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 民衆というのは可哀想な奴等だ。民族自決だの、マケドニアの保護だの、大ブルガリアだのと煽られて、ブルガリアは東欧のプロイセンであると、調子に乗せられて、戦場で死んでいった。

領土も削られ、かなりの数のブルガリア人は、他国民になってしまった。誰のせいだと云えば、囃し立てたおやじの責任なんだが。

その大法螺吹のおやじは、ドイツに逃げた。戦争にも負けた。それでも国民は法螺を忘れられないでいる。それどころか今は共和派だの、国家社会主義者だのにも踊らされている。

ああいうものはフランスとか、ドイツとか云う大国だからできるものだ。バルカンの田舎国家が真似したところで、他国の食い物になるだけだ。

国民があまりに気の毒だが、命を狙われてはこちらも黙っていられぬ。おれの代わりにアナーキストに撃たれたゲオルギエフ将軍の、葬儀の場であった聖ネデリャ教会を爆破された時は、戒厳令を出して左翼活動家等を公開処刑したりもした。

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 軍人等も敗戦が受け入れられずにいる。ヌイイ条約の軍縮事項が気に食わないと、政治に折々口を出す。奴等は在外ブルガリア人を保護すべしと云う。それは大いに賛成だが、そのために軍を再建しようと云うのは馬鹿馬鹿しい。今おれ等が持つべきは剣ではなく、ペンでなければならない。

おれは外交に平和主義的修正主義を掲げた。他国と話し合うことで、武力を持ち出さずに、外国のブルガリア人を保護するのだ。敗戦国の言葉でも、正しい事なら正しいと通るに決まっている。

だがそれは、最小限の外交的課題を方針にしなければならない。ブルガリア人は何ヶ国にも分裂されているのだ。その全ての国家とまとめて話すのは、さすがのおれでも骨が折れる。

国際連盟が認める少数民族の権利を訴えて、同化政策に抵抗する民衆を支援するのだから、当然相手国との関係は深くないといけない。まずはおやじが買った顰蹙を清算しなければならぬ。


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 周辺国との関係改善は、かなりの難物となるだろうと覚悟していた。三回の戦争で、どの国も二回は敵として戦ったからだ。領土を奪った国が近づいてきたとしたら、おれだって警戒する。

しかしあっけにとられる程、相手の態度は柔らかかった。領土を奪われたオスマントルコまで親しげなのは、少々気味が悪かった。

暫く考え、ビザンツ・ギリシャを名乗り、自らをローマ帝国の後継者だと嘯く、馬鹿気た国家が理由だと合点がいった。協商国にへらへらと随って、戦勝国の末席にちゃっかり座り。

列強が衰退して目が離れた途端に、バルカンで威張り散らし始めた卑怯者である。一族から狐と渾名されたおやじも、この国には負ける。

コンスタンティノープルを支配して得意になったわりに、首都をアテネから動かす心算はない。肝心のコンスタンティノープルの名も、イスタンブールのままでいることに気づかない。お粗末な国だ。

だが戦勝国として手に入れた莫大な利益で軍も経済も勢いだけはある。敗戦で疲れているブルガリアとオスマン、国内に民族問題を抱えるユーゴスラビアにとってその勢いは脅威である。

勢いがあるというのは、何を仕出かすかわからないと云うことだ。明日にでも頓珍漢な言葉を並べて、攻めてきても可笑しくはない。周辺国もそう思っているから、二回も敵になったブルガリアに、妙にやさしくするのだろう。

つまり、ギリシャはかつてのブルガリアだ。勢いのある国は勢いしかない。勢いがなくなれば何もなくなる。時間になるまで待っていればいいのだ。

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 親善を深めると、周辺国の王族の性分が見えてきた。ルーマニアのカロルは「高潔な紳士」で知られていると云われ、たしかに振舞いは紳士然としているが、どうにも云う事がべらべらに軽薄だ。それに奴の息子が奴を見る目は底冷えするようだった。

ユーゴスラビアの王族にパヴレとか云う大変顔色の悪い男が居た。大概顔の蒼い人は痩せてるもんだがこの男は蒼くふくれている。国王のアレクサンダルが、マケドニアについて一方的に捲し立ててきた後、彼が謝りに来た。

蒼い顔をますます蒼くするから気の毒だった。おれがマケドニアのブルガリア人について云うとへえと恐縮して頭を下げるからまた気の毒になる。

これで「恐怖公」と云われているのだから、噂は当てにならん。もともとはイギリスで生涯を過ごすつもりだったが、どういう因縁か嫁があのギリシャ王の従姉妹で、ユーゴスラビアとギリシャの板挟みになっているらしい。きっと国でうらなりの唐茄子ばかり食わされているのだろう。

それからオスマンの皇子にエメルというのが居た。これは鼻っ柱が強く目力があって、バルバリアの海賊と云うべき面構である。ほかのオスマンの皇族はどいつもこいつも、うらなり君とは違った蒼い顔をして、病人のようで気味が悪い。そこにギリシャ人がいると、そそくさと逃げるから情けない。

奴は人が丁寧に挨拶したら返礼もせず、やあ君がブルガリアの王か、ちと遊びに来給えアハハハと云った。何がアハハハだ。そんな礼儀を心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの皇子に山嵐という渾名をつけてやった。

山嵐に君オスマンオウル家のどこなんだ。と云えば、皇帝の長男だと云う。なら皇太子かと云うと、違うと云う。どういうことか分からない。オスマンの皇位継承の仕組みを教えられたが、オスマンの皇帝なんて、真っ平ご免だから覚えていない。

オスマン皇族は、意気地のない奴ばかりだから、君が皇帝になってしまえばいい。と云ったら、君めったな事云うもんじゃないぜ。と目を剥いた。オスマンは国が半生半死だというのに、皇帝が毅然としないから、立ち直れないんだ。と云うと、押し黙った。いい気味だ。

そのほか一人一人についてこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。


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 国外の見通しがついたからには、すぐに国内を見なければならぬ。おやじは退位の前に、数多の失策をしてくれた。おれへの嫌がらせかと思わんばかりだが、おやじはそういう男ではない。ただ無鉄砲が祟ったのだ。

アレクサンダル・スタンボリスキの解放はその最たるものだ。軍の秩序維持の協力を取り付けて、恩赦を出したと聞いたが、奴はラドミルで共和制を宣言して、革命を起こした。

反乱で三千人もの兵士を失った。この有様であったから、信奉していたドイツから見放されるのだ。結局ギリシャの介入を許し、スタンボリスキを虐殺したマケドニアのブルガリア人と、難民を警護したトラキアのブルガリア人に、失望される破目になった。

国が弱ければ、国民を守ることはできない。自分の命を守ってくれない、弱い国を信じる民衆はいないのだ。おれは国を強くしなければならない。


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 だが民衆は、ブルガリアが強くなるのを待てなかった。旧東ルメリアで反乱が起きた。兵を挙げられたからには、こちらも兵で鎮圧せねばならん。指示を出すとギリシャ軍が越境してきたと報告が来た。

奴等は何の断りもなしにブルガリアに侵入し、反乱軍とは云えブルガリア人を殺した。あまつさえこれはローマ国境の安定のための正当な治安維持と云ってきた。

弟が国際連盟に調停を申し込みましょうと云った。前にも奴等はブルガリアに侵入してきたことがあり、連盟がギリシャに撤兵と賠償金を命じたからだろう。だが、いくら奴等がローマだと喚く、苔むした頭の持ち主だとしても、8年前を忘れることはないだろう。勝算があるはずだ。

下手に連盟を介入させては、かえってお墨付きを与えかねない。我慢して感謝を表し、ブルガリア人の権利の保護を求めた。進駐の理由を逆手に取って、ヌイイ条約の軍事制限を撤廃させるのも成功した。

ブルガリアの治安維持で行動したと云うなら、ブルガリアもバルカンの治安維持のために、軍備開発をを再開すると伝えた。それを云われたギリシャ外交官の顔を見て、少し気が済んだ。

再軍備と聞いて、軍部は勇み立ったが、すぐに軍拡とはいかない。兵を集めねばならないし、そのためにも景気を回復させなければならない。軍はどうしても活動したかったようで、憧れてやまないドイツ式の軍事改革を訴えてきた。おれは剣幕の余り許可してしまった。

ドイツも罪な国だ。

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 ブルガリア産業の復興は順調に進んだ。領土を失ったことで、効率的に予算を振り分けられたのは、皮肉としか云い様がない。産業が興ると資源が必要になる。ブルガリアだけでは到底賄えないから、他国から買う必要がある。

貿易のための関係やら、距離やら、相手の資源の豊富さやらを勘案したら、ロシアが最適だと云う。馬鹿馬鹿しい。今のロシアは革命の親玉だ。だが背に腹は代えられない。ロシアとの交流が深まることで、第二のスタンボリスキがでないといいのだが。

おれは民心の更なる安定のために、国中に鉄道を引こうとしたが、弟は技術でもそれはできますし、技術を優先した方が後々より良い鉄道が作れますでしょうと云った。全くその通りだと思った。1934年も終わるころには、軍備増強に手を出せるだろう。急ぐ必要ができたのだ。

ギリシャが不届きにも、マケドニアを支配した。ユーゴスラビアは国王をクロアチア人に殺され、イタリアに圧力をかけられ、次々に領土を明け渡させられた。最早国を維持できなくなったカラジョルジェヴィチ家は、国から追い出された。

うらなり君はブルガリアに避難して、マケドニアのブルガリア人を守れず申し訳ないと云ってきた。おれは君子という言葉を書物の上で知ってるが、これは字引にあるばかりで、生きてるものではないと思ってたが、うらなり君に逢ってから始めて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらいだ。

これからどうするのか尋ねると、一族がイギリスに亡命するからついて行くと云う。うらなり君の嫁はギリシャ王族だ。扱いが良いとは思えない。冬瓜の水膨れのような顔が悪くなってはならないと、おれはブルガリアでの滞在を勧めた。うらなり君はへえと云って気の毒に泣いてしまった。

おれの嫁はイタリアの成功を、隠そうともせず喜んでいる。吾が国軍は親独派だ、吾が妻はイタリア人だ、吾が国民は親露派だ。おれのみが親ブルガリア派だ。

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Last-modified: 2019-04-28 (日) 00:16:39 (118d)