1914 西部戦線

フランスへの中立要請

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中欧、そして東欧における昨今の出来事は、フランスとの戦争の脅威を増大させている。一正面作戦を確固たるものにするため、我々はフランスの中立を、もちろん確約を得て要求しなければならない。

 中欧同盟とロシアの開戦によって、その同盟国たるフランスの宣戦布告の可能性は高まりつつあり、もしフランスとも開戦すれば我が国は二正面作戦を強いられることとなる。そうならないことが一番であるが、もしそうなった場合には主力をフランスに集中、早期に降伏させて、すぐさま返す刃でロシアを叩かねばならない。

開戦

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 フランスは我が国の要求を拒絶。戦争は避けられないものとなった。
 8月1日、帝国政府は事前の作戦通りフランス・ベルギー・ルクセンブルクに宣戦布告。シュリーフェン・プランが開始された。

ルクセンブルクの運命

 開戦から数日後、ルクセンブルクの全土がドイツ軍によって制圧された。この国に罪はないのだが、そもそもルクセンブルクはドイツ語圏*1であり、帝国に編入されるのが当然であるといえる*2

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 ルクセンブルク大公国よ、安らかに眠れ。中核州であるので、ドイツが負けなければこの国が再独立することはもはやないだろう。

1914年夏季攻勢

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 我が国は国境のベルギー軍を粉砕、ベルギー領内に侵入する。このままフランス領に進軍し、ドーバー海峡まで攻勢を続ける。

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 ドーバー海峡に到達。北部ではフランス・ベルギー軍を殲滅し、南部ではパリ攻略のため進撃を続ける。
 独仏国境のフランス軍を包囲するためセダンに攻撃を行うものの、ハイスタック同士の戦いのせいかなかなか抜くことができない。結局、占領直後に反撃、奪還されて、休戦までこの地で決定的な勝利は得られなかった。

パリは燃えているか

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 パリ前面に到達したドイツ軍15個師団によって、市街戦が開始された。パリには要塞があったものの、2個師団しかいなかったフランス軍に勝ち目はなかった。首都の守りがこんなのでいいのか・・・?セダンあたりからいくらでも引き抜けたのでは・・・?
パウル・フォン・ヒンデンブルク (WW1).pngまあ、国境のフランス軍を丸ヴィルヘルム2世 (WW1).pngごと包囲されることを避けたいのだろう。それにしても、2個は少なすぎる。フランスはできるかぎり兵力を温存しつつ、さっさと戦争をやめたいのかもな。
テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェーク (WW1).pngまあ、普仏戦争で負けて以来フランスは我々を憎みつつ、一方では恐れてもいたのでしょうな。ロシアと同盟すれば勝てるとでもおもったのだろうが、東部では二重帝国軍が懸命に防衛を行っている。ドイツが負ける前にフランスが荒廃するのを避け、次に機会がくるまで待つ、とでもかんがえておるのでしょう。

東部戦線異状あり

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ヴィルヘルム2世 (WW1).png・・・
テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェーク (WW1).pngパウル・フォン・ヒンデンブルク (WW1).png・・・
ヴィルヘルム2世 (WW1).pngどうしてこのようなことになっておるのだ
・・・実は、ロシア領からケーニヒスベルクが隣接していることを知らずにケーニヒスベルクの兵をティルジットに進めていた。実際、「上陸でもかけられたか」と思い慌てて艦隊を動かしている。このあと奪還できたものの、この陥落が国民に与えたダメージは大きい。気を付けなければならないだろう。

殲滅戦

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 これで合計15個ほどは殲滅できるか。フランス軍はすでに補給切れを起こしている。

極東の有色人種ども

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 ベルギーの中立侵犯を理由に宣戦布告してきたイギリスの同盟国、大日本帝国が山東省の利権を要求する最後通牒を送ってきた。思い上がりも甚だしい、有色人種が我々と対等に交渉できるとでも思っているのだろうか?我が国はこの通牒を意味のあるものとは認めない。
 その後、日本が我々に宣戦布告してきた。後で教育してやる。

フランスとの休戦

1914年9月14日、フランス政府はドイツに対し休戦を申し入れた。

 このごろロシアからの空襲が激しく、Enterを押しっぱなしにしながらプレイしていたせいで、スクショをとれていませんでした。残念。
 これによって西部戦線は終結、沿岸警備とパリ駐屯の部隊を残し東部戦線へ輸送する。この時フランスは通行許可を与えてくるのだが、フランス領内からは再配備で飛ばせないのでぶっちゃけ通行許可はいらない。このあたりは改善してもらいたいものである。

ヴェルサイユ条約

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フランスは敗北し、無条件での講和交渉に同意した。(普仏戦争から)再び、使者が面会を行う予定のヴェルサイユでドイツ兵がパレードを行った。
中欧同盟は交渉で優位に立ち、彼らに武装解除はもちろんのこと、財政的賠償をも含んだ条件を課すことができるだろう。
穏和条件は、フランスのアルザスとモーゼルにおける領有権主張の撤回のみを、そして中間条件はさらに赤道アフリカのフランス植民地を、そして過酷条件はロレーヌをも含んでいる。

 休戦協定発効から一か月、ドイツ軍の輸送がほぼ終わったころにヴェルサイユ宮殿にて講和会議が行われた。へっへっへ、出せるだけ領土を出してもらおうk・・・
ヴィルヘルム2世 (WW1).png中間条件だ。行き過ぎた要求はさらにフランスの対独感情を悪化させるだろう。ただけじめとして植民地はもらわなければな。
えぇ・・・まあしかたない。中間条件を採用しよう。

戦勝プロパガンダ

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 この条約ののち、国民に対仏戦勝を伝えるとともに大規模なプロパガンダを行った。条約で不満度がなくなっているから今使ったのはただのミスであることは参謀本部の最高機密である。


 次回、東部戦線に移ります。
次 [[]]
タイトル Kaiserschlacht
前 なし1914 対露宣戦布告


*1 事実
*2 個人の意見

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Last-modified: 2019-05-08 (水) 07:20:48 (14d)