1936年

1〜5月

ヒトラー.png1月から5月はどうしたのだね
ノイラート.png日本の方で色々ありましたが、ドイツには直接関係ないので割愛です

6・7月

1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がフランクフルト・アム・マインで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がカッセルで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がシュヴァインフルトで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がエルフルトで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がゲッティンゲンで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がヴォルフスブルクで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がマクデブルクで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がポツダムで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がベルリンで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がシュトラールズントで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がロストクで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がリューベックで完成。
1936年 6月 18日 0:00 : 1 工業力がハンブルクで完成。
1936年 7月 1日 0:00 : 我が国の政策は中央計画経済の方向に移動されました。現在の値は: 3.

 

工場第1弾が完成。また、7月1日のスライダー移動で中央計画経済のIC+15%補正が乗る。これを確認次第、増えたIC分だけ工場を1個ずつ追加生産する。

 

1936年 7月 18日 0:00 : スペイン共和国でイベント「スペイン内戦」が発生。
1936年 7月 18日 0:00 : スペインの人々がスペイン共和国からの独立を宣言。
1936年 7月 19日 0:00 : スペインがスペイン共和国に対して宣戦を布告。

 

スペイン内戦スタート。スペイン共和国に予め独立保障をしておくと、ここで介入主義スライダーを動かせるのだが……完全に忘れていた。
各国の内戦に対する反応一覧。

ソビエト連邦装備と義勇兵を送る
フランスなぜ無政府主義者どもを支援する必要があるのだ。
イギリスなぜ無政府主義者どもを支援する必要があるのだ。
イタリア装備と義勇兵を送る
メキシコ装備と義勇兵を送る
ポルトガル装備と義勇兵を送る

普通だな! ドイツももちろん「装備と義勇兵を送る」。介入主義+1。
ちなみにこの時、もろもろの計算によりDHでは殆どの場合ドイツの物資貯蔵は0になる。これを補おうとして直後AIがすごい勢いで物資生産を優先するため、ICには5〜15ぐらい余剰を持たせておくと安定感が出る。

8月

1936年 8月 1日 1:00 : 我が国でイベント「ベルリンオリンピック」が発生。

 

ベルリンオリンピック。国民不満度-5%の良イベントだが、普通にプレイしているとここで国民不満度が上がっていることはないのでたいてい無意味なイベントである。

1937年

5月

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/84/Hindenburg_burning.jpg/1280px-Hindenburg_burning.jpg
1937年 5月 7日 1:00 : 我が国でイベント「ヒンデンブルク号爆発事故」が発生。

 

飛行船ヒンデンブルク号の爆発事故。国民不満度が上がる。

6月

1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がフランクフルト・アム・マインで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がカッセルで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がシュヴァインフルトで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がエルフルトで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がゲッティンゲンで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がヴォルフスブルクで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がマクデブルクで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がポツダムで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がベルリンで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がシュトラールズントで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がロストクで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がリューベックで完成。
1937年 6月 1日 0:00 : 1 工業力がハンブルクで完成。

 

工場第2弾、完成。完成した工場がだいたい稼働したら、ユニットの生産に移っていく。

 

1937年 6月 8日 0:00 : 日本が「中国軍は痛い目を見ないとわからんようだ」という選択をイベント「盧溝橋事件」においてしました。
1937年 6月 8日 0:00 : 日本が山西軍閥に対して宣戦を布告。
1937年 6月 23日 0:00 : 日本が中華民国に対して宣戦を布告。
1937年 6月 23日 0:00 : 満洲が日本の側に立って中華民国に宣戦を布告。
1937年 6月 23日 0:00 : 西北三馬が中華民国の側に立って日本 と 満洲に宣戦を布告。
1937年 6月 23日 0:00 : 中華民国が「軍閥に対し同盟を呼びかける」という選択をイベント「統一戦線 ― 雲南」においてしました。
1937年 6月 24日 0:00 : 中華民国が「我が国の工場を疎開させなければ」という選択をイベント「工場を内陸に疎開させる」においてしました。
1937年 6月 24日 0:00 : 中華民国が「軍閥に対し同盟を呼びかける」という選択をイベント「統一戦線 ― 広西軍閥」においてしました。
1937年 6月 24日 0:00 : 山西軍閥が中華民国 と 西北三馬と軍事同盟を締結。
1937年 6月 24日 0:00 : 山西軍閥が中華民国 と 西北三馬の側に立って日本 と 満洲に宣戦を布告。
1937年 6月 24日 0:00 : 雲南が「統一戦線に参加する」という選択をイベント「統一戦線 ― 雲南」においてしました。
1937年 6月 24日 0:00 : 雲南が中華民国, 西北三馬 と 山西軍閥と軍事同盟を締結。
1937年 6月 24日 0:00 : 雲南が中華民国, 西北三馬 と 山西軍閥の側に立って日本 と 満洲に宣戦を布告。
1937年 6月 24日 0:00 : 日本でイベント「支那事変発生!」が発生。
1937年 6月 24日 0:00 : 広西軍閥が「統一戦線に参加する」という選択をイベント「統一戦線 ― 広西軍閥」においてしました。
1937年 6月 24日 0:00 : 広西軍閥が中華民国, 西北三馬, 山西軍閥 と 雲南と軍事同盟を締結。
1937年 6月 24日 0:00 : 広西軍閥が中華民国, 西北三馬, 山西軍閥 と 雲南の側に立って日本 と 満洲に宣戦を布告。
1937年 6月 25日 0:00 : 日本でイベント「通州事件」が発生。
1937年 6月 25日 0:00 : 中華民国が「軍閥に対し同盟を呼びかける」という選択をイベント「統一戦線 ― 西北三馬」においてしました。
1937年 6月 26日 0:00 : 西北三馬が「統一戦線に参加する」という選択をイベント「統一戦線 ― 西北三馬」においてしました。
1937年 6月 30日 0:00 : 中華民国でイベント「第二次上海事変」が発生。
1937年 6月 30日 0:00 : 日本が「石原莞爾を更迭し、国府軍を上海で迎撃せよ」という選択をイベント「蒋介石の上海租界攻撃と石原莞爾失脚」においてしました。

 

日中戦争が始まった。一般的にFEPKではAI同士の場合は日本の調子が良くても1945年まで日中戦争は長引くのだが……。

生産方針

空軍

戦略爆撃が無茶苦茶頻繁に降ってくるFEPKでは、バニラ以上に防空網が大事である。そこで、防空用の航空機は以下のように生産する。

  • 戦闘機:16個飛行隊新設
  • 迎撃機:13個飛行隊新設(+3個既存飛行隊)=16飛行隊

爆撃機も重要である。何にでも使える戦術爆撃機はもちろん、近接支援攻撃機も大量に作る。後々余裕ができたら海軍爆撃機も作る。

  • 戦術爆撃機:8個飛行隊新設(+8個既存飛行隊)=16個飛行隊
  • 近接支援攻撃機:16個飛行隊新設
  • 海軍爆撃機:16個飛行隊新設
  • 術爆、海爆の数に合わせて護衛戦闘機も作る

これらは全て1×nの連続生産とする。すべての数が揃うのは43年ぐらいになるが、アメリカが本気を出してくるのもだいたいそのへんのタイミングなためそれほど問題ない。

陸軍

欧州戦線の戦闘の核は戦車である。そこで、3×8=24個師団を生産する。37年8月現在では旅団は付けずに生産しているが、自走砲(1939年)の研究が終わり次第、これも別途生産していく。
司令部は1×6個生産。大規模攻勢の中心にはぜひ置きたい。
山岳兵(with砲兵旅団)3×4個師団。歩兵で怪しい地形で戦うときに威力を発揮する。
あとはICの様子を見ながら歩兵を生産。歩兵の数がなきゃ戦争は成り立たん。

海軍

海軍は放置。独ソ戦の大勢が決してから作るぐらいで問題ない。アシカ作戦は当分やらんし。

7月

 

1937年 7月 8日 0:00 : イギリスが「彼の案は、アラブ人にもユダヤ人にも受け入れられまい」という選択をイベント「ピール委員会報告」においてしました。

 

スルーしたが1936年4月にパレスチナ暴動があり、それに続く一連のイベントの一応の結末になるのがこれ、「ピール委員会報告」。イギリスの選択肢によってはこのタイミングでパレスチナ・イスラエルが独立することがある。その場合中東戦線の情勢がちょっとだけ変わるため、少しだけ意識した方がいい。……と言っても、「中東戦線に到達してからイスラエル・パレスチナに宣戦布告する手間が増える」ぐらいの違いしか無いが。

11月

1937年 11月 15日 0:00 : ヴェルナー・フォン・ブラウンが「機銃掃射ドクトリン」を開発。
1937年 11月 15日 0:00 : アルベルト・ケッセルリンクが「兵站攻撃ドクトリン」を開発。
1937年 11月 15日 0:00 : エルンスト・ウーデットが「戦場阻止ドクトリン」を開発。

全く本筋と関係ないけど早くて惚れ惚れする

この辺で憲兵付き守備隊も作り始める。FEPKでのドイツの戦争相手は高パルチ地帯ばかりであり、TCが赤字になっていると気持ち悪い筆者にとってパルチザン潰しはかなり優先度の高い事項である。そんなわけで守備隊は大量に用意しておくと損がない。

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Last-modified: 2015-07-01 (水) 11:42:03 (1596d)