*【KRインド列藩同盟】亜大陸を取り仕切る者 /美しきヒンドゥスターンの現状確認 [#adb1fd06]

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*インド亜大陸の現状確認 [#k48f24d8]

さて、KRインドである。
既にKRは%%和訳がもたもたしているうちに%%1.7どころか1.8、あろうことかhoi4での公開を迎えているが、
KRのインドは1.7で大きく様変わりしたため、この地域の状況を再度確認しておきたい。

**1.6以前のインド [#m8d9dea5]

この頃のインド三兄弟はガンディーとボースというヒーローを複数擁する大正義バールティアに対し、
''閣僚がバニラパキスタンのコピペ同然のデリー''と''国家元首の素性が知れない諸侯連邦''((実はパンジャーブのマレー・コトラの太守))という状況である。

&ref(prasad.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);インド統一に向け、力を合わせて頑張ろう!

&ref(mathai.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&ref(スバス・チャンドラ・ボース.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&ref(ガンディ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&ref(osmani.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);おー!

&ref(エドワード8世.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);うわーやられたー

という、史実のインド統一の英雄が力を合わせてブリカスとモブを撃退するというどちらかといえば牧歌的な世界であった。

が、現在のKRインドはそのようなきれいごとが罷り通る世界ではない。

それでは今の1.7以降のインド世界を、見ていこう。


**1.7以降のインド [#qac33939]

http://art21.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383359_624.v1496670564.png

&size(18){1925年、イギリス本国は革命の炎に包まれた!};(([[引用元>https://twitter.com/Kaisermod/status/829275209685463044]]))

&size(18){だが、イギリス支配は未だ死滅していなかった!};

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&ref(ジョージ5世 (WW1).png,[[閣僚画像置き場]],nolink);本当はまだまだインドを支配していたいんだお…

&ref(ジョージ5世 (WW1).png,[[閣僚画像置き場]],nolink);だけど本国を失ってインドを力で統治できないお…

&ref(ジョージ5世 (WW1).png,[[閣僚画像置き場]],nolink);だから譲歩して何とか大英帝国に留まってもらうお!

&ref(ガンガー・シン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);あ、いいっすよ(快諾)

本国を失ったカナダ政府はインドとの間でシンガポール条約を締結、インドを自治領に昇格させてその影響力を残そうとした。

http://art21.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383366_624.v1496670573.png

その際にイギリスがインド側の交渉相手とし、自治領最初の総督にしたのがビカネール藩王ガンガー・シンである。
彼は藩王としては自国の改革に努めるとともに藩王会議の議長を歴任、ww1では無任所大臣としてインド人初の入閣を果たした人物でもある。

http://art13.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383370_624.v1496670581.png

要は''デリー側の主人公''である。

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&ref(ジョージ5世 (WW1).png,[[閣僚画像置き場]],nolink);(自治認めたから)忠誠誓って

&ref(ガンディ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);嫌です…

&ref(スバス・チャンドラ・ボース.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);寝言かな?

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http://art13.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383375_624.v1496670590.png

''当然''今更の虫の良い要求に国民会議派は反発、選挙をボイコットした上でベンガルのカルカッタに臨時政府を組織。
シンガポール条約の内容を批判し、これを鎮圧しようとしたデリー政府との間で内戦に突入する。

そうしてデリー政府と国民会議派がヒンドゥスターン平原で内戦を続けていた時…

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&ref(ウスマーン・アリー・ハーン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);何やってんだお前ら…俺も仲間に入れてくれよ〜(マジキチスマイル)

&ref(ガンガー・シン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);&ref(スバス・チャンドラ・ボース.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);なんだこのオッサン!?

誰あろう、デカン高原を治めるインド最大の藩王国ハイデラバードが最高のタイミングで謀反、

南インドの諸藩王をまとめてインド列藩同盟と号し、デリー・カルカッタ両政府の介入を排除しつつ英領インドを分け取りにしたのである。

そのうちマドラス管区についてはマドラス共和国として一応の存続を許された。

http://art5.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383383_624.v1496670597.png

&ref(ウスマーン・アリー・ハーン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);私、盟主のウスマーン!こちらは英領インドの残滓!

&ref(ジョージ5世 (WW1).png,[[閣僚画像置き場]],nolink);やめてくれよ…

&ref(ウスマーン・アリー・ハーン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);なんで?(威圧)

ちなみにこのウスマーン・アリー・ハーンこそが''KR1.7のインド列藩同盟の盟主''にして、

''KR名物列藩同盟の自爆エンターテイナー''であり、''本AARの主人公''である。

http://art5.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383387_624.v1496670606.png

世界トップクラスの大富豪にして''ダイヤモンドを文鎮に使った''だの''クソみたいなドケチだった''など様々なエピソードがあるが、
自国の近代化に力を入れ、工業化やインフラの整備、オスマニア大学を建設するなどこちらも功績は多大である。

&ref(ウスマーン・アリー・ハーン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);( ・´ー・`)

但し先述のガンガー・シンや後述するヒンドゥーの諸藩王と異なり民主化や社会制度自体の改革には消極的であり、
後年に議会こそ設けたものの、少数派の支配層ムスリムが過半数の議席を有する制度で統治を続けた。
そのためww2後には共産党の影響を受けたヒンドゥー農民とイスラームの義勇兵ラザーカールの間で血で血を洗う内戦を引き起こした。

&ref(ウスマーン・アリー・ハーン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);えっ

史実ではインド独立後に他の藩王国と異なり独立を図るが、パキスタンへの借款やゴアの買取を図ったことがバレでインドに攻め込まれて廃位、
国を失った後はインド政府から年金をもらって暮らした。

&ref(ウスマーン・アリー・ハーン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);架空の歴史の話をするなインドの盟主である俺の話をしろ

●はい。

…その後インドはデリー・カルカッタ・ハイデラバードの三勢力で泥沼の内乱を繰り広げ、
アフガンやネパール・ブータンの介入を受けつつも1929年までには三勢力疲れ果て、一時休戦を迎えることとなった。

それが、KR1.7以降のインドである。

*1936年のインド [#d7a51ddc]
**各勢力の様子 [#h901d011]

http://art21.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383549_624.v1496670892.png

ただでさえ分裂しているインドだが、各インド諸勢力は内部でも一枚岩というわけではない。

http://art21.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383526_624.v1496670844.png

デリーはその中でもまとまっており、ガンガー・シンの信望も高いが、10年の長きに渡る軍事独裁には不満も集まっている。

http://art21.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383404_624.v1496670638.png

カルカッタ政府改めバールティア・コミューンは内部の暗闘強く、''モズレーに憧れ''軍備増強とインド武力統一を唱える最大主義派のボースと、反西洋主義及び農本主義を唱えるガンディーの対立は深刻なものとなっている。

対立を深める両派を後目に、中道派としてフォズルル・ホクとネルーによる工業化派閥があり、こちらは両者の対立を仲裁することで政権獲得を狙っている。

フォズルル・ホクはベンガル出身の政治家で、史実ではパキスタンの分離独立に功があり、現在のバングラデシュでも重要人物とされている。

この世界では若きネルーを参謀として使い、ガンディーとボースという二巨頭を押さえて政権への道を狙っている。

&ref(フォズルル・ホク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);( ・´ー・`)

&ref(ネルー.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);でもイベントの進行で私に追い出されるんですけどねw

&ref(フォズルル・ホク.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);えっ。

さらにそれに加えてパリ帰りの正統派サンディカリストのシュリーパッド・アムリット・ダンゲ((史実ではインド共産党の創立メンバー))&ref(ダンゲ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);もこの派閥闘争に加わるという地獄具合である。

君もこの地獄の権力闘争に勝ってバールティアの権力者になろう!

&ref(ガンディ.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);いやーキツいっす(素)

ちなみにインドの混乱に便乗したアフガン・ネパール・ブータンが密かに領土を広げているが、

http://art13.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383412_624.v1496670648.png

http://art13.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383419_624.v1496670658.png

このうちアフガンとネパールは''すぐに巻き上げられる''のでどうか安心して欲しい。

&ref(ザヒル.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);俺が[[本当の世界大戦>http://hoi2aar.paradwiki.org/index.php?%C5%DC%A4%EA%A4%CEKR%A5%A2%A5%D5%A5%AC%A5%CB%A5%B9%A5%BF%A5%F3AAR]]を教えてやる

ちなみにこの世界では''イギリスのアフガンへの介入がないのでそもそもザーヒルが国王ではない''((イギリスの使嗾した反乱で王位を追われたザーヒルの本家筋に当たるアマーヌッラー・ハーンが国王を続けている))のだが、それはまぁどうでもいい。

**列藩同盟は? [#se919c2d]

列藩同盟もその実情は''もちろんグダグダである。''

http://art13.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383425_624.v1496670669.png

英領インド時代からの最大の藩王国、当時からブリテン島とほぼ同じだけの面積を誇ったハイデラバード藩王国が南部諸藩王国をまとめ、その盟主となっているものの、

ヒンドゥー系が多数を占める南インドにおいてムスリムであるハイデラバードに対し、これに次ぐ力を持つマイソール藩王国やトラヴァンコール=コーチン藩王国などヒンドゥー藩王国は常に不満を有している。

http://art13.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383432_624.v1496670680.png

そもそも藩王国どころか列藩同盟の大多数、そしてハイデラバード国内自体多数を占めるヒンドゥー系住民も同様であることは言うまでもない。

それどころか、彼らは口うるさいイギリスの目付がいなくなったことで暴虐の度合いを増す多数の藩王や地主達によって、今まで以上に搾取されているのだ…。

http://art21.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383437_org.v1496670691.png

貧しい彼らが、北東の理想を掲げる連中に魅力を感じても不思議ではない。

他にも、タミル人国家である属国のマドラス共和国も隙あれば列藩同盟内のタミル人地域回復と独立を志向しており、その動向は全く油断できない。

http://art5.photozou.jp/pub/388/3213388/photo/248383383_624.v1496670597.png

国外のデリー・バールティアが国土を狙い、国内の諸藩王・国民が不満を募らせる中、果たして列藩同盟は生き残れるのだろうか?

&ref(ウスマーン・アリー・ハーン.png,[[閣僚画像置き場]],nolink);あれ、これ詰んでね?

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TIME:"2017-07-09 (日) 18:58:32"

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