満州国? 違う、大清帝国だ!

リスタート、復興と開戦―1937年 6月20日〜

それではリスタートだ。戦端が開かれる以前のデータの中で最も新しい、6月20日のセーブデータから再開する。
まず前回とは兵力配置を少し入れ替える。騎兵を全て山西方面に送り、その分歩兵を半島方面に多めに配し、
山西方面ではより素早く戦線を押し上げられるように、半島戦線ではより守りを重視して、という配置にしようと、戦略再配置をかけたところで、

いきなり開戦.png

ロード後僅か1日で盧溝橋イベント発生し山西と開戦。ちょっと早すぎます日本様。
配置転換の問題もあるけれど、7月2日の大規模強襲ドクトリン完成前に、清朝復興イベントがおきてしまうと、
国家変更コマンドがらみのせいで、研究を止めざるを得なくなってしまうので、7月3日くらいに北京に着くペースで攻め始める。
後は前回と同じ手順だ。さくっと北京を占領し、イベント連鎖を開始させ、清国復活とそして

対日戦開始.png

対日開戦。さあ、出来る限り手早く山西と、山西領近辺の日本軍を片付けてしまおう。
前回同様、チャントーに大兵力を置いて、内陸に取り残された日本軍の脱出を阻みながら、唐山の日本軍に攻めかかる。

唐山攻撃.png

前回は守備隊だけだったが、今回はなんと司令部がおまけについている。これはラッキーだ。いきなり司令部を吹き飛ばされたら、簡単にはリカバリーできないだろう。
17個師団がかりの攻撃で、速やかに唐山の日本軍を撃破。14日に大連・ウラジオともども占拠に成功。これで北側の日本軍は無力化できた。
半島方面でも平壌に向かって前進している。とにかく、日本軍主力がこちらへ向かってくるまでに、押せる限り押しておいて、
山西を併合し、部隊を移動させて攻守の態勢を整えるための時間を稼がなければ……って

大連奪還.png

うわぁ

今回は日本軍の反撃が早い。
せめて大連が平地なら、日本軍を上陸させては次々撃破して、戦力をそぎ落とすという手もあるんだが……
もしも一気に大兵力にのし上げられたら、どうにも手が付けられなくなってしまうからなぁ。前回みたいに。

悪戦苦闘―1937年 8月1日〜

8月1日.png

山西方面では、占領地を出来るだけ広げずに攻めなければならない、というのが予想外に難しく、山西軍が悪い形で集結してしまい、上手く前進できずにいる。

山西VP.png

残るVPは3箇所、併合の前段階までで取っていいプロビは2箇所。
大同を落とせば、山西領を南北に分断できるのだが、同地は山、初動で殲滅し損ねた国境配備の9個師団に篭られてしまい、抜くに抜けなくなってしまった。
もともと全体の兵力に余裕が無い所に持ってきて、予定していた山西攻略部隊から5個師団ばかりを、大連の封鎖に持っていかれているため、
山西相手ですら正面戦力に差がなくなってしまっている。極めてまずい。
対日戦線では半島を南下していた3個師団が、空軍の地上攻撃でずたぼろにされ、退避を強いられてしまい前進はほぼ停止。
大連の敵も着実に増強されつつある。

8月4日

前回よりも悪い状況になりつつある。

危機.png

大連の真北、インコウを取られてIC3が吹っ飛んでしまった。防衛線を引く手駒が足りない。数が足りないし時間も足りない。
これで大規模な援軍でもあろうものなら、内戦作戦で各個撃破どころか、外線作戦で包囲殲滅の憂き目を見かねないぞ。

大同の山地に篭った9個師団も抜けないし。極めてまずい。

大同攻撃中.png

8月19日

攻撃攻撃.png

一旦カルガンを明け渡し、大同に篭っていた敵を分散させた上で、再び総攻撃をかけている。これで落ちないとマジでまずいんだが……と

突破成功.png

補充に必要な人的資源が10を越えてしまったがなんとか撃破。これで南北が分断できる。
よし、道が見えてきた。

8月25日

大連軍と半島軍に手を結ばれた。

8月25日.png

直後に反撃し、アンドンの敵勢を敗走させる。包囲されてしまった3個師団だが、まだ指揮統制はMAX近辺、充分持ちこたえられるだろうと思っていたら、
直後に飛来した敵戦術爆撃隊による猛烈な阻止攻撃を浴びて瞬く間に統制崩壊、殲滅の憂き目を見てしまう。
こんなときに限ってピンポイント空襲が決まるんだからもう!

天津の奇跡と山西併合―1937年 9月1日〜

9月1日

現在の戦況図。

9月1日.png

内陸の日本軍は必死で脱出を図るも、既に物資0・士気0の有様、一押しすれば即時敗退という状態だ。が、他の戦線では明らかに前回より状況が悪い。
この直後には再び半島軍と手をつながれ、沿海州方面でも押すどころか守りも難しく、正面から押しつぶされようとしている。

一方、山西併合完了は10月6日でほぼ確定している。
大同にいた敵勢を、補給が切れている北側に追いやった結果、首都を守る兵力はほとんどいなくなっており、後は移動にかかる時間だけが問題だ。
10月6日に残る3VPを一斉奪取して、山西と国民党が同盟する間もなく消滅させるのだ。

9月10日〜16日 

なぜか手薄になっている、日本大連方面軍に対して、蒋元帥率いる、華北から転進してきた部隊を用いて反撃を開始。

9月16日.png

インコウを奪い返し、大連周辺の日本軍をまとめて敗走させることに成功する。
とにかく鴨緑江から北の日本軍を追い出してしまわないと、戦線が広すぎてまともな防衛線を敷くことができないからな。

9月18日

勢いに乗って大連攻略を図るも、際どいところで、恐らく海路から、元気一杯の増援に到着され失敗。だが、とにかく再び大連を孤立させることはできた。

9月18日.png

この後、少しの間戦線に動きが無くなる。
こちらは、山西併合を待って大規模反撃に出るため、各部隊に休養を取らせていたためだが、
まだまだ余力があるはずの日本軍にどうして動きが無いのかと思っていたら、

9月29日

これだ!

天津強襲.png

後一週間で山西が落ちる。ここに来て詰めを誤り、併合に失敗したらそれこそ破滅的だ。
それまで何とか持ちこたえて――

10月2日

15個師団.png

15個師団……だと……? 
援軍? 今から送っても間に合わない。
そもそも送ることの出来る兵力が無い。
山西が落ちるまであと4日、それが過ぎるまで一兵の遊軍も無い。
頑張れ。頑張ってくれー!

必死の祈りと共に、天津守備隊が5対1の劣勢の中、決死の防戦を展開している一方、
大連では、その分手薄になった日本軍の防衛線に対して再度の総攻撃を加えている。

大連総攻撃.png

落ちろおおおおおおおお!




そして10月5日、各地から勝利の報がもたらされる。
まさに素晴らしい大勝利だ!

天津死守.png

天津守備隊は丸1週間以上に及ぶ防衛戦を戦い抜いて、ついに上陸軍15個師団の攻撃を跳ね返し、
大連では日本軍5個師団を降伏させることに成功。日本軍の意図を完全に挫くことができた。
これはこの大戦の流れを変える戦いになるぞ! 多分きっと。

10月6日

――と思ったら、またしても海上輸送で援軍に到着され、疲弊しきった状態で移動していた蒋元帥率いる軍勢は一瞬で敗退、大連奪取はならず。だが、

この日、龍雲大将率いる騎兵軍団が、山西首都太原に入城。ほぼ同時に各地に残っていた山西の全VPを獲得し、

全VP確保.png

併合することに成功した。

山西併合完了.png

直ちに華北の全軍をアンドンへ戦略再配置。さらにその2日後

日中戦争開始.png

山西が消滅したことによって、上海事変イベントが発生、日中戦争が勃発する。
さあ、これからは清国のターンだ!


1938 躍進の日々


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Last-modified: 2009-11-10 (火) 19:20:56 (3508d)