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 親譲りの頭髪で小供の時から損ばかりしている。オリエント急行が領内を通る時分運転台に乗り込んで、機関士の腰を抜かさせた事がある。

なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。自国を走る列車の優美な姿を見ていたら、付き人の一人が冗談に、いくら陛下が鉄道にお詳しくても、本当に運転なさることはありますまい。と云ったからである。

乗務員に囲まれて帰って来た時、弟が大きな眼をして国際列車を玩具と取り違える国王がありますかと云ったから、この次は上手く操縦して見せると答えた。


 炭水車からシャベルで石炭を持って、火室の奇麗な炎にくべて、パチパチと爆ぜる石炭を見ていたら、列車が走る事は走るが速そうもないと思った。速くない事があるか、何でもふり切ってみせると、加減弁と逆転機のハンドルを握った。

そんならブレーキも掛けてみろと心が注文したから、何だブレーキぐらいこの通りだと全速力から急制動に踏み込んだ。

幸走行距離が短いのと、乗客の躰が堅かたかったので、今だに総支配人に恨まれるだけで済んでいる。しかし思い出は死ぬまで消えぬ。


 おやじはちっともおれを可愛がってくれなかった。母は弟ばかり贔屓にしていた。この弟はやに奔放で、パッカードの高級車を集めて管理するのが好きだった。

おれを見る度にこいつはどうせ碌な王にはならないと、おやじが云った。異端の信者で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ王位にしがみついて生きているばかりである。


 おやじは退位後何にもせぬ男で、こっちが敗戦の処理に苦労しているというのにドイツのコーブルクで鳥類研究に明け暮れていると聞いて閉口した。

何であんな戦争をしたのか今に分らない。妙なおやじがあったもんだ。二度のバルカンの戦争と欧州の大戦を経て、ブルガリアはヌイイ条約のせいで領土と賠償金を毟られた――軍にも厳しい制限が設けられている――国内では赤匪と軍人が政変計画をする。

おれはガラス張りの商店で、中に象が連れ込まれた状態の店のオーナーだ。止めどなく半端者たちを粛清して、敗北させねばならない。
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Last-modified: 2019-04-19 (金) 21:09:58 (36d)