懲罰戦争

暴走

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日本の軍国主義者たちは、中日戦争の敗北を「アメリカの横槍によって」齎されたもの、と定義していた。
彼らは米国への復讐主義をそのような前提で正当化し、自らの戦争を「アジアから欧米列強を排除する聖戦」などと定義した。

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中華民国は当初日米戦争に対し、冷静な中立を保っていた。しかし、米国が思いのほか日本海軍相手に手こずり戦争が長期化する見通しとなると、日米戦争の中国経済に対する悪影響を懸念するようになった。蒋介石の諮問に対し中国海軍は、東シナ海に限定すれば日本海軍に対し一時的な優位を得られる、と回答した。

南西諸島の戦い

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こうして米国の同盟国として再度日本帝国と戦端を開いた中国軍は、琉球諸島近海へと機動艦隊を出撃させた。日本海軍は中部太平洋における米海軍との戦闘で手一杯であり中国空母などに構っている余裕がなく、大型巡洋艦を主力とした艦隊を差し向けた。

だがそれは完全に日本の見当違いで、中国空母は初陣ながら航空戦力を良く活用してこれを撃退した。制海権を得た中国軍は南西諸島と九州に上陸戦をしかけ、九州では敗れたものの南西諸島の制圧には成功した。

元寇再び

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一連の戦いで中国艦隊も打撃を受け本土に帰還することとなったが、その間危惧された日本軍の逆上陸は、行われなかった。米軍が日本本土の無差別爆撃を開始し、東京に米軍大型爆撃機が襲来したからである。十分に時間をかけて補充と再編を行った、中国艦隊は上陸部隊を載せ、再び九州沿岸に姿を現した。

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第二次九州上陸作戦において、中国軍は日本側の三倍の戦力で臨んだ。戦力差を活かしてひたすら横へ横へと戦場を拡げていく中国軍の進撃に対し、日本軍は要地の守りを固めて抵抗した。中国軍はこれらの要点を避け、只管敵軍の機動を面で妨害していき、九州全体を他の部隊から切り離していった。日本軍は四方八方から迫る中国軍の砲弾と兵士への対応で、一度浸透を許した後はあっという間に戦力を喪失し壊滅した。中国軍は熊本城を接収しそこを一時的に拠点としたが、後に大宰府市を根拠地として定めた。

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九州占領は日本の交戦意欲を決定的に削ぎ、天皇は亡国を避けるため御前会議で終戦の詔勅を発した他、一般国民に対し玉音放送を実施して敗戦を受け容れるよう呼びかけた。中国は現在の占領地(琉球〜九州)を得、米国はその他の地域をGHQの指導下に置き、日本の民主化にに取り組むこととなった。二度の戦争の代償として、大日本帝国は分断国家となったのである。

大英帝国の揺らぎ

東洋の憲兵

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世界第三位あるいは第二位とさえ目された日本海軍の壊滅は、英国を震撼させた。日英は友好的ではなかったが、特別敵対的というわけでもなかった。日本が中国大陸で欲を出さなければ、日英が中国を共同経営していずれ米国にさえ対抗することが出来たかもしれない。中国で敗れたとはいえアジア最強の海軍が存在しているうちは、東洋の憲兵として英国のパートナーとして利用価値があった。だが、今となっては中国海軍の進出を止める敵は、東アジアには存在しなかった。

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英国は中国を敵として見るしかなかった。だが今一度アヘン戦争を起こしたとて、前と同じ結末を迎えられるかはわからなかった。北仏でドイツ軍に敗れ命辛々逃げてきた後は本土から一歩も出なかった英軍と違い、中国軍はいくつもの実戦を経験し近代戦の何たるかを理解し、実行することができる。最新の軍事技術を保有しており、自国で間に合わないものも米国から調達できる。

栄光なき孤立

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ところが英国に共闘を持ち掛けられる相手はいない。欧州はその大半が共産主義者の手に落ちた。第二次大戦の惨禍を殆ど味わうことなく全てを手にしたロシア人は、フランスやドイツから産業と資本主義を学び、今や米国に迫る勢いである。今の英国の孤立には栄光がなかった。


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Last-modified: 2019-12-14 (土) 15:44:23 (44d)