、カデット地下組織の重役たちが押し寄せている頃だった。

**静かなライン [#l57f2413]

陰謀は、ロシア軍とイギリス軍の衝突あってこそ推進する事が出来た。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/257850527.v1536790620.png

再建が進んでいたヴィルヘルムスハーフェンに砲弾を叩き込んだイギリス軍は、直ちにエルフルトまで進軍してこれを制圧した。
沿岸警備隊は配置されていたが、その中で奇妙な食人現象が発生すると部隊は四散し、防衛線に出来た空白を夜通し英特殊コマンドが突進する状況であった。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/257850525_624.v1536790608.png

マルコフとヴラーンゲリは、ハノーファーまで誘き寄せた英軍部隊をツルクルの機甲軍に寸断させた。ツルクルは、ヴィルヘルムスハーフェンへ前進した後、戦車によって荒廃していた市街地に突入。
ところがツルクルは、さしたる抵抗も無いまま、およそ訓練されたとも思えない現地の徴発部隊が、仲間の死骸を食らって戦闘を続けている様に愕然とした。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/257850526.v1536790614.png

エルフルトにおいても同様の抵抗に遭遇したロシア軍は、徴発されたはずの部隊と数日間激戦を繰り広げていた。彼らは一様に、足を吹き飛ばされたら膝で這い、指如きの損傷では健常者と変わらぬ戦闘を続けた。
幾人かの遺体を収容したツルクルは、マルコフとヴラーンゲリに情勢を報告。

&ref(ツルクル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);恐らく、次の攻勢はもっと激しく、より流血を強いるものになると思われます

とも追記した。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/257850528.v1536790626.png

ツルクルの話を証明するような事態が、ユトランド半島でも起きた。コペンハーゲンに籠城していたスウェーデン((彼らの国ではサンディカリストが権力を握った))軍が、英特殊コマンドに率いられ最後の攻勢を敢行。
スウェーデン王室の旗を掲げた軍勢がロシア軍T-34部隊に突っ込み、鉄量によって粉砕された。ロシア軍はそのままコペンハーゲンを凱旋した後、先頭に立っていた兵士が嘔吐するほど残忍な光景を見た。
国王グスタフ五世が、妻であるヴィクトリア・アヴ・バーデンを文字通り捕食していたのだ。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/257850621.v1536793332.png
http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/257850624.v1536793649.png

黙示録のような事態を報道できないロシア当局は、ひとまず英特殊コマンドにより国王が「危篤状態」にあると公表し、スカンジナビア全土に成立した新政府にはヴィドクン・クヴィスリングを長に据えた。
クヴィスリングは、王室が軒並み崩壊したスカンジナビアを「白人主義」「反共」「強力な指導体制による経済復活」というスローガンで席巻し、以後数十年に渡るスカンジナビア春の時代を演出。
「クヴィスリング」の名は後に、愛国者の代名詞として刻まれる事となる。

***パリ ヴェルサイユ宮殿(仮) [#of20560b]

&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………
&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………

マルコフとヴラーンゲリの愁色は濃かった。理由は言わずもがな、ヨーロッパではやり始めた「食人病」の事である。既にサヴィンコフとその官僚機構によって周知は為されていたが、ここまで急速な展開を見せるとは誰も思わなかった。
人間が人間を食う。そしてそれには貴賤が無い。強いて言えば共産主義者、サンディカリストは感染する度合いがかなり低いとの事から、双方ともこの病の正体がトロツキーの秘密兵器だと察していた。

&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);それで、この食人事件は西欧でどれくらい起きているのだ
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);「どれくらい?」

マルコフがオウムの用に返して、それから大笑いした。しかし顔には疲れからか、色濃いしわが刻み込まれている。

&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お答えしましょう、議長。この食人病とやらは黒死病のように深刻な広まりを見せております。特に若い人口が密集している地域、または若い人口が戦争で失われた地域で、相当数に感染の疑いがある
&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);具体的にどこを襲う?
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おあつらえ向きでね。シコルスキーを始めとするロシア系企業、それから彼らに買収されたドイツ系企業、フランス系企業等を襲撃するんですよ。「好んで」ね。ましてロシア軍将官の仮住まいや、西欧に戻った資本家たちの家も襲う
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);しかしマルクス主義者を集めたゲットーはいっさい、襲わないのです! 社会民主主義者のゲットーがこの間、食人病で壊滅したにもかかわらず……いったい誰がこんな真似を仕向けているんでしょうねぇ
&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);神父たちを派遣するのは?
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);議長。十字架や銀の銃弾よりも、アンネンコフがぶっ放した火炎放射器やホスゲンの方が効くのはポーランドで実証済みです。また歩兵用の甲冑ですか。化け物共に囲まれても生存力が高まる

マルコフは持参していたコニャックをラッパ飲みした。ヴラーンゲリは腕を組みながら、おおよそ見当のついた真犯人が。ヤギのような頭で洒落者のメガネを掛けた男があざ笑っている光景を思い浮かべた。

&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(奴は世界を救う為に世界を爆破するつもりなのだ……あのウラジーミル・イリイチのように)

しかしそうはさせないと、ヴラーンゲリは冷静に考えていた。もし西欧を地に染めるような大戦争が再発した場合は、件の新兵器を大量投入してでも戦争にケリをつけるつもりだった。
エドワード八世がブリテン島でなく、ホワイトハウスを壮麗な宮殿に変えようとしている今となっては、あの孤島の為に政治的配慮を行う必要性がない。

&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(アーサー王の伝説もろとも滅びて貰おうでは無いか)

それがヴラーンゲリが内密に、個人で出した結論だった。彼とその他最精鋭スタッフたちの枢密院では英本土決戦について事細やかな決議が出ていて、イギリス人2000万が特攻に出ても勝てる。との算段も付いている。
後は、彼等がどう動くかであった。彼はそれよりも、モスクワで政変が起きた場合……ごく近い時期に起きる権力闘争が、自分の軍閥にいかなる影響を与えるかのみを心配していた。

&ref(デーレンタール.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);失礼
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おい、貴様

政治局の長官デーレンタールは、ヴラーンゲリが不安の中でまどろんでいた時、姿を見せた。いつものように穏やかな顔で、妙齢の妻が総督に寝取られても動じない冷静さで、彼等に敬礼した。

&ref(デーレンタール.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);少しばかり野暮な話があってな。報告すべき事だ
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);部署は違えど礼儀作法と言うものがある。ノックなしに部屋に入り込むなと、作戦参謀の時に何度も言っているはずだ
&ref(デーレンタール.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);善処する。しかし今はそれどころではない

デーレンタールはまとめた書類を机に置いた。マルコフが近寄り、手に取って斜め読みすると、ヴラーンゲリに向かって姿勢を正した。

&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);オランダの奴ら、イギリス行きの密航船を手配しているようです

ヴラーンゲリはマルコフをじっと見て、知っているとでも言わんばかりに答えた。

&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);それならインドのアカもそうだ。ボースが日本に取り入っているから攻撃はしないが、連中もロシアの強大化を恐れている。清からイギリスへの貿易が続いているのは奴らのせいだ
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ならばどうすると?
&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ボリス・ヴィクトーロヴィチの立場を思え。総督ならこうした事態を許すか?

デーレンタールが意外そうな顔をしていたが、ヴラーンゲリにとってこれは芝居のようなものであった。密航船から「童貞処女」が運ばれ、イギリスで狂った実験の犠牲になっている事は陸軍情報機関も察知している。

&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);しかし、それではキリが無くなりますぞ
&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);セルゲイ・レオニードヴィチ。内戦時に我々は味方から、農民から収奪した事を忘れてはならんよ。どのみち白軍とは申せ、赤軍とは五十歩百歩なほど血にまみれていたのだ
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);両方攻撃するんですな
&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);非行を改めねば、裁きに掛ける。我々は全ヨーロッパの指導者なのだからな
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);では、どのように決着を?

ヴラーンゲリは十字を切った。その脳裡には巨大な閃光の後に立ち上ったきのこ雲が描かれている。

&ref(ピョートル・ヴラーンゲリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);Съ нами Богъ((御心のままに)).

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次の攻勢は、敵の謀略を未然に防ぐべく、ロシア側から行われる事となった。

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まずロシアが先に手を打ったのは中国問題である。中国大陸は依然として強力な中央政府が無く、地方は列強または軍閥の影響下に置かれていた。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258329101.v1539122218.png

ロシア陸軍は、江南地方に駐屯する大日本帝国陸軍の松井石根将軍と協力し、急速に清朝への包囲網を形成する事で一致した。
既に溥儀が何らかの形でサンディカリスト集団に便宜を図っているのは、沈没した密輸船から多数の水死体があがっていた事。
そして赤色インドのボース政権から「ある計画がインドにおいて企図されていた」という報告からも明らかであった。
溥儀の計画は現地を統治していた軍閥頭目・龍雲の耳にも入っていたらしく、ロシアから宣戦布告を受けた直後、

&ref(龍雲.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);各人イニシタチブを以て損耗なく生存する事を望む

このように演説して、自ら階級章を投げ捨てたあと姿を見せる事はなくなった……すべてを察した軍閥の兵士たちは、ロシア軍を「解放者」と崇めて自主的な武装解除をする一方、龍雲を助命するよう哀訴。
成都で龍雲を捕らえたレビートフは彼の階級章を手渡し、

&ref(レビートフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴君の生命と自由は「中華民国」においても保障される

と言明した。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258329246.v1539122616.png

他方、オランダは悲惨の一語に尽きた。何故ならオランダほど、イギリスに便宜を図って多数の人命を輸送した国は存在しなかった。
彼らは他国から集まって来た少なからぬ碩学をイギリスに送り込み、黒死病の如く広まりつつある吸血病がロシアの安全保障に重大な危機を与える要因を作った。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258329120_624.v1539122259.png

故にオランダの街並みは、ロシア軍のロケット砲によって破壊し尽くされる事となった。あらゆる歴史ある市街地が火力と略奪の洗礼を受けた後、オランダ女王を載せた航空機が行方不明になったのを機にオランダ軍の士気は瓦解。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258329114.v1539122244.png

先鋒に立ったカッペリは、アムステルダムに籠城したオランダ軍に女王行方不明の報せを伝えると、直ちに無条件降伏して助命を乞うべしと蘭軍司令官に要請。
しかしオランダ軍司令官は降伏よりも、かつて陽の沈まぬ帝国と呼ばれたスペインに立ち向かった祖先に恥じぬ名を残すべしと全軍に号令を飛ばした。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258329762.v1539123993.jpg

これは、ロシア陸軍兵士が撮影したロッテルダムの写真である。これらの廃墟は、終戦時のオランダにおいて「一般的な」都市の情景であった。
アムステルダムの如く玉砕を選んだ都市。または降伏勧告が何らかの手違いで為されなかった都市はみなこうなった。理由はごくシンプルだった。
オランダほどイギリスと輸出入を交わした国は、サヴィンコフ体制下のヨーロッパでは存在し得なかった。
オランダすら生き残ったのは、他の地域をロシア軍が駆けずり回っていたからで、それを良い事に阿漕な商売をやられては、「殲滅やむなし」の声をサヴィンコフとていなす事が出来なかった。

オランダは荒廃した西欧のモデルケースとなった。燃料が無いので、遠くバクーからの石油を調達しなければならず、ロシアのエネルギー会社社長が宮殿の椅子に座ってもこびへつらうばかり。
食糧は当然ロシアの農家。それもシベリアで強制労働させられている政治犯の作った穀物を、ヤルタでバカンスにいそしむ農夫から得なくてはならなかった。
彼らがルーベンスの画を所望した時、勇敢にも偽の絵画を高値で売った男が惨殺された。
殺した男は買い取った農夫で、「詐欺師を殺しただけだべさ」と訛りの強いロシア語で言った後、本物のルーベンスをタダで強奪して本国へ帰って行った。

治外法権により農夫は無罪となり、これに反対意見を唱えた人々は農夫の集団農地へ送られた。また、男の葬儀はプロテスタントの牧師ではなく正教徒の神父が執り行った。
牧師連は強制的に正教徒となるか、或いはシベリアでキリストの復活を日夜祈り、そしてロシア農夫の糊口を凌ぐほどの穀物を、ただで作らなければならなかった。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258330675.v1539126166.png

内戦期にボルシェビキが発行したポスターが、秘かに地下で売買されるようになった。誰がこれを刷り周囲に売り渡しているのかは謎であったが、由々しい事態であった。
誰も彼もがロシアの体制を恐れ、忌み嫌っていた。かつては絵空事と呼ばれた共産主義への興味関心が、またもや鎌首をもたげ始めた。
次に起きるのは何か?

&ref(スンスンおじさん.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);決まっているとも。次の戦争だ。次の次の戦争だ
&ref(少年.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);↑の油のおっさんなんか、うちのおっ父とヨーロッパぢゅう駆け回ってるだ。ド派手な花火をあげて欲しいね!何せおらがお小遣い貰えるど?
&ref(NRPR戦闘団員.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);最近は聖ゲオルギー勲章のバーゲンセールやってんだ。戦争が終わっちゃ困るよ……軍大学を出た俺が、農夫あがりの先輩方の、草履取りをやる事になるんだぜ
&ref(神父ポルスキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);暴力は忌むべき事だ。しかしこの大惨事が、ハリストスの教えを正教の下に統一する奇蹟をもたらしたなら……後世はこれを「千年帝国」の創業として認めるのではないか?

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258331055_624.v1539126992.jpg

白と、赤と、黒と、蒼い馬が、四騎士たちに鞭打たれて全てを踏みにじるべく駆け始めた。しかし、人々はいまだ地面に寝そべり、無防備な腹を晒し続けている。

***凶鳥 [#wf873269]

&ref(NRPR戦闘団員.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ふあ、ぁ……
&ref(NRPR戦闘団員.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);どうしたんだ。眠いのか

ペトログラードの波止場では、フィンランド人抵抗組織を壊滅し終えたばかりの戦闘団員が、既に歴史的使命を終えたクロンシュタット軍港を見やっていた。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258589488_624.v1540434001.png

ヘルシンキ(現:ヘルシンゲルフォルス)がロシア陸軍に蹂躙された後も、フィンランドでは民族主義者がマンネルヘイム元帥を旗頭に抵抗運動を続けていた。
しかしそれも、欧州大陸がロシアの傘下に入ると下火になって行き、最終的にはマンネルヘイム元帥と思しき焼死体が発見された事で抵抗運動は終わりを告げた。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258589490_org.v1540434007.png

一方、ポーランドでの抵抗は相変わらず続いていた。アンネンコフ戦闘団は幾度となくワルシャワに「攻勢」を掛けた。
戦闘団の相手となった「学生運動」の連中は、ポーランド人で構成された一個守備隊を壊滅させるほど精強で、容赦が無かった。
幾度となくワルシャワにポーランドの旗を翻す彼らは「呪われた兵士」と呼ばれ恐れられていた。彼ら二人が波止場でのんびり軍港を眺められたのも、運よく彼らが「値しない」部隊の一員だったからに過ぎない。

&ref(NRPR戦闘団員.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何かしっくりこねぇなぁ。フィンランドのカンテレ野郎どもより、ポーランドのフッサールと戦いたかったのによぉ
&ref(NRPR戦闘団員.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);連中と聞きゃ大動乱((スムータ。この時期ポーランドはモスクワを制し、ツァーリを選定するほど強大であった))から仇同志よ。名高い将軍を一人やふたりとっちめられれば、勲章や女は好き放題なのになぁ

彼らはそう言って、互いにキューバ産の葉巻を勢いよく吹かした。度重なる戦勝が世界中からの特産品をもたらしていた。葉巻のほかにも、カレー、納豆、そして小籠包……彼らはまさに幸運であった。
しかし類を見ない幸運が底の知れぬ破局をもたらす事を彼等はまだ知らなかった。彼らは軍港の隣に、ぽつりと姿を現した黒い棺のような物を凝視して、

&ref(NRPR戦闘団員.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&ref(NRPR戦闘団員.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ありゃ、空母だ!

と、へらへら笑った。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258589495_624.v1540434014.png

彼らは、既に周辺がロシアに帰した事を知っている。だから恐らくイギリスの空母が早晩轟沈するだろうと見ていた。
空母の中には、恐らく女も少なからずいるだろう、何故ならイギリスは戦争機械と化し、ロシアの大陸封鎖で青色吐息と聞く。
ボートでもやって見目麗しい「姫君」を助けては、ロシア的な手厚い歓迎をして優秀な遺伝子を胎内に残してやろう……戦争で弛緩した下種な考えの男たちは、黒い棺から羽虫のように飛び出したものを重く受け止めていない。

誰も彼も、トロツキー乾坤一擲の賭けがいかなるものか知る由もない。

**太陽の帝国 [#lb77d072]

***大日本帝国某所 [#iba90896]

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);これより、最高国防指導会議の第一回会議を行いたいと思います。まずは、お手元の資料をご覧いただきたい

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258868484.v1541741548.png

薄暗い部屋に映写機の蒼い光が灯ると、この細い目をした不愛想な、勲章がきらきらと光る陸軍大佐は語り始めた。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258868485_624.v1541743280.png

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);今次中国大陸の戦争におきまして、我が皇軍とロシア陸軍は協同作戦を展開致しました。その時の日露同盟軍は北方または南方から清帝国軍を圧倒すべく同時展開したのであります

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258868486_624.v1541741562.png

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我が皇軍は、帝国がその権益を持つ山東省青島より徐州を攻撃し、一方のロシア陸軍は旧・上清天国の信者による大清新編軍を撃破しつつ河北を蹂躙

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258868487_624.v1541741569.png

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ご覧のように、かたや奉天より活動中の徳王率いる組織により、馬賊の活動著しい内蒙古に回教徒の軍勢を閉じ込め、かたや南北より溥儀の遷った南京を制すべく日露両軍は動いたのであります

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258868488_624.v1541741576.png
http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/258868483_624.v1541741542.png

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);最終的に我が皇軍とロシア軍は、溥儀を南京近郊において捕縛した後、大清帝国解体の文書に署名させ退位という形を取らせました……ここで一つ皆さまに質問がございます

陸軍大佐が、摂政秩父宮をはじめとする指導会議の面々を見渡して、言った。

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);上記の如く同盟軍は幾度となく師団崩壊の危機に晒されております。相手がぜい弱な清軍であればまだよかったものを、これが往時のドイツ、またはフランスであればどうでありましたか?
&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我が皇軍が中国南方において輝かしい成功と共に多くの犠牲を払ったのは一億一体の御霊が痛哭に耐えぬ出来事でした。これを防ぎ新時代の戦争に対処するにはいかなる新戦力の導入が必要か、忌憚なく意見を述べて頂きたい

頬のこけた青年将校が一人、立ち上がって言う。

&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);国民精神の更なる惹起が必要である。一人一人が肉弾と化し、一撃必殺の構えをして相手に包囲などと言った、軟弱な行いをさせないのが
肝要である

摂政が眉をひそめ、荒木貞夫は顔を背けた。

&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我が皇国民は幾度となく大震災を経験し、銃弾や爆撃によって容易く動揺しないようにできている。また一億総国民が竹槍精神を以て……

青年将校がその雄弁で多く用いたのが、陸軍の大殊勲・荒木貞夫の言葉であったが故に、武山中佐は憤りを通り越してしらけ始めていた。

&ref(青年将校.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(もはや精神論が支配する事は出来ないのに、まだ化石のような理論を以て戦場を語るのか)

という具合だ。帝国は先の大戦で、中国南部をはじめとするドイツ帝国領を占領した際、彼等による必死の反撃で少なからぬ打撃を受けた。
東亜総合商社を制する「南方打通作戦」を立案した服部大佐すら、天皇陛下の子である兵士たちを無駄死にさせたと批判が飛び交っている状況下で、彼の楽天的に過ぎる意見が及ぼすのは悪影響だけだろう。
武山は服部の渋い顔つきを見た。この男の顔はいつも静かに怒っているようで、笑う顔や泣く顔を見た事が無い。

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);槍は槍でも空を飛び、火を噴く槍が必要でしょう。ロシア軍は既にロケット砲を実用化していて、その威力は昨今のアムステルダムを見ても一目瞭然であります
&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);問題は、帝国がそこまでの技術力を持ち合わせていない事なのであります。今や帝国は東亜の盟主になったのでありますが、これを維持するには他国、それもロシア=欧州経済圏と対等の勢力を選ばなければなりません

秩父宮殿下が目を細め、服部に伺う。

&ref(秩父宮雍仁.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……北米か?

服部卓四郎は殿下に対し何か言うでもなく、最高国防指導会議の出入り口に目を向けた。「何とか言ったらどうだ」と吠える少壮の軍人はさておいて、武山も荒木も皆、服部の目を向けた扉に視線を集中する。

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ちょうど今いらしたかな

二人分の靴音が止んだ後、開かれた扉から部屋の中に足を踏み入れた男たちの顔を、秩父宮殿下並びに荒木陸軍大将、そして会議に参加した武官たち全員が目撃した。

&ref(ウィロビー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);グッドモーニング!

目の前に居るブルドッグのような顔をした男を差し置いて、旧米軍の帽子を被った男があいさつした。

&ref(チャーチル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お会いできて光栄です。秩父宮殿下

続いて、知る人ぞ知るウィンストン・チャーチルが恭しく秩父宮殿下に振舞った。彼は亡命後に成立した新内閣で戦争計画に携わり、対米戦争を勝利に導いた男として政界の次世代を担う地位を約束されていた。
だが、後ろに居る男は武山含めて他の誰も知らない。唯一、服部だけこの男の正体を知っている様子だった。

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);今回私がお二人を呼びましたのは、チャーチル閣下が富士山をスケッチすべく内地に参りましたのを耳にして、岩畔閣下を通じこちらにも来て頂けるようお願いしたのでございます
&ref(KR荒木貞夫.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おいおい待ちたまえ。なぜこのような真似をした? 一軍人が他国の代表と交渉するのは天皇陛下の御稜威に泥を塗る事態だ

服部はすげなく答えた。

&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お言葉を返すようですが、閣下。帝国議会を閉鎖し軍評議会による「昭和維新」体制を築いた時、いかなる合意が臣民と政府の間に為されたか寡聞にして私は知りません
&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ましてや、秘密戦を担う機関と、このたび編成されつつある空軍には相応の自由が約束されていたはず
&ref(KR荒木貞夫.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);国と国との盟約は、別だ!

荒木が服部をキッと睨んだ。今次大戦であらゆる作戦を立案してきたこの男が、どうしてこれほど軽率な動きに出たのか理解できないでいるのだ。
けれども武山は、秩父宮殿下の顔に波風立った様子もなく、チャーチルや後ろの男に目をやっている様子を見るに、何らかの合意がかなり少数の間で決められていた事を悟った。

&ref(ウィロビー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何だ、情報は共有されておらんのですか! Mr.ハットリ。我が故国においてすら重大な話は参謀会議で共有されていたのだが
&ref(服部参謀.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);Mr.ウィロビー。申しわけない。建軍来情報の齟齬は我が軍のアキレス腱なのです
&ref(ウィロビー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);しかし……

ウィロビーと呼ばれた男は首を傾げながら言った。

&ref(ウィロビー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);皇帝はこれを御認めになったのでは

ウィロビーの発言を遮ったチャーチルが、朗々とした声で荒木元勲に聞いた。

&ref(チャーチル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);チャイナにおいても外務省と陸軍が別個で交渉をしていたはずです。サー・ハットリも前例を踏襲しただけかと思われますが

荒木の沈黙を受け、チャーチルは更なる話を続けた。

&ref(チャーチル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我々は富士に伺うついで、皇帝陛下より親書を賜っております。「新日英同盟」に関しまして、東亜太平洋間で揺るぎない自由と民権の帝国を築き、やがてアガルタからアトランティスを覆う「鉄のカーテン」に対抗する為であります

全員が息を吸った為に部屋中の酸素が急減する感覚を、武山は初めて覚えた。服部や岩畔を中心とする将校らは、皆示し合わせて今日までの段取りを済ませていたのだ……彼にはこの、用意された会議の場がどれほど重要な意味合いを持つか理解できた。
戦争が終わり次第、日本はロシアと袂を分かつつもりでいるのだ。
TIME:"2018-12-08 (土) 06:46:22"

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