駆け抜ける嵐

白夜

日本人が欧州の戦いで学んだことは2つあった。一つ、敵はドイツだけではない。ドイツに比べれば士気の劣る欧州連合軍の兵も、自国を守るためならば死に物狂いで抵抗する。それは、巣穴を突かれた獣の見せる闘争心に匹敵する烈しさである。二つ、やはり敵はドイツだけではない。アメリカやイギリスといった同盟国を信用してはならない。勝利は彼らに頼ることによってではなく、己の力で得なければならない。

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従って日本軍は、殆ど単独でスウェーデンを屈服させなければならなかった。ロシア平原に居残る残党軍もほぼ全て掃討されるか、あるいはウラルの向こうに亡命しており、戦いは終結していた。だが、逆にソ連軍を押し返し始めた中国軍が、逆にシベリアに進出しつつあった。このままでは中華民国が第二のソ連として、日本軍の敵となるかも知れなかった。アメリカが目論むロシア国家の復活を阻止するために軍を東部戦線に振り向けなければならず、北欧で時間を空費するわけにはいかない。

大義

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ブリテン島で日本軍が経験した凄惨な市街戦と同様に、スウェーデン軍も勇敢に戦い、日本軍に犠牲を強いた。そして強大なドイツ艦隊が日本軍の補給線に迫っていた。細く長い海上の兵站を封鎖されれば、北欧の大兵力が忽ち危機に陥ってしまう。だが、日本がスウェーデンに侵攻したことは、それ自体は予想の範疇であったが、あまりにも早かった。

ドイツ艦隊は彼ら自身の戦略目標(今の段階でその正体は不明だったが)を変更し、「スウェーデンを守るために戦う」という選択を強いられた。これを拒絶すれば、自らを庇ってくれた存在を裏切ることになり、いずれ南米や南アフリカの親枢軸国に亡命する機会を失うことになるからだった。

星屑Sternenstaub作戦

北方の獅子

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旋風

かくして出撃したドイツ艦隊が遭遇したのは、小沢元帥に替り山口多聞大将率いる日本の機動艦隊だった。《烈風》や《輝星》の改良型や日本海軍初の正式なジェット艦戦《旋風》を擁する山口艦隊はドイツ艦隊に猛攻を加えた。航空母艦を持たないドイツ艦隊は序盤、完全に制空権を失って殆ど一方的に叩かれ続けたが、決死のダメージ・コントロールや巧みな艦隊運用によって位置を偽装したことで、戦闘力を維持し続けた。戦艦〈モルトケ〉を発見した攻撃隊がこれを本隊と誤認したことも相俟って、〈フリードリヒ・デァ・グロッセ〉以下の艦隊はカテガット海峡を突破しつつあった。

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山口多聞は敵の用兵と艦隊運動に驚嘆していた。はっきり言って日米英など三大海軍国に比べればさほどの規模ではなく、しかも航空母艦の運用経験の少ないドイツ海軍にこれほど接近されると彼は思っていなかったのだった。しかも、スウェーデン海軍も、明らかに勝ち目のない相手に、ドイツ人への義理・王と国家への忠誠と勇気を証明するためだけに、戦いを挑んでいた。それは〈武蔵〉の堅牢な船体に有効打を与えることは無かったが、日本軍の戦力を分散させ彼女を北海から遠ざける効果を生んだ。

ジュトランド沖海戦

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しかし、山口はそれほど冷静さを失ってはいなかった。元々、その訓練の過酷さから「人殺し多聞」などと綽名される猛将は、目立った損害の出ない内から戦意を喪失することはない。彼は艦隊をカテガット海峡の入り口からスカゲラク海峡側に移動させ、突破してくるドイツ艦隊を再度狙い撃ちした。第三次ジュトランド海戦と呼ばれるその戦いは、時に剣術の達人同士の立ち合いで起こるような間合いの取り合いになった。

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ビスマルク

退きながら陣形を保とうとする日本艦隊に対し、ドイツ艦隊は接近し〈フリードリヒ・デァ・グロッセ〉や〈ヒンデンブルク〉の有効射程内に敵を捉えるべく運動し続けた。ドイツ艦隊にも噴進弾という新時代の兵器が搭載されていたが、それを恐れず攻撃の手を緩めない山口艦隊は、20時間にも及ぶ戦闘の後ドイツ艦隊の進路を変えさせることに成功した。

だが、それはドイツ艦隊にとって撤退を意味するものではなかった。むしろ当初の目的、即ちアメリカ東海岸強襲及び南大西洋への潜伏、に立ち還ったことを意味していた。元々の計画では、南大西洋から南米に亡命すると見せかけて、囮の艦隊を残しつつ、予想進路上で待ち構えている敵艦隊を躱して進路を変更し、ワシントンやノーフォークへ接近することが彼らの本当の目標だった。

〈ヒンデンブルク〉の最期

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〈フリードリヒ・デァ・グロッセ〉と〈ビスマルク〉の戦隊はアメリカへ、そして〈ヒンデンブルク〉とスウェーデン海軍スヴァリエ級海防戦艦〈ドロットニング・ヴィクトリア〉の混成戦隊は大西洋でエゥーゴ艦隊の足止め、というのがもともとの計画であり、その意味で第三次ジュトランド海戦の顛末はドイツ艦隊の計画を根本的に変えたというより単に早めたに過ぎない…それが実現不可能になった、という点を除けば、であるが。

前者は突破を図って尚も必死の回避運動と接近を試み続け、囮の役割を果たし続けていた。だが空母に砲撃を加える前に、背後から突入してきた〈武蔵〉の50口径46冕い砲覆倒されていった。必死に空母への肉薄を試みる彼女たちは、〈武蔵〉に対処する余裕などなかった。

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一方後者の艦隊は海域を突破し、日本の輸送艦隊を食える位置まで進出しつつあった。この事態に対処するため、輸送艦隊の護衛に当たっていた〈伊勢〉と〈日向〉が〈ヒンデンブルク〉の前に立ちふさがった。度重なる近代化改修で新造艦にも抗するだけの戦闘力を持つ〈伊勢〉らだったが、ドイツ最強艦である〈ヒンデンブルク〉と戦うには旧すぎていた。二対一という有利を無意味にする性能差、装甲と主砲の威力の差が如実に出ており、〈ヒンデンブルク〉はその分厚い装甲で敵の主砲を弾き返しながら、逆に自慢の巨砲で護衛隊を血祭りにあげつつ〈伊勢〉を中破まで追い込んでいた。

しかし、このまま敵艦を打倒しあとわずかで輸送艦隊に追いつける、というぎりぎりの戦況に達したとき、突如〈ヒンデンブルク〉を飲み込むほどの水柱が彼女を遮った。〈ヒンデンブルク〉は大和型を超える、排水量14万t以上と推定される巨艦であった。だがそれ以上の怪物〈播磨〉が間に合ったのだった。「敵艦より発砲…」という観測員の報告が無意味に思えるほどの閃光と轟音を伴った〈播磨〉56cm砲12門の攻撃は、〈ヒンデンブルク〉の戦闘力を容赦なく奪っていった。〈ヒンデンブルク〉も〈播磨〉に撃ち返しそのレーダー、第三砲塔と煙突に大穴を開けたが、それでも日本の優秀な砲術科員の計算技能が照準を十分に補い、〈播磨〉の攻撃力は保たれ続けた。〈ヒンデンブルク〉は、彼女が〈播磨〉にとって最初で最後の対等な好敵手であることを証明しながら、祖国の近海で沈んだ。

勝利者

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その後も、ドイツ艦隊の戦隊はそれぞれに任務を果たした。バルト海で〈大和〉に切り込んだ〈アドミラル・ポール〉の水雷戦隊は、獲物に一矢報いた後、〈大和〉護衛隊と刺し違えて沈んだ。結果から言えば、主力艦を沈めることもアメリカへ辿り着くこともなかったドイツ残党軍の、戦術的・戦略的敗北には違いなかった。しかし残党軍の精神的目標を評価するならば、戦士として、戦いの中で敵に敗れて死ぬという戦略目標を達成した彼らは、勝利者だった。


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Last-modified: 2019-12-30 (月) 02:32:21 (28d)