世界を革命せよ

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この間、世界情勢は急変していた。欧州では、中立を保っていたソ連が「予防戦争」と称してドイツへ奇襲攻撃をかけ、既に動員を解除していたドイツ軍を電撃的に粉砕し中央を征服していった。あまりの事態の推移が急だったため英仏とアメリカは何も行動することが出来ず、フランスが僅かにシュワーベン地方を占領して「ドイツ連邦共和国」を成立させた以外、中央にはソ連の衛星国家が次々と樹立されていった。

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それまでドイツが行っていた対中支援はソ連にとって代わられ、蒋介石はソ連によるトゥバ併合を認めざるを得なかった他、英仏の軍事・外交能力を一切信用できなくなり、それは香港や東南アジアに対する中国の進出の強い動機となった。

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また、外交的に孤立した英仏は植民地の独立運動に抗する余力がなくなり、ビルマや仏領インドシナが独立した。
また、フランスはド・ゴール率いる自由フランスと所謂ヴィシー政府による分裂状態となり、ソ連による世界制覇という脅威が現実化しつつあった。

継続戦争

こうした、旧大陸におけるソ連の「一人勝ち」に対し米国と中国は、日本で共産主義革命が勃発して連携が絶たれることを恐れた。今は休戦状態にあっても、法的には継続している中日戦争改め太平洋戦争を終結させる必要があった。

こうして、中国軍による朝鮮半島侵攻作戦『サンダーボルト』が発動された。作戦はアメリカ合衆国の軍事顧問団によって綿密に計画され、満州内部への日本軍の誘因とその後の反撃、さらに朝鮮半島全土の占領という三段階に分かれたものである。
作戦は、中国軍による、日本陸軍朝鮮軍への砲撃によって開始された。

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砲撃を受けた中朝国境では、戦闘の結果として橋梁が破壊され、朝鮮半島中央部から満州への進出が暫く不可能となった。日本軍は戦線の東、残された右翼側の進撃路から吉林省へと反撃し、敗走する中国軍を追った。追われる側の部隊は、殆ど抵抗せず逃走していったが、中国軍は次々と小規模な部隊をぶつけては撤退する行動を繰り返した。

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日本軍は、中国軍の意図に気づかなかった。日本軍はそれが中国軍の計画された行動とは知らずに、却って敵戦線崩壊の兆候であると解釈し、追撃を続けた。黒竜江省まで侵入しようやく足を止めた日本軍が目の当たりにしたのは、完全に反撃体制の整った中国軍陣地と、殺気に満ちた中国兵の表情だった。
日本兵たちが危険を感じた時には、既に釜山からの補給線は伸び切り、側面は致命的なまでに無防備となっていた。

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この状況下で壊滅を避けるため、日本軍は後続を北進させ戦線を補強するしかなかった。だがその増援が到着した段階で既に前線は中国軍の猛烈な砲撃を受けて疲弊しつつあり、機動力に長ける反面軽装な日本軍師団は有効な防御を行えていなかった。黒竜江省で行われた会戦で、日本兵は3か月にもわたって半包囲された結果壊滅的な打撃を受け、逐次投入された援軍は無意味に失われた。中国軍が受けた損害も尋常ではなかったが、本土(ホーム)と外地(アウェー)という地の利と補給体制の差で、日本軍が撤退するころには中国軍はほぼ戦力を回復していた。

デア・グロス・シュラック

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さらに同時期、吉林省で行われた中国軍の攻撃も同様の効果を生み、日本軍の予備兵力を壊滅させつつあった。かつて華北で行われた怒涛の進撃が開始されつつあり、日本軍は早くも輸送艦を朝鮮半島東岸に展開し撤退の準備をしていた。

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だが、中国軍の大攻勢発動に呼応した米海軍の「リッパー作戦」によって、日本艦隊は撤退援護を阻止された。日本政府は最早日本海ですら安全でなくなったことに衝撃を受け、また絶対国防圏の崩壊に伴い小磯内閣は崩壊、新たに鈴木貫太郎を内閣総理大臣として迎え、終戦工作を託すことにした。

日本は、後がない状況に追い込まれた。


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Last-modified: 2019-10-29 (火) 11:45:04 (16d)