1944, 49/35。

昨年末28日、ソビエトは”赤化ヨーロッパ”の再構築を実行。
西から、

スターリン主義フランス
ルクセンブルク
DDR(属国)
チェコスロヴァキア
ポーランド(属国)
デンマーク
オーストリア
ハンガリー(属国)
ルーマニア
ユーゴスラビア
アルバニア
ブルガリア
ギリシャ
フィンランド。

ご満悦でしょうねスターリンさん。
旧低地諸国とイタリアはまだ元の国が生存しているため、ソビエト直轄領となっている。

介入へポン。
ブルガリアの親ソ中立化により、イスタンブールのオチデント要塞は意味を失った。
2個守備部隊と1個歩兵師団を残し、防衛部隊主力をオリエント要塞へ転用。

その存在をすっかり忘れていた。うん、インド。かなり大きく予測が外れた。
まず日本がじりじり押す。ただその速度は遅かった。
どうなるかな、というところへ北からなだれこむ赤い奔流。
インド亜大陸の3/4を日本、北西の1/4をソビエトという構図で分割。

トルコはとりあえずギリシャ、ルーマニア、アルバニア、ユーゴへ独立保障。

3月28日、オリエント要塞完成。対ソ国境の規模10要塞の2プロヴィンスに、トルコ・イギリス連合軍総計50個師団以上が詰める。
まさしく鉄壁であると言わねばならぬ。…ソ連がペルシア侵攻したらどうなるんだろう。
イラクとペルシャに接する国境プロヴィンスVanにも再び要塞を建設し始める。ああ泥縄!

5月15日、ソ連対日参戦。これは定石通りだが、たぶんヤルタ会談もポツダム宣言も無いんだよなこの世界。
第三段階は「フランスと低地諸国を失った連合」「勝ち組共産陣営」「南方作戦してない、石油の無い大東亜共栄圏」の新しい三つ巴となった。

8月。そろそろ、イタリア=ヘタレ、砂漠パスタ、カポレット…というような固定観念を捨てるときが来たのではないか。
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この画像では霧に隠れてしまったが、民兵と歩兵の計2個師団で逆襲作戦を敢行している。
シチリア島とサルディーニャ島だけに押し込まれて風前の灯火だったのに。IC3とかだったのに。

12月、トルコ陸軍による初めての上陸作戦――イタリア奇襲――失敗!
護衛がI型軽巡2隻ではさすがに無理でしたと。しかし、RNのみなさんはなぜに残り数隻のイタリア海軍を仕留めないのだろうか。

1945, 49/35。

日本が一歩も退いていない。誇張抜きで、1プロヴィンスもアカに渡していないようだ。
インドは戦線膠着。新疆から国民党が突撃するがこれは抑えられている。
内蒙古がモンゴルを併合。満ソ国境では間にアメリカが挟まって三者とも動くに動けない状況。

アメリカから2個歩兵師団(+SpArt)を購入。
後から考えると、陸ドク的に自走砲ではなく牽引式野砲を旅団に選ぶべきだった。反省のページに書きました。
介入へポン。

5月1日、政策イベントで自由経済に振り切る。民主主義おもしろいね。
というか、民主主義はたいして面白くないけれど、民主主義国家は面白い。

ブルガリアが我が国の工場建設を妨害した。
7月12日、今後はこのような工作活動は控えるとの確約を得るため、平和的解決の一手段としてブルガリアへ進駐
うごめくイスタンブール、ざわめく海峡。
10月16日、ブルガリア併合。しょせん、米式機械化歩兵師団を先頭に突撃するトルコ軍の敵ではなかったということだ。
山岳地帯でちょこっと手間取ったけど。

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トルコ万歳!

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トルコ万歳!万歳!

新しく得たプロヴィンスにかたっぱしから宣教師を送り込み、スンニ派に改宗させる。
寛容スライダーの微妙な調節が今後必要になるだろう。

なお、イタリアは半島全域を武力によってソビエトから回復。輝きすぎだイタリア。
あぁ、政府首班は親方ではなく元帥さんでした。それが原因か。

1946, 56/41。

ソビエトがインドで徐々に日本を押し始める。一方で日本は南方展開をようやく完了。
さらに日本は樺太で米軍とタワー建設競争を始めた。これは日本敗北フラグが立ったか。

タカ派へポン。守備隊を2*3発注。ブルガリアの治安維持にあたる。
アメリカから歩兵師団(+SpArt)を購入。アメリカは樺太タワーに執着しており、買える部隊が少なくなっている。
しばらく購入を遠慮してやることにする。
イギリスから1個機甲師団を購入。トルコ陸軍はついに戦車を保有する。

イタリアは枢軸の盟主として国力再建に全力を注いでいる。
奴らが再びギリシャを足がかりに、トルコ、北アフリカへ侵攻する怖れがある。
これは何より友邦ギリシャ国民にとっての不幸であるから、我がトルコが予防的にギリシャ防衛に参加せねばならない。
10月2日、ギリシャ外務省に平和的進駐を通告。
10月7日、併合。

ギリシャ侵攻による不満度8.9%がだいたい下がってきたころ、急速な拡張に動揺する議会が醜聞を引き起こす。不満度+5%。
事態を解決すべく、与党は強硬策を採った。陸軍が計画していた、イギリスからの機甲師団購入予算案を通してしまったのだ。
二つ目の機甲師団をげっと!

1947, 61/44。

ソビエトは地理的にはインドをほぼ制圧したものの、軍事的には動きを鈍くせざるをえないようだ。
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集結している英軍は27個師団。今後日本が反撃を成功させる可能性は低いだろうが、ソビエトの進撃はやはり遅れるのではないか。
いや、対独戦も長引くと予測してすぐ終わったし、案外早いだろうか?
タカ派へポン。

2月20日、アルバニアを併合。開戦理由は無い、だって誰も気にしないから。

オーストラリア第一師団(+Art)を購入。
カナダ第一師団は2つ持ってるし、第一師団が3つある陸軍になった。すごい。
あとで第一師団軍団を編制しよう。つまり

トルコ陸軍第一師団軍団
+第一カナダ第一師団
+第二カナダ第一師団
+第一オーストラリア第一師団

とてもわかりやすい。

7月11日、ユーゴスラビアへ宣戦布告。
枢軸イタリアとハンガリー(ソビエト傀儡)に押さえつけられているユーゴスラビアは、自国の針路をめぐって内乱状態にあった。
トルコとしてはあくまで一時的な治安維持活動に進出しただけのことである。

1948, 71/50。

ユーゴ攻略は大詰め。
まず、機甲部隊で華麗に包囲殲滅だぜと乗り込んだ。すると、スターリン主義ユーゴが枢軸イタリアと同盟するという本当に理解しがたい状況に。
弱いながらもイタリア陸軍が増援に駆けつけ、機甲部隊の突進を阻む。
さらに、共産陣営であるルーマニアが自動参戦。トルコとしては、ルーマニアに対する側面防備に数個師団ずつを貼り付けねばならなくなった。
結果、平押しで一プロヴィンスずつ進んでゆくことに。
開放社会にポン。

ユーラシア東部ではわずかに事態が動いている。わずかだが重要かも。
インドではプロヴィンス一個ライン分だけソ連が前進。
満州では米軍が追い出され、日ソ一騎打ち。旧新疆、内蒙古でもソビエトが突破を試みているようだ。

3月20日、三回目の総攻撃でザグレブを攻略。
4月2日、ユーゴ併合。
5月3日、そのまま西へなだれこむ。イタリア・ヴェニスを占領。
5月11日、ミラノ総攻撃、勝利。
6月27日、ローマ入城。
7月25日、イタリア併合。

研究ライン4本達成(´;ω;`)

続いて9月7日、ハンガリー併合。いや、ソビエト傀儡から「解放」したと記されるべきだ。

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いろんなことを考えてしまう地図である。つまり我がトルコは今後永久に東西分割などしないし、滅びることもない。
ヴィシーフランスから物資と希少資源を大量買い付け。エネルギー、鉄鋼、石油を破格のレートで与える。

1949, 100/67。

ソビエトが満中分断に成功。

1月23日、トルコはヴィシーフランスへ宣戦布告。
開戦理由は無い。大義名分は無い。ただトルコ国民が望むので陸軍が前進するのである。
トルコ、かくあらねばならぬ。

予想どおり、ヴィシーは枢軸に参加。参加といってもどこかの孤島で遊んでるポルトガルしか残っていなかったのだけれど。
これでヴィシーは連合からも共産からも資源調達の道を断たれた。
どっちみち地中海はイギリスのものであるから、中立国とも貿易できない。
陸路ではスターリン主義フランスが国境を接しているが、おそらく敵対扱いになっている。

ヴィシーフランスでは希少資源がガンガン消費され、RAFの散発的な戦略爆撃も効果を発揮。開戦前43/32だったICが六ヶ月後には20/26にまで減った。
いっぽうトルコ陸軍は、兵糧攻めということで、旧仏伊国境線で見守っていただけ。
グルノーブルは山岳プロヴィンスの要塞3、ここにフランス山岳歩兵が5個師団守っていた。トルコ陸軍30個師団ではとうてい抜けない。
一つ南のニースはスターリン主義フランス領飛び地となっていて、トルコが通過しうるのはグルノーブルだけ。

希少資源が底を突き、軍需物資も生産が追いつかないヴィシーフランス。
追い打ちをかけるようにトルコ諜報部は不満度扇動をしかける。成功する。
しびれをきらしたペタン元帥は自らグルノーブル守備部隊を率いてジェノバへ攻勢に出る。
トルコはここに囮の3個機甲師団を置いていた。ペタンの攻撃は失敗。攻めに出てしまった防衛部隊の組織率ほぼゼロに。
Turinからトルコ陸軍主力がなだれこむ。6月16日、山岳要塞突破。
9月7日、ヴィシーフランス本土全域占領。北アフリカも英軍が進出。しかし仏印にVPが残っていて併合はお預けとなった。
空気読める大日本帝国は仏印進駐せず空港の租借で合意していたのだ。

1950, 109/74。

ソビエトは釜山へ到達、華北も占領。かつての満州国も内蒙古国も、いまや全てアカ、アカ、アカ。
米軍は方針を転換、蘭印へ逆襲。フィリピン奪還にとりかかり、シンガポールにも上陸。
インドシナで再び米ソが鉢合わせすることになるのだろうか。

開放社会へポン。
オーストラリアから2個歩兵師団(+Art)を購入。カナダから第一自動車化歩兵師団を購入。
もう陸軍部隊を買える同盟国が無い。アメリカは樺太に124個師団タワーを建てている。
イギリスは部隊を遊ばせているが、マンパワーが少ないあの島国からさらに買い取るのは気が引ける。マンパワーは販売元に戻るので、これはカンチガイでした。
彼らには対ソ最終決戦で連合盟主として働いてもらわねばならない。
本土が安全なカナダは商品が無い。オーストラリアならばまだ買いやすいが、やはり商品が無い。

機械化歩兵師団*5を一挙生産。石油で動く部隊を国産したのは初めてな気がする。
マンパワーは300を最終防衛ラインとしてきた。いま600近辺で、かなり余裕がある。ただ、今度はICの余裕が無い。

5月2日、突然の政変イベント。
新元首が「口先だけの道化者」、新首班が「野心に燃える元労働組合代表」。

5月14日、新鋭軽空母ヴェネラブルが英海軍より供与される。
『トルコの艦船』
『トルコ丸』
『トルコ軍事研究』
『トルコ防衛技術ジャーナル』
『トルコMCあらいず』
いずれも編集者寄稿者読者狂喜乱舞。
さらに最新型であるVIII型重巡の購入も決定。

6月15日、カナダから1個機甲師団を購入。しかしV型だった。外れ。

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ざまあみろロシア人!!

歩兵師団8*3発注。

1951, 109/76。

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まだこのライン。日本が強いというより、赤軍がどうもダメなのではないかと思えてくる。

3月6日、トルコ初の国産艦艇となるV型駆逐艦1ユニットが就役。
3月14日、共和国防衛隊第一師団”決死”が英領リスボンに到着。主力部隊がPauに移動。
4月10日、ヘッドホンを装着、BGM「大いなるもの、東方より」再生開始。『映像の世紀』サントラはHoI2には必須アイテム。

同日、逆レコンキスタ開始。

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検討。スペインの戦力は88個師団、そのうち機甲師団が5個。これを山がちな国土に集積している。山岳歩兵も多いはず。
弱点はジブラルタル包囲に戦力をいくらかを割いてしまっていること。また、英領旧ポルトガルの侵攻にも部隊を使うのではないか。
トルコの強みは2個のOMGと7個機械化歩兵師団からなる第二梯団。そして本隊の歩兵師団42個が砲兵旅団を完備していること。
制海権は完全に連合国側にあり、スキあらば予備の3個歩兵師団、2個民兵師団を自由に上陸させられる。
トルコに空軍はないものの、制空権もRAF様が確保してくださる。

4月17日、機甲部隊先鋒、サラゴサで突撃頓挫。いきなり…
4月18日、共和国防衛隊第二師団”聖戦”が南部ムルシアに上陸。
4月23日、”決死””聖戦”全滅。民兵師団便利です。同日、バルセロナ包囲攻略。3個師団殲滅。
4月24日、第二次サラゴサ総攻撃、勝利。40個vs8個だった。
4月28日、共和国防衛隊第三師団”報国”が西南端ファロに上陸、即撤退。
5月2日、絶妙のタイミングでレコードがヒット。宣戦布告で大幅に上がった不満度をざっくり下げる。
5月4日、トルストイが無抵抗が愛の法則であると主張。スペインはよくよく拝聴するように。
5月5日、大攻勢開始。
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5月16日、マドリード占領。
6月29日、ビルバオをフランスに獲られる。おのれ。
かつてヴィシーが枢軸加盟、そのヴィシーにフランスが宣戦布告、フランスと枢軸が戦争状態、人民派スペインが枢軸加盟、フランスとスペインが交戦状態…という経緯。

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トルコ人は三つ目の海を見た。黒海よりも地中海よりも広く、波の高い海を。

9月18日、IC7のセビーリャを攻撃、勝利。しかしジブラルタルから遠足に来た英軍自動車化部隊に占領される。
今後百年の遺恨とすべし←連合加入時と言ってることが違う

11月12日、スペイン併合。苦戦ではなかったものの、骨が折れた。
なお、セビーリャはスペインが決死の奪還作戦に成功し、それを今度はトルコが奪還した。各国関係者の皆さんおつかれさまです。

トルコの好戦性は153になった。ダイジョウブ、ソ連は171だから。
それに、これまでトルコが解放したのはみな、スターリン主義・ファシズムの圧政に苦しむ国々ばかりだった。
バルカン諸国もイタリアもヴィシーフランスも。
ううん? 人民派スペインは民主主義国家…すぐ枢軸加盟したんだからこれもファシズム認定してよい。

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ケマルはここまですることを望んでいただろうか。
政教分離はどうなった。以後「逆レコンキスタ」は検閲対象用語としよう。

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Last-modified: 2009-08-01 (土) 19:28:47 (3701d)