要塞が足りないなら戦争しなければいいじゃないに戻る

転換点

39年

高まる緊張

 この年、遂にシャルル・ド・ゴールが研究機関として使用可能になる。陸軍ドクトリンに限らず産業系にすら適合するのがこの国の
技術開発陣の層の薄さを示しているが。
 3月15日、ドイツはチェコスロバキアに対し介入、チェコを併合するに至る。ミュンヘン条約を完全に無視したこの行動に対し、
我々の戦争に向けた体制は更に強化される事となる。
 25日にはリトアニアにメーメル地方の割譲を要求し、リトアニアはこれを受諾する。
 26日、今度はイタリアがアルバニア併合に向け戦争を開始。遂に欧州に戦火がともる事となる。

激動

 3月30日、ドイツの拡張政策に対抗する形でイギリスはポーランドを連合陣営に加盟させる工作を行う。イギリスとしては、連合諸国も
理解を示すと考えていたようだが、フランスのアンドレ・マリー首相はこれに対し露骨な不快感を示した。曰く、
「ヒトラーはこの程度の事で自らの領土欲を諦めたりはしない。もし彼がポーランドに侵攻して連合と戦争になった場合、最も危険に
曝されるのは我が国であって貴国ではないのだ。貴国の面子と友邦の安全のどちらを選ぶのかはっきりして頂きたい」と、ポーランドと
フランスどちらを選ぶのかとチェンバレンに詰め寄った。しかし、チェンバレンはポーランドとの同盟を取り下げる事はなく、英仏の
対立は決定的な物となる。フランス政府は、近いうちに連合陣営を脱退すると正式に表明した。
 7月1日、政策をタカ派へ1スライド。これにより、タカ派・介入主義ともにMAXである。
 8月24日、独ソが不可侵条約を締結。これは明らかにポーランド侵攻を視野に入れた行動であった。これを受け国内では生産体制の
再整備が行われたが、同時にイギリスに対する最後通牒の時期でもあった。同日、フランス王国は正式に連合陣営を脱退する。
3901.png
このとき、フランスの実効ICは170を超え、同時にロケット試験施設の建設が開始されたのだった。

Interlude1

 ここまでで生産した物。

  • 大量の工場
  • 護衛戦闘機隊4
  • 輸送船・護衛艦
    以上。このまま戦争に突入していたら、いうまでもなくドイツに叩き潰されていただろう。

世界大戦

 8月30日、遂にドイツはポーランドへダンツィヒの返還を要求。ポーランドはこれを拒絶し、ドイツはポーランドへ宣戦布告した。
これにより、枢軸陣営と連合陣営は全面戦争となった。極東でもこれにより戦闘が開始され、中華民国軍は香港へ進駐し奪還した。
 翌月18日、ドイツはポーランドを併合。19日には、先のモロトフ-リッベントロップ協定をの秘密議定書に基づいて東部ポーランドを
ソ連へ割譲。
3902.png
アルバニアが健在
 11月1日、英独は双方ともにノルウェー侵攻を企図。ノルウェーはこの動きに対しイギリスへ抗議した。
 16日、今度はソ連がフィンランドへカレリア地方の領土割譲を要求、フィンランドはこれを拒絶し戦争状態となる。この戦争は12月3日、
フィンランドがソ連の主張を飲む形で終結した。
 12月25日、日本では対伯工作が成功したとして、第二次日中戦争の戦端を開く決定が下される。これにより、日本は枢軸国との戦争状態になる。

Interlude2

 現時点でのICは192/151。これはフランスAAR史上最大に違いない。


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2008-09-28 (日) 20:08:00 (3673d)