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*タタールの軛 [#j51963ce]

**ラヴァショルを踊ろう [#td5bd148]

***ベルリン [#n944bbe6]

ケーニヒスベルクの陥落は、プロイセン及びカイザーによるヨーロッパ支配の終焉として史家に記録された。
主力軍を失ったドイツは、カリストアメリカに攻撃を受けたにも関わらずシカゴを制圧したカナダに協力を求めたが、愛人ウォリスの故郷を取り戻したいエドワード八世は、とっくにブリテン島を切り捨てていた。
参謀本部に押し込まれる形で列車に乗り込んだヴィルヘルム二世は、永世中立国オランダを伝ってアフリカに亡命。東西からの攻撃を受け続けた帝政ドイツは、百年にも満たぬ帝国の歴史を閉じつつあった。

&ref(レビートフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おい、ツルクル! 総督の党旗は?

ペーペーシャ機関銃を抱えたレビートフが、ツルクルの方を向いた。彼らは帝国議事堂の最上階に居て、カイザー武装親衛隊を重囲の中で殲滅している最中だった。

&ref(ツルクル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ダメだ! 糞SSのせいで黒百人組の旗しか無い!
&ref(レビートフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何だと……

レビートフが舌打ちしたのと同時期に、カイザーSSが「ヴィルヘルムの鋸」と呼ばれる重機関銃を乱射し始めた。壁に穴が開き、はらわたを晒しながら倒れる衝撃隊員。

&ref(ツルクル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);チョッ!
&ref(レビートフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);これじゃ埒が明かん……ツルクル、旗を持って来い
&ref(ツルクル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);え? いや、だがしかし……
&ref(レビートフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);良いから!

レビートフの催促に屈したツルクルが黒い旗を持って来ると、レビートフは旗を担いで駆けだした。ツルクルが叫んだあと衝撃隊に「続け!」と命令する。
レビートフは、重機関銃の音が止んだのとほぼ同時期に駆けだした。驚いた黒服のSSがレビートフを狙撃しようと緩慢に銃を構えた時、ツルクルが引き金をひいてSSを仕留めた。

&ref(レビートフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);キャメラマーン! 見てるか? 俺様をしっかり取って世界に見せ付けるんだぜ……アフリカのカイザーありがとう!
&ref(レビートフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&size(20){'' Sieg Heil!!''};

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/253966231.v1518300401.png

***ハンブルク [#s2ce5b78]

年明けのドイツは、細切れに分断されていた。鉄の如き威容を誇ったカイザーは落人としてアフリカに逃れ、そこで風土病に罹ったと言う。
世界の主人を気取っていたドイツ人も、今は昔の栄光を懐かしみながらフランス・コミューンの配給に預かっていた。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/253966398_624.v1518301185.png

帝国議事堂にレビートフが掲げた旗の写真は、衝撃波と化し世界中を駆け巡った。オーストリアのカイザーはこの報せを聞きつけた時、アウスグライヒを開こうとしてハンガリーに拒絶されたため、卒倒したと言う。
また、イタリア連邦の秘密警察イスカリオテの構成員は、ドイツ帝国崩壊を聞きつけるや各地で自爆テロを行い、地下組織化して絶望的な抵抗を行い始めた。
ベルリンにファシストの旗が昇った事で、旧世界は白い津波に飲み込まれてしまった。

&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お願いです、コミューンさん!

ドイツ女が大きな図体を揺らしながら、剽悍な目付きのフランス兵と対峙している。

&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ダメだな。お前の家族を全員救おうとすると、他の人民が飢えてしまう
&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);でも、ブルジョワに罪が有っても子供に罪があるなんて……
&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);豪邸を売ってカネにすればいい
&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);今、土地がどれほど暴落しているかも知らないんですか……?
&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);コルセットを身に付けて、大きなお尻を俺たちに見せ付けてるんだ。まだ蓄えがあるのかと誤解しちまってね

兵士がニヤリと笑うと、酒臭い息を白い肌の女に吐きかけた。

&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);それとも……俺たちに「施し」をくれるってのか? だったら、俺たちも考えてやるよ

兵士たちが集まってきた。配給を受けるドイツ人たちは目を背けている。女が絶望のあまり蒼くなった後、地も震えんばかりの大声に兵士たちが振り向いた。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);これは、これは……

どう猛な顔つきの男が、酒瓶を片手に担いで女に近寄った。女が顔を背けると、目を丸めた男が大笑いした後、手の甲にキスして紳士的に名乗った。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ネストル・マフノ。貴婦人と子供に忠誠を捧げる男です……どうぞよしなに

マフノは女の手を開いて配給券を三枚与えた。女が直立不動になったあと体をくの字に曲げ、並んでいた場所を横取りした男を押し退ける。

&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);マフノ将軍
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お前らのその服装どっかで見たな……栄えあるフランス第二革命を先導した、アンドレ・マルティ将軍の兵か

マフノがしげしげと軍服を見た後、微笑んだまま男を掴み挙げた。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);赤い貴族はリヒトホーフェンだけで十分なんだよ。分かってんだろ?
&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アッハイ
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お前らが学校でどんな教育を受けたか知らねぇが、あの女は未亡人なんだ。汲んでやれよ、あの人が居なきゃ、あばら家で腹を空かすガキどもはどうなる?

マフノはすっかり怯え切った一般兵を突き放した後、彼が落とした酒瓶を手に取り、げぇッと呻いた。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);「勝利ジン」だぁ? やめとけこんな安酒。お前の肝臓がパーになって余生をサナトリウムで過ごす事になる

マフノはそう言うと、彼の前でジンを飲み干し、勢いよく地面に吐き出してから後ろの群衆に振り返った。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おいッ、お前ら。まさか俺が飲めない酒をドイツ人に渡してる訳じゃないよな?
&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);え……?
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);イギリス人と違ってドイツ人は酒にうるさいんだ。こんなクソみたいなもの飲ませたら、あのテロリストの下に走るぞ……ちょっと耳貸せ
&ref(一般士官.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何ですかい、親父さん(バトゥコ)?
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);クルップだかラインメタルだか、そこの工場にブルジョワの酒蔵があったはずだ。かっぱらって来たろ?
&ref(一般士官.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おっといけねぇ、忘れてた……バトゥコ。俺も偶然それを知らせに来たんだ

口笛を吹いた士官に呼応するように、猛スピードで軍用ジープが走り込んできた。既にハンブルクは焼け野原と化していたが、マフノの部下たちは行儀よく最高級の酒をぶら下げ、ハムを担いで整列する。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);フンフン……良い匂いだ。最高級のワイン、ハム、ソーセージ。みんなここに居る労働者のものに違いない
&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ま、マフノ将軍
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);まだ居たのか、手前
&ref(一般兵.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);これほどの食物やアルコールは、コミューン軍が一旦回収する事に……
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);人民のものを、人民のもとへ返す。それに、ドイツ人の民心を確保する事はインターナショナルにとって最重要課題だ、違うか?

繰り返し規則を述べようとする兵士に、マフノは赤ワインをぶちまけた。そして口に入った赤ワインの美味さにたじろいだ兵士に瓶を放り投げると、自分もビールを一気飲みして空になった瓶を掲げる。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);俺は永らく、お前たちのカイザーに唾を吐きかけて来た。それと言うのも、酒や珍味、栄耀栄華を私し、労働者に鉄兜と銃を与える貴族どもが鼻持ちならんと考えたからだ
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);それ故に俺は、お前たちの土地で確保したブルジョワの遺産を、全て人民のものとして返還するつもりでいる。安心して欲しい! 俺はウクライナのネストル・マフノ。革命家にして対ドイツ戦争の総指揮官だ

ただし! と叫んだマフノは、ドイツ人の顔が蒼くなるのを見て笑った。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);俺と一緒に「ラヴァショル」を唄わんか……ロームのような粗忽ものが灰色に染め上げた街でも、もとをただせばお前たちが築いた街だ。俺たちはお前たちに、新しい時代と自由と、民衆の権利を与える気概を示したい

マフノが言葉を切ると同時に、大量の軍用車がマフノの後ろで停車した。軍用車の後ろから、ぞろぞろと目隠しをされた軍人たちが降りて来る。幾人かの妻子が叫ぶと同時にマフノも吠えた。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);俺たちは人民の軍隊だ。抵抗せぬ者をサヴィンコフのように絶滅させはせん。その中にはカイザー・ユーゲントも居る。飯は食わせてやった

マフノの言葉も聞かず駆けだした女がユーゲントを抱きしめてやると、歓声と共に歌声が響き始める。マフノは次第に木霊するラヴァショルの歌に耳を傾けながら、自分もそのコーラスに加わった。

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***ミュンヘン [#e7542485]

 総督(ヴォーシチ)の手助けなど必要ない! 伯爵(ドラキュラ)なぞは墓碑を刻み直してやる!
 俺たちは長きに渡り苦しんだ 俺たちは長きに渡り苦しんだ
 連中の施しなど要らない 臆病や同情など要らない
 ブルジョアジーに死を!
 音よ、万歳! 音よ、万歳!
 ブルジョアジーに死を!
 音よ、万歳! 爆音よ、万歳!
 ―――ドイツ占領下のラジオで流れた「ラヴァショルを踊ろう」

&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おいおい……イギリスとフランスは同盟国だろう

エリック・ブレアは、ミュンヘンの酒場で暇をつぶしていた。ニュースピーク軍を率いるこの男は、吸血鬼の肉弾戦部隊をポンとトロツキーに与えられてから胃薬を倍に増やしている。

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);この替え歌を作ったのはMr.マフノらしいな。やはり、あの男は英雄的だよ。俺の作った文章じゃ、表現しきれん
&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アンタは書けるだけいいさ。Mr.アーネスト。俺はオーウェルってペンネームをトロツキーに鼻で笑われちまった
&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アンタの文学は暗いんだよ……

アーネスト・ヘミングウェイは、自分の顔写真が入った「デトロイト・タイムス」の名刺を弄んだ。類まれな文才と行動力を持つ彼は、ある事件を取材にヨーロッパまで来たのだ。

&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);パパ・ダイキリは頼まないのか?
&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);上からせっつかれてる。何せ、「組合」がニューイングランドに攻め入ってからと言うものロクな事が無いんでね
&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アンタの国の状況はどうなってるんだ?

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254036108_624.v1518646960.png

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ジャップがカリフォルニアを手中に収めた。ユタでも日本軍の手を借り独立運動が起きて、ニューヨークまでカナダ軍に無血開城した……カナダ王は、自由の女神をブリタニアの女神像にするか真面目に検討してるらしい
&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);エリザベス・ウォレスの銅像に替えないだけマシだ。モズレーやトロツキーならやりかねない。で、アンタの政府は手を拱いてるのか? 奴らが勝手に起こした戦争だろう
&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);デトロイトは権力闘争に感けてる。シカゴがカナダ軍の空爆を受けてもお構いなし。あれじゃカナダ軍が街を包囲しても居残って、「正統なカリスト政府」を自称するアホが出て来るだろうな
&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お前、上層部に直言したろ
&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おうとも。それでバトゥコを取材して、「革命と社会主義精神がいかに正しいか」を書いてこいと言われた。俺は新しいアメリカでも失われた世代って訳さ
&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………同感だ

ブレアがヘミングウェイの替わりにダイキリを頼んだ。エリック・ブレアは、1924〜1925年のイギリス革命で民兵組織を作り、革命に多大な貢献をした人物だ。
だが、今の心境はヘミングウェイと同じである。革命をしてまで欲しかったものは、専制や独裁に劣らぬ秘密警察や、独裁者の私兵を束ねるNO.2の立場を手に入れる事だったのか……?
それを考える度に、ブレアは酒と胃薬を流し込み、鬱々としたまどろみの中に逃げ込むのだった。

&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);臨時ニュースをお伝えします。全人民はラジオによく耳を澄まし、新時代の報せを告げる鐘を聞き逃さないようにして下さい
&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);大げさな。ラジオなんてのはそれを伝えるのが仕事だろう……
&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ドイツ人民解放司令部のネストル・マフノ将軍が、全ロシアの総督ボリス・サヴィンコフ氏と会談する事になりました

ヘミングウェイが酒を飲むのをやめ、ブレアの袖を引っ張りながらラジオに集中し始める。

&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);両氏は帝政ドイツを粉砕した偉大なる解放闘争を寿ぐと共に、国家人民主義と全体主義がいかなる共存を図れるか話し合う予定です

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ブレア、カネはお前が払え
&ref(オーウェル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);!?
&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);世紀の二人が会談するんだ。カネはいくらでも降りて来る、次会ったら奢ろう

ヘミングウェイは足早に店を出た。待てよと叫んだブレアの後ろには店長が立っていて、両腕を組みながらブレアを睨んでいる。ブレアは片手で腹を抱えながら、財布から代金を差し出した。

**剣の舞 [#m53e3cf3]

***ベルリン [#p4baeea9]

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……ここが、ベルリンか

サヴィンコフは、もはや瓦礫と化したウンター・デン・リンデンを歩いていた。傍らにはエマ・デーレンタールが寄り添い、彼の手をしっかり握っている。

&ref(エマ婦人.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);日本のタケヤマとか言う少佐が教えてくれたわ。こういうのを、「盛者必衰の理をあらはす」って言うらしいわね
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);どういう事かね?
&ref(エマ婦人.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);どのように強い国も、軍隊も。歴史の大きな力のうねりには抗えないのよ
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……そうだな

サヴィンコフはエマの手を握り返してやると、彼方から見える「勝利の塔」がハッキリと傾いているサマを見た。
かつてドイツの威容を示した建物は、ドイツ黄昏のモニュメントとして世界中から憐憫の対象となっている。
だがサヴィンコフはその様子に感慨を抱く事も無く、ただ肯いてからエマの方へ振り返っただけだ。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);俺たちはピエレッタだ。背後には傀儡師が居て、見えざる糸に操られたまま乱痴気騒ぎを起こして、最後はつるこけももの汁を流して退場する事になる
&ref(エマ婦人.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……じゃあ、私たちはどうして、ここで人並みにデートしているの
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……?

エマがサヴィンコフの体にしなだれかかった。

&ref(エマ婦人.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);私が革命に身を投じてから、今日ここまでその歩みを止めなかったのは貴方が居たからよ
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………
&ref(エマ婦人.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴方は残酷で狂暴だけど、差別や迫害をしたりしないわ……他のイカれた右翼連中よりまだ人間らしい
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);痛めつけても意味がない奴は、無視してやるのが普通だ

サヴィンコフは、大型の馬車を引く男に挨拶された。彼はロマ人らしく、ドイツ人からふんだくった金品を馬車に突っ込んで、小さな子供たちと共に運んでいる。
サヴィンコフは彼と顔を合わせただけでこれを無視した。しかしロマ人は、むしろ彼に感謝したらしくその背中に向かって拝礼する。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);あのジプシー闇市場かどこかで儲けたな。最高枢密院で闇市を禁止しよう。それから物資を輸送する……マフノがハンブルクに居ては、ロシアも本気でドイツを懐柔せねば
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);にしても、奴らどうして俺の顔を見てもお辞儀するだけだったんだ?
&ref(エマ婦人.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ドイツでもロマ人が迫害されていたのよ。でも、貴方はロマ人に関する規制を取っ払ったじゃない
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);無意味な規制は、テクノクラートの体力を消耗するだけだ……

そうこうしているうちに、二人は勝利の塔前で立ち止まった。頂上に居た女神の生首が恨めしそうにこちらを覗く。サヴィンコフはエマの体温をより身近に感じながら思った。
この勝利で得た果実は何だろうか? 確かにロシアは旧領の全てを奪還した。しかしそれによって、同時に古き良き、牧歌的なロシアが永遠に失われたような気がする。
どこかで歯車がかみ合えば、ロシアも健全に復興して大国に復帰する事が出来たのではないか?

&ref(ウラジーミル・レーニン (WW1).png,[[閣僚画像置き場]],nolink);無駄な事だよ、ボリス・ヴィクトーロヴィチ。「歴史」に学ばねば人民は殺戮を続けるさ、宴のように――

レーニンの亡霊があざ笑う。だがサヴィンコフは、寄り添うエマの温もりがじんわりと自分の体を癒すこの瞬間を大事にしたいと思った……。
それも、車が高速で近付いてきて、中からアレクサンドル・デーレンタールが降りて来るまでの話だったが。

&ref(デーレンタール.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);総督

デーレンタールはさしてエマに注意を払わず、サヴィンコフの方に直進してその耳元で囁いた。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);警備が整ったか……よろしい

サヴィンコフはエマに手を差し伸べた。彼女は雷に撃たれたような顔をした後、反射的に華奢な右手を差し伸べて、デーレンタールの運転する車に乗り込んだ。

***ツァリーツィン [#bb658d54]

&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……聞いたか、ドミトリー大公の話を
&ref(名無し2.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);知ってる……結核で余命僅かだそうだ
&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);公爵殿下は焦っておられる。ヴラーンゲリ将軍は彼の思う通り動かないし、「ニコライ二世連合」は些細な跡継ぎ騒動で揉めている
&ref(名無し2.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……こうなれば、真打を出すしか無いな
&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);しかし、女だ
&ref(名無し2.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);しかし、それが何だと言うのだ? パーヴェル・ニコラエヴィチ
&ref(テレシチェンコ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我々「白い詠隊」は、既にカイザーの支援を打ち切られているのだ。まさかと思うが、モズレーやトロツキーの支援で活動を続けると?
&ref(ミリュコーフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………

ミハイル・イワノヴィチ・テレシチェンコはキューバ産の葉巻を吸った。ロシア有数の銀行家で有る彼は、サヴィンコフの社会主義的な政策が自分の財布の紐を締める事を嫌い、ニコライ二世連合のバックアップをしていた。

&ref(テレシチェンコ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);サリカ法的な伝統は打ち捨ててしまえ。そうでなければロマノフの血が玉座に戻る事は絶対にない。サヴィンコフが新たな王朝を作るのみだ
&ref(ミリュコーフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……
&ref(テレシチェンコ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);気の弱い公爵殿下をしっかりサポートするのだ。ヴラーンゲリは様子見で、従いそうなら仲間に引き入れる。分かったな?

テレシチェンコは溜め息を吐いた後、外套をまとい部屋を出た。階段を登ると陽の光が差して心地いい。

&ref(テレシチェンコ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);いつの日か儲け話も出来ると良いもんだ

テレシチェンコはそう呟きながら、子供が差し出した号外記事に目を通した。サヴィンコフとマフノ、反資本主義という観点からすれば同じ穴の狢が、ベルリンで角を突き合わせるらしい。

&ref(テレシチェンコ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……まぁ、お手並み拝見と行こうか

テレシチェンコはそう言いながら、コーシュキンやツポレフと言った軍需産業の名前をメモした後、路地裏から出てきた黒服の男にメモを渡した。男はメモを受け取った後、何事も無かったかのようにタクシーに手を挙げた。

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その日、サヴィンコフとマフノがベルリン宮殿で邂逅する間、ロシア軍は東南ヨーロッパにおける軍事作戦を秘かに開始した。
わずか数ヶ月で終わった大戦の際、ドイツと呼応せんと試みたオーストリア帝国諸邦に無慈悲な鉄槌を加えんと、国境周辺に集っていた大軍勢を一斉に展開したので有る。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254035756_624.v1518645751.png

まず、ボヘミアのプラハが電撃的なスピードで陥落した。カッペリを中心とする機甲軍が、マルコフの指示に従って元チェコ軍団の地下組織に決起を打診。
これに対してセルゲイ・ヴォイツェホフスキー等の将校が同士討ちと言う形で答え、オーストリアの防壁だったボヘミアはロシア人の手に落ちた。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254035753_624.v1518644836.png

ボヘミアを失ったオーストリアは、滅亡のほかにいかなる選択肢も残されていなかった。カッペリを先頭とするロシア軍は、大帝スレイマニも舌を巻くほどの大攻囲を行ってウィーンを焦土に変えた。
このときハプスブルク皇帝はハンガリーに逃れようと試みたが、アンネンコフ戦闘団が目ざとい警戒網を張っていた為に捕縛され、プラハの城にしばらく幽閉される事となる。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254035754_624.v1518644842.png

やがてヴェニスに残ったオーストリア軍がマルコフ将軍の攻囲に直面すると、この地で傭兵となっていたイスカリオテがロシア軍に投降。戦線が崩壊したオーストリア軍は各個撃破された。
ここに、ヨーロッパの旧秩序を代表していた帝国が二つ滅び、その新秩序を力によって形成するのは、ロシア率いるファシスト国家群と、英仏中心のインターナショナルとなった。
しかしその水面下では、インターナショナルの全体主義化に異を唱える勢力。そして、サヴィンコフとその徒党を「歴史的復僻の過程」と見なす勢力が地に根を張り、策謀を巡らせていた。

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***ウィーン [#zb4b56a2]

&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);やれ、やれ。ドイツを落とした次はオーストリアか? ウォーミングアップにもならんぞ、これでは
&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);まぁ、フランスを次に選ばなかったのは良かった。兵たちも疲弊していたからな……どうだ、酒飲むか?
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);結構。思索の邪魔だ

マルコフはそう言いながら、オーストリア名産のシュトゥルーデルを頬張り、地図とにらみ合っていた。
ヴォイツェホフスキーら懐かしい面々との対談を終えたカッペリは、彼らが未だ自分との行軍を覚えてくれていた事に感動を抱いている。
ヴォルガの一揆で彼らと会っていなければ、自分の大それた計画を実行に移す事も出来なかっただろうと思いつつ、カッペリはマルコフに一つ気になっていた事を尋ねた。

&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);妙に神父たちが多いと思うんだが、気のせいかな?
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……?
&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);イスカリオテ共を降参させたときに気付いた。あれも君の戦術だろう。違うか?
&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);身に覚えが無い話だ。確かにヴェニス辺りで見かけていた気もするが……私はそれほど神父たちを重要視してはいない。遥かシオンの国に召されたツァーを、今の総督よりも大事にする連中などはな

マルコフがシュトゥルーデルを呑み込んだ後、地図に零れたカスを払って一息つく。マルコフは嘘を吐いていないと理解したカッペリは、少しばかり陣幕の外がうるさくなった気がした。

&size(20){'''Боже, Царя храни! Сильный, державный...'''};

&ref(マルコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……

マルコフがやにわに立ち上がる。カッペリはサーベルを腰に提げ、歩き出したマルコフの背中に付いて行った。

&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(ツァーリを逮捕した、コルニーロフ将軍に従っていたからか……?)

そんなはずは無いとカッペリは思った。セルゲイ・マルコフと言う男は皮肉屋で肝の据わった男なのである。彼がこめかみから冷たい汗を流している時は、よほど不味い事態が訪れた時だ。
外から女の声が聞こえてきた。聞きなれた少女のような声。ボリス・サヴィンコフがそれとなく目を掛けている女の声だ。カッペリとマルコフはテントから出た後、拡がる光景に言葉を失った。

&ref(神父ポルスキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);救世主ハリストスより軍権を賜る、アナスタシア・ニコラエヴァ万歳
&ref(神父ポルスキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ツァーの血を受け継ぎし皇女と、西ローマの神権を譲りたもうハプスブルク皇帝に万歳
&ref(神父ポルスキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);双頭鷲の力を蘇らせたる祖国ロシアに……第三のローマに、万歳!

荒唐無稽な情景だった。ハプスブルク皇帝が、アンナ・アンダースンに手を引かれている。アンナは死んだはずの皇女の名で呼ばれ、かって失われた作法を以て将兵に答えている。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);まぁ……

アナスタシアがカッペリとマルコフを見た。そしてこの上ない礼節を以て挨拶をしてくる。直立したままのマルコフの肩を叩き、カッペリは「皇女」の下へ歩み寄った。

&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);これは一体、どう言う事です
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);?
&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴方は確か、総督閣下のもとにいらっしゃった……
&ref(神父ポルスキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);無礼な!
&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お待ちなさい。彼の言っている事は本当です。いえ、「本当でした」

アナスタシアは茶目っ気たっぷりに、初めて会った時の酒場でビールを運んだ様子を再現してみせる。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);はしたない事に、私はあそこで初めてビールに酔ったのです

カッペリは既に、アンナ・アンダースンが皇女である事を疑わなかった。彼はもっと大きなものに対し疑問を抱いていた。皇女が生きていたなら、サヴィンコフはそれを知らずに保護したのか。或いは――

&ref(innitzer.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);カイザーの代理人、及び神の代理人イスカリオテの総指揮官たるインニツァー、ここに

インニツァー司教が皇女に傅いた。仏伊との無謀な戦争で教皇庁をご破算にした男は、未だ最終戦争を望む狂信さでロマノフに媚びを売っているのだ。
カッペリは目を背けた。そして茶番に耐えられぬとばかりに踵を返す。

&ref(アナスタシア.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);あ

アナスタシノアの声など聞けなかった。今のカッペリの頬には涙が一筋伝っている。サヴィンコフに裏切られたからか。それとも、皇女の父が遺した遺産を砲弾の資金にした為か。
カッペリは何も考えられなかった。ただ、自分の信じた大義が、御旗がひどく無様な具合に切り裂かれたのだと言う事だけは、理解できた。

***ベルリン宮殿 [#te06b8b1]

サヴィンコフとマフノの会談は、こうした血生臭い軍事行動が続く中で行われた。会談は一ヶ月以上に渡って続き、ロシアとフランス、ひいてはイギリスの国益に沿う新ヨーロッパ建設の為、勢力圏策定に終始した。

&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ウィーンが落ちた? 腐ったリンゴなど誰も気に掛けん、捨て置け

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ウィーンが? ……前衛芸術が奴らの手に渡ったらどうなるかが心配だ。ハプスブルク? 心配すると奴らの任期と顎が伸びる。無視しろ

おおむね協議は最終段階に入っていた。ロシアが旧ブランデンブルクまでを統治する一方、フランスはその他ドイツ諸邦を切り取る。その後はドイツ諸邦に協議させ、ブランデンブルクと統一するか否かを決定させる。
またイタリアはムッソリーニ統治下に置かれ、東欧は全体的にロシアの植民地と化す。こう言った代物だった。
この間にも勢力圏内に置かれた諸国は、ルーマニア鉄衛団がロシアから禁輸を受けるなどの粛清に見舞われた。
サヴィンコフはこの戦争に手ごたえを感じていた。何しろ一年のうちに全ての旧領を、大ロシアを取り戻したのだから無理もない。
恐らく彼は水面下で帝政派が、時代遅れの復古を企てるなど夢想だにしていまい。

&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(NRPRと黒百人組は一体化せねば……無論、おべんちゃらだけが取り得のNRPRは、黒百人組に統合されて然るべきだ)

戦後について深く考慮するサヴィンコフは、また件の秘書が慌て顔で来る様子にうんざりした声を出した。

&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);まごつくな。相手も見ている中そんな浮かぬ顔をしては、ロシアの名誉に……

サヴィンコフは耳打ちした秘書の顔を見た。冷たい眼差しが秘書の小動物じみた目を捉えて離さない。

&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アンナ・アンダースンが……?

マフノはその様子を見て、サヴィンコフの顔色が変わったのをざっくばらんに解釈した。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);娘がよその男に取られたかな……

マフノが秘書を退散させた後、銅鑼の鳴るような声でロシア代表団に呼ばわって見せる。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ロシアの諸君に良く聞いて欲しい! ここのところ協議ばかりで、君たちと親睦を深める事が出来なんだ! 俺は粗忽ゆえに見落としておったが、カイゼル髭に泥を塗った仲だ。仲よくしよう!
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(奴は一体、何をぬかしている……?)
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);早速だが、腹の底を割って話す前に、二〜三質問があるから聞いてくれ。昨日、ムッソリーニ統領から聞いた話では、ウィーンの方でドンパチひと悶着あったらしいが……これ、俺たちに話を通したか?

ロシア代表団が凍り付いた。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);更に、バチカンのキリスト教改良委員会からの話によれば、あの不倶戴天のイスカリオテめサルジニアからヴェニスに逃げた。あそこは元イタリアの土地なのに、とち狂った信者どもが「ロシアに」貴族を求めて来た

マフノは、予め決められていた秘密協定を平然と破った。サヴィンコフ陣営の様子が尋常でない事が一目で分かるや、文書にない事を延々と責め立てたので有る。
これに対しサヴィンコフは冷静であり続けた。動揺を攻め立て結果を引き出すのは、アナーキスト軍団を率いたマフノ一流の戦略だ。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);条約は信義に基づいて行われるのが常だ。なのに、旧帝国を埋葬する大戦争になぜ俺たちが招かれない? 人民を不幸にする圧政者どもに鉄槌を下すのが、新世代たる俺たちの仕事だろう、違うか!?
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ヒートアップしているようだが、私の方からもよろしいかな
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何だ
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我々とインターナショナルで交わした条約には、旧オーストリア=ハンガリー帝国領は全てロシアの帰属にすると書いてあったが、「失われた」イタリアがムッソリーニ閣下に返還されるなどと書かれた事はない
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);第二に、諸君も諸君でブランデンブルク領を返還すると文書に記したが、依然として全部の領土は戻っていない。そのような準備がされている報せも無い
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);両同盟においては戦後統治に手いっぱいで、双方のため交わした誓約を果たせていない状況にある。このような中で片一方が義務的に誓約を達成するのはあべこべだ。国際社会は自国の利益を、第一に考える者が勝つ
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);んな事はどうだっていい! 重要なのは戦後すぐだぜ? オーストリアに攻め込んでウィーンを落とすなんて、バカなことがあって良いかって事なんだ!

マフノは立ち上がりサヴィンコフを指さした。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);勝手に戦線を拡げてお構いなしに国家を分断するのもそうさ。今このベルリンにはドイツ色のスカンジナビア十字がはためいてるが、ありゃ独立政府の旗と言う事はインターナショナルの首脳部みんなご存じだ
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);第一次大戦だって、占領地を抜け駆けして独り占めにしようなんて根性の悪いやり方は無かった。総督さんよ、アンタの望みは何だ。ベルリンに政府を築いて、他のドイツ諸邦を分断するつもりか?

サヴィンコフはマフノの獅子吼に対し、平板な声で答えた。

&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);勢力圏内のことをお答えするつもりはない
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……なら、こちらにも考えがある

マフノが出したのは書類だった……カイザーの秘密警察長官クルト・フォン・シュライヒャーのサインがしてあるその書類には、ロシアの保守派や帝政主義者の名前が記載されていた。議場がどよめく。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おたくの「白い詠隊」か? 動いているのさ国内で。俺たちの領地で好き放題動き回って、略奪や犯罪者の解放や、鼻持ちならない動きを取ってる。あんたこいつらの後ろ盾になっちゃいまいな
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);預かり知らぬ。私はツァーリストではないからだ
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ロマノフ家の血を引く「貴き血筋」が何度も脱獄してるんだが……ここには、ユスポフ公爵の名前もしっかり載ってるんだぜ?
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);まぁ、率直に言おう……俺はこんな結果はなからお見通しだった。ボリス・ヴィクトーロヴィチ・サヴィンコフが、俺たちに胸襟を開くなぞ有り得んとな!

マフノは、白い詠隊と言う言葉に目をつむったサヴィンコフを指さす。

&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);奴はまずツァーリの摂政を殺し、その藩屏を揺るがせにした。ところが2月革命になると人民を弾圧する黒百人組を味方に引き入れ、反戦運動をじゃんじゃん摘発した
&ref(マフノ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);それどころか、10月革命の折にはブルジョワジーと手を組んで、反革命の大暴動でレーニンの墓穴を掘る始末だ。コイツを信じた奴は裏切られ、ゴミのように捨てられるのさ!

マフノが啖呵を切って、議場は一気に緊迫状態となった。今まで瞑目していたサヴィンコフが、目を見開いて獅子吼するマフノを直視した。

&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);交渉は、決裂だな

席を立ちあがったサヴィンコフは、フランス代表団を見渡した。誰もがサヴィンコフの異様な眼光に身を竦める。

&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我々が唯一求めた平和が、このような国家的暗部の晒し合いになってしまった事を酷く悲しむ
&ref(サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);諸君によって築かれるはずだった平和が、ものの数時間、支配者の居なくなった宮殿で、未熟児のように息を引き取った事を悔いる

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);そして、これから失われるだろう膨大な生命に対し、救世主ハリストスの慈悲があらん事を、強く祈る

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宮殿前は人でごった返していた。何せ露仏の会合が決裂し、両者ともけんか別れでそれぞれの占領地に戻るのだから、その混乱ぶりは筆舌に尽くし難かった。

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(三度目も近いかな)

ヘミングウェイはそのような事を毒づいた。第三の大戦が来れば、その時こそヨーロッパの古き良き時代は挫滅し、新しく来るのはエリック・ブレアの書いた「1983年」的世界だろう。
ヘミングウェイのジャーナリストとしての嗅覚は、既にロシア代表団に群がる記者団を通して、次の時代の動きを掴ませていた。

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ちょっと失礼しますよ

ヘミングウェイは、記者団の動きとは異なったルートを辿った。VIPが馬鹿正直に正面から出るはずも無い。裏口を探し当て、黒塗りの高級車を見つける。
前方には戦闘団員が乗っていて、後方にはライトが当たらないよう工夫がされている……ヘミングウェイは勇者の如く突っ込んだ。

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ヘイ、ミスター!

戦闘団員が窓ガラスを開け、機関銃をこちらに向けた。しかしヘミングウェイは進み続け、やがて機関銃は窓の奥に隠れた。後部座席のドアを執拗に叩き、ドアを開けさせる。

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);Mr.ロープシン

サヴィンコフがヘミングウェイに振り向いた。

&ref(ヘミングウェイ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);今回マフノ将軍と話された会談内容は、いかなるものでしたかな?

ヘミングウェイの目をサヴィンコフはまっすぐに見返した。そしておかしそうな笑い声を浮かべると、微笑んだまま低い声で、呟くように答えた。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);次は、パリで会おう

サヴィンコフが窓を閉めると同時に車が急発進した。ヘミングウェイは記事のネタをメモに書きながら、ひょっとすると俺は大文豪になるかも知れんと思い始めていた……。
後にハードボイルド作家として世紀を跨ぐ名声を誇るアーネスト・ヘミングウェイは、この時未だしがない一記者でしか無かった。

**鋼と雷 [#i5c0511c]

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254181531_624.v1519427923.png

会談が失敗に終わると同時に、ロシア軍はバルカン半島への攻勢計画「ガヴリロ」を発動した。
汎スラヴ主義者でオーストリア=ハンガリー皇太子を殺害した者の名を冠する今作戦は、永らく続いたハプスブルク帝国に対する死刑宣告と言って良かった。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254181533_624.v1519427957.png

当初は予想より善戦したハプスブルク諸国も、ルーマニア鉄衛団から侵入してきたロシア軍によって挟み撃ちを受け壊滅。
鉄衛団の総統コルネリウ・コドレアヌは、「ロシア帝国の最恵国待遇」を喧伝し、国民の同意なしにロシアの傘下に入る事を望んだ。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254181528_624.v1519430445.png

しかしその末路は無残だった。ルーマニア統治下で行われていた「ある計画」が明るみに出るや、ベオグラードにてサヴィンコフが予定されていたルーマニアとの軍事同盟に関する演説を省いた。
そしてチェコスロバキア独立をアナウンスした後、足早に会場を去り、アンネンコフ戦闘団や信頼できる幕僚と共にブカレストを訪った。
無論、この動きはある問題の最終的解決を図り、もってファシズム同盟の綱紀粛正を図るものだったとは、このとき誰も知らなかった。

***ブカレスト [#qbe3a1d1]

&ref(アンネンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);うぇっ

ボリス・アンネンコフは、サヴィンコフの隣でこのような声を上げた。ブカレスト上空に黒くたなびく不吉な煙を見て、吐き気を催したのだ。

&ref(アンネンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);よぅ、ボス。あれはどう考えてもヤバいぜ
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);なぜだね
&ref(アンネンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ルーマニアじゃ最近、妙な噂が広まってるらしいんだ。ユダヤ人やロマ人をかき集めてひとまとめにして、刑務所みたいな場所に暮らさせてるってよ
&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………

私は沈黙したまま、黒くたなびく煙をずっと見ていた。アナスタシアの件以来、サヴィンコフと話す事はあまりなくなった。互いがロシアのため、亡きツァーリの復讐を果たし大ロシアを再建すると誓った。
ところが、彼がアナスタシアを隠匿し、剰え秘書として雇っていた。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);いずれにせよ、カルトとファシストのキメラを何とかしないとな。どやしつけて従わせないと何をするか……
&ref(アンネンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);殺した方が早いと思うんだがね

アンネンコフが呆れたように言って、窓を開け唾を吐いた。それが緑服の男に当たると、おいと大声で叫んだ緑服が車を止めた。

&ref(名無し.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴様。何をやったか分かっておるのか?
&ref(アンネンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);お前こそ俺の服を見ろ。ロムニアの総統閣下に言いつけられたくなかったら……

アンネンコフがルーブリを投げつけた。ルーブリは今やアメリカやカナダを越える世界最高の通貨だった。

&ref(アンネンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);クリーニングで我慢しろ。神のご加護を!

緑服は、敬礼をするとき「牢屋のマーク」を見せた。鉄衛団の旗を模していて、殉教者の象徴だそうだ……こんなゴロツキ共が殉教者呼ばわりされている国だ。
吸血鬼だって逃げ出すに違いないと私は嘲り、そして自分の狭量さを後悔した。

&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);総督、もうすぐコドレアヌ総統の官邸です

いかなる民族にも相応の理由があって独裁政治が行われているはずだ。サヴィンコフの統治を曲がりなりにも見て来た私にとって、まさかあんなバカげたことが行われている等、思いもしなかったのだ……。

***ブカレスト総統官邸 [#k1d22092]

&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);やぁ! やぁ……これはこれはモスクワの主様、へ!

コルネリウ・コドレアヌ総統は、慇懃な様子で私たちを出迎えた。彼にしても何らかの察しは付いているらしく、ホルスターには銃がぶら下がっている。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);紹介しよう。左右に侍るのは我が腹心。アンネンコフと、ウラジーミル・オスカロヴィチだ
&ref(アンネンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);どうも
&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);よろしく

アンネンコフは、見るからにコドレアヌを警戒している様子だった。裏社会から情報を吸い取る彼にしか分からない情報もあるのだろう。
彼のコドレアヌを見る目は冷たく、鋭かった。

&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);まぁまぁそう剣呑にならんでください……私めは先の事など毛ほども気にしておりませんよ

コドレアヌは、腹心に用意させた三つのイスを指した。私たちがそこに座ると、イスがギイと鳴る。コドレアヌは一瞬だけ目を丸めた後、腹心を睨んでから我々に微笑みかけた。狼のような目だった。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);私がどうして、ここに来たか分かるかね
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);偉大なる東のローマと、西のローマの末裔が秘密協定ですかな
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ここの「風習」について話に来たのだ
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………?
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ルーマニアに赴く途中、あちこちで黒煙を見た。やけに生臭い匂いがする煙だった。ルーマニア人があぁ言った煙を出すのは何を祝ってかね?

コドレアヌは目を泳がせた。

&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);えぇと、それは……
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);六芒星をシンボルとして崇める民族が、ある時期を境に一斉に姿を消したのだが、これはどこへ消えた?
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴方がたが''ジュー''を日本に移送した時、勝手に付いて行ったのです

ユダヤ人を蔑称で呼んだ事で察しは付いた。この国では、何か途轍もない事態が起きていた。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);民族の屑が

サヴィンコフは、恐らくデーレンタールが見せただろう写真を机の上に放った。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/254281822.v1519936477.jpg

&ref(カッペリ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……!

アンネンコフすら目を背けた。鉄条網の内側には見すぼらしい格好をさせられた子供が、恨めしそうにカメラを見ている。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);「労働は自由をもたらす」良いスローガンだ。ルーマニアで言う「労働」とは、即ち人間理性や良心からの解放という訳だな
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);そ、それは、その……
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);君は恐らく、ユダヤ虐殺が私にとって良い事だと錯覚していたのだろう。私の率いたパルチザンとて、ユダヤ人虐殺を何度かやった
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);そして、今度は虐殺を指揮した彼らこそ、私によって生命と名誉を奪われたのだ

アンネンコフが口笛を吹くと、いきなり戦闘団員がドアを蹴破り、コドレアヌの腹心を撃ち殺す。

&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);最後に一つ質問しよう。コルネリウ・コドレアヌ総統。ロムニア民族の指導者として答えてもらいたい、この決定は、最終的責任は誰が担っている?

サヴィンコフは、遅かれ早かれコドレアヌを殺すつもりだろうと私は考えた。戦闘団員は既に装填を終えているし、アンネンコフはククリナイフを懐から取り出そうとしていた。
しかし今まで震えていたコドレアヌは、一転して平静さを取り戻したようで、むしろサヴィンコフの憤りに嘲りを以て答えていた。

&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴方の言っている事は、あべこべそのものだ
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何……?
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴方がたはステップの末裔を殺戮し、コーカシアの小さな村々を焼いた。貴方がたはかつての上官を弑逆し、またウクライナからプロイセンにかけ、破壊と滅亡、貧困をもたらした
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);彼らのほとんどは、十数年前まで同胞として同じ国に住んでいたはずだ。なのに貴方がたは、彼らが自分たちの小さな家を持ちたいと願っただけで殴りつけ、縛り、挙句の果てには服従か死かを強制的に選ばせた
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ごく少数の、しかも国に同化しない異民族を滅ぼしたところで何になる? そんなものは、貴方がたが座る血の王権に比べれば些細な犠牲だ……この小国を守る為の
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);言いたいことはそれだけか?
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……そうだな。私は愛する鉄衛団員に別れの挨拶を交わす事も無く天国か、地獄に行く。だから私の愛する聖書の一節を以て、君たちへの手向けとしよう。

コドレアヌは懐を探り、旧約のイザヤ書を取り出した。そして指を舐めた後、慣れた手つきである頁までめくりあげ、サヴィンコフを直視した。

&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&size(20){''あなたは自分の国を滅ぼし、自分の民を殺したために、彼らと共に葬られることはない''};
&ref(コドレアヌ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&size(20){''どうか、悪を行う者の子孫はとこしえに名を呼ばれることのないように''};

なぜイザヤ書がコドレアヌの懐に入っていたのか、私は知る由もなかった。
一つだけ明らかなのは、風穴を額に開けられることを覚悟したコドレアヌは、これ以上ない呪詛をサヴィンコフに吐き捨てたという事だけだった。

-----

&ref(アントネスク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………

イオン・アントネスクは、血がこびりついたコドレアヌ総統の机を見て哀れっぽい顔をした。仮にも数時間前は主君だった男の死を、彼は本当に悲しんでいるようだ。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ご覧の通り、鉄衛団の頭目は死んだ。故に、これから始まるルーマニア新体制について君と話さねばならん
&ref(アントネスク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);他の文民政治家ではダメなのですか?
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);無理だな。鉄衛団に尻尾を振り切り捨てられ、嫉妬に狂った女みたいな連中だ

サヴィンコフはコドレアヌの席に座り、多少の血など気にも留めぬかの如く堂々としている。

&ref(アントネスク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);承服しかねます。曲乗りが如く一国家の元首を殺し、あげく新体制と称して我が国を傀儡とするなど
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);この席の元主が決めた事だ。しかも彼はポグロムをいっさい我々に報告しなかった……すればブカレストが焼け野原にされると恐れたのだろう。賢明だが、それは無用の知恵だった
&ref(アントネスク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……もし、もし私がここで承服しなかったら?

サヴィンコフは肩を竦めた。アントネスクは歯ぎしりしながら、その知性を以てルーマニアの将来に思いを馳せる。

&ref(アントネスク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(この男なら、主の居ないルーマニアで王党派と鉄衛団を争わせるなど朝飯前だろう)
&ref(アントネスク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(そうなれば死に物狂いの鉄衛団は、国家を道連れにしても権力の奪還を図る……確実に国は滅び、跡には百万を越す巨大な墓碑群が出来るだろう)
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);どうだね。少しは頭を冷やす事が出来たか?
&ref(アントネスク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……背に腹は、変えられますまい

アントネスクはサヴィンコフが差し出した文書に署名した。こうして、ルーマニアはアントネスク元帥と、彼が擁する君主による王政が復古した。
・
・
・
サヴィンコフは、もはや誰も居ない執務室でひとりコニャックを出した。もちろん机は拭いてからコップを置き、酒を注ぐ。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アンネンコフめ。あれほど嬉々として人を殺すのは初めてじゃあないか?

ボリス・アンネンコフは、鉄衛団の幹部を全国からかき集めているようだ。彼はユダヤ人を収容所から解放する替わりに、鉄衛団とその縁戚を収容所にぶち込んだ。
それから貯蔵庫に入っていたサリンガスをある部屋に装填し、幹部たちを中に入れて「入浴」させた……そして彼らは二度と娑婆に戻らなかった。
サヴィンコフはうっ憤を晴らすべくコニャックを手に取った。第一次大戦後に亡命してきたフランス人の品で、比較的温暖なクリミア半島で作られていた。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);エマには内緒で持ち出したんだ……肝心なところで抜けてやがる

サヴィンコフは瓶ごとコニャックを呷る。酒はパリで覚えてから吐くほど痛飲してきた。頭をアルコールで蕩けさせ、自分の手が血にまみれている事を忘れる為に。
今宵はレーニンも居なければケレンスキーも居ない。扉の向こうから、昔懐かしのモスクワで、左翼エスエルの地下室で嗅いだ芳香が漂ってくる。

&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……ベーヴェ

イニシャルをつないだ綽名を、マリア・スピリドーノワが呼んだ気がした。もちろん彼女の遺体は灰にされ川に流されたはずである。
しかし彼にとってスピリドーノワは生きていた。呪縛であるにしろ支えであるにしろ、血で血を洗うレーニンとの戦いで背中合わせの協力をした女だった。

&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);良くやってくれましたね。今回だけは、私も褒めてあげたいくらいなのです
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……なら、来いよ。今は酒を交わす相手も居ないんだ。アンネンコフやカッペリが来ても、鉄衛団の死臭で酔いが醒めちまう

スピリドーノワは笑った。しかしその声は少し悲し気で、重いトーンを孕んでいる。

&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);貴方は私を殺したのです。ベーヴェ
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);……あぁ。そうだっけか

ぼやくサヴィンコフの前で、スピリドーノワは彼を詰る事なく昔話をし始めた。

&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);モスクワで私がボルシェビキと戦っている時、貴方はヤロスラヴリで蜂起しましたね。私がレーニン殺しをしくじって孤立している時、貴方はカウボーイのように助けてくれた
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);そうだよ。俺はお前を助けた、そう言う決まりだったからな
&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);あの時、私はとても嬉しかったのですよ。1902年、ロシア社会民主労働党にはレーニンも、トロツキーも、メンシェビキたちも居ました。その中で貴方だけ、理論でなく行動で世を変えようと主張した
&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);1918年7月、貴方がロシアの古い都で蘇ったのだと感じました。そして私は内戦後も、貴方がどこかで我々と合流してくれる日を、知らぬ間に待ち望んでいた気がするのです

スピリドーノワの幻覚が、サヴィンコフの前で腹をさすった。

&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ロシアを作る未来の種を、男と女の手で作ろうと

彼は彼女がうっすらと涙を流しているサマを見て、顔を机に擦りながら乾いた笑いを浮かべる。自虐的で卑屈な、しかしそれ以外に道は無かったとでも言うような、思いつめた声だ。
彼はスピリドーノワに何があったかを問わなかった。問うたところで死んだ者は戻ってこないことを二人ともよく知っている。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);みんな死んだな。生きているのは俺とトロツキーだけだ。あのいけ好かないクソ野郎……何が吸血鬼だ。山籠もりの、時代遅れの、空想じみた恐怖しか味方に出来ない歴史の遺物が
&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);あのヤギ頭。便所の中に隠れていても息の根を止めてやる

スピリドーノワが口に手を当てた。今度は愉快そうに声を弾ませている。

&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ベーヴェ。貴方なら勝てます。私はそう信じてる
&ref(スピリドーノワ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);だから、ねぇ……あまり急がず、こっちに来て。土産話は、多い方が良いわ

彼女の声を聞きながら、サヴィンコフは自らを嘲るように笑い続けた。他者を厳しく罰しながら、自分だけはアルコールと糖分が形作る夢物語に耽っている。
自分には相手を裁く資格など無かったのだと、今になってサヴィンコフは考え始めた。ツァーリの血族を殺めながらそれ以上の数の人間を殺し、数多の王侯を越える富と権力を手中に収めた。
逆らう人間はシベリアの凍土に送り、或いは銃殺して氷河に沈めている。

&ref(親方サヴィンコフ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);このまま死ねりゃあ、楽だよな

薄ら寒くなってきたサヴィンコフの背中を、何か暖かいものが包み込んだ気がした。サヴィンコフはそれをスピリドーノワの抱擁かと勘違いしていた。
しかし彼を包み込んだのは死人の胸では無く、生けるエマ・デーレンタールの上着コートだった。彼女はサヴィンコフの酔いつぶれるサマを見つめた後、飲みかけのコニャック瓶を呷ってから懐にしまい、部屋を出て行く。
残ったのはサヴィンコフと、エマがモスクワから持って来た毛皮のコートだけだった。

**Reds [#m9b8d905]

***旧ウェストミンスター寺院 [#t99610dd]

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ここが、かのガイ・フォークスを、チャーティストを、そしてフェミニズム運動を弾圧した、ブルジョワ共の総本山と言う訳だな

トロツキーはもはやあらゆる宝物が砲弾と化した、旧世界の空き部屋を散策していた。彼はここに来るたび、革命に関するインスピレーションを浮かべては悦に浸るのが癖となっている。
かつて七つの海を制した大英帝国も、今や新大陸の未成熟なカリスト国家をリンチして喜ぶ田舎者の王権国家になり果てた。
故にトロツキーは、黒ずみかけた赤旗を資本家の血で染める事を、これまた可能だと信じている。

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);007、被験体の様子はどうだ?
&ref(ライリー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);途中までは死人が何人か出たのです
&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);今は違うのか?
&ref(ライリー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);アメリカ大陸の情勢を書いた新聞を見せたのです。カナダの保守系新聞をですよ? 国王が自由の女神をブリタニア像にするかどうかを真剣に検討しているという旨の記事を見た途端、従順になりはじめまして
&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);良い事だ。ブルジョワが何よりも大事にするのは金券だ。神話でも化け物でも、死に際してなお忠誠を尽くした可愛げのある親近ではない

シドニー・ライリーの報告を聞いたトロツキーは、「更羲次廚判颪れた部屋の前に立った。ドアをノックしてから開けると、見目麗しい姿の化け物が拘束されている。

&color(Red){'''お前か。私の眠りを醒ましたのは……'''};

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);? 随分と声変わりしたじゃないかね、Mr...
&ref(ライリー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);ここは伯爵とお呼び下さい。相手のプライドを考えねば……
&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);民衆の軍隊に敗れる器量の伯爵? 私なら絞首刑にしている……それで、こいつはMrと呼べば良いのか? Mrsと呼べば良いのか

怪物は何も言わず、トロツキーを濁った目で見つめた。トロツキーは、1924年に起きたイギリスの革命を思い出していた。

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彼は市民による軍隊をモズレーに提案し、ビッグ・ベンやダウニング街を陥落させた。
しかしヘルシング邸とその周辺は難攻不落で、王党派がそこに集いロンドン奪還を企てている……。

&ref(モズレー1.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);どうすれば良い? 同志トロツキー

困り顔のモズレーに対し、トロツキーは至極簡単な言葉で解決策を提示して見せたものだった。

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);人民の赤い血潮で、洗い流し、押し出すのだ

モズレーは、エリック・ブレアを主体とする市民軍を編成し始めた……いかに王党派が怪物と手を結んだとして、民衆が手向かい、「貴族に死を!」と叫び続ければどうなるか?
幸いにしてヘルシング伯爵は人道主義者なのだから、足技で王党派を分断する事などいくらでもできる。トロツキーの予想通り、ヘルシング伯爵は市民軍に対抗できなかった。
出来るだけ同胞が血を流さぬよう説得を続けた結果、息子のアーサーにすべてを託して逝ったのである。
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&color(Red){'''あのとき、見敵必殺を唱え全てを撃ち滅ぼすべきであった'''};

もう一人の伯爵の悔悟に対し、トロツキーは肩をすくめて皮肉っぽく言った。

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);我々を殺しても詮無き事さ。革命は民衆の求めたものだ。君たちが一領主であり続けようとするチャチな望みなんてのは、全てをぶち壊そうとする人間の革命的エネルギーの前には無力そのものだ

&color(Red){'''かつてはトルコのイェニチェリを血で染めたのに、紅旗のゴロツキ共に負けるとは……なぜだ? 私とお前では何が違った。人間である事と、そうで無い事か?'''};

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);日本人形みたいな髪型をしてる子供みたいな顔の化け物が、ソクラテスじみた哲学を口に出すんじゃない。シュルレアリストだって両手を挙げて降参してしまうぞ……
&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);まぁ、ともあれ旧世代の怪物が新世代の人間に教えを乞うのだ。答えてやろう……我々が共産主義の理想を掲げた時、君たちは笑っていた。
&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);笑って子供が真剣に読んでいるマルクスの著を取り上げ、彼の手を鞭で打ち、10時間以上の労働をさせても何とも思わなかった
&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);君たちが引き返し、良心の為に貧しい人々を救う機会などいくらでもあったのにそれをしなかった。ちょっと違うのは、君が杭をちょうど魚を料理する時のように用い、人間を串刺しにした
&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);しかし現代のブルジョワは、収容所を作り、植民地人をそこに押し込め、家畜のように殺し、それを「文明化」とのたまうのだ。残酷さで言えば君の方がいくらかマシなくらいなのさ
&ref(ライリー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);…………

ライリーは押し黙っていた。黙ってトロツキーの弁舌を聞き、エリック・ブレアの苦しそうな顔を思い出した。トロツキーの目はサディズムや大義に酔っている訳では無い。
純粋にこの、変幻自在な化け物を無意味な歴史の掃き溜めの、その中から取り出してやったある程度価値を有するものとして、再教育してやろうと思っているのだ。
ライリーは拘束された見目麗しい化け物が、能面の如く無表情でトロツキーを見ている有様を痛ましく思った。かつてはこんな怪物でも、暖かく理解のある者たちと共に戦っていた。

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);もし君が全てに復讐し、いささかでもこの世の未練を晴らしたいなら協力しよう。私は敵を知っているし、新しい主となり得るものも、知っている

トロツキーは化け物に写真を手渡した。ロシアの極右系メディアが報ずる「アナスタシア皇女生存」の記事である。

&ref(トロツキー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);旧世代の血を引くものに、新しい時代の息吹を、少しでも味わわせてやってくれたまえ

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TIME:"2018-03-15 (木) 08:39:45"

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