オランダ海上帝国

現状

政治形態

 オランダは民主主義国家かつ孤立主義であり、外交に制約がある。
 経済は、自由主義にふってあり、あと1段階改善の余地がある。

スライダー民主右派開放社会自由経済徴兵軍ハト派孤立主義
  10  2  10  9  5  1  1 

 ICは工場増産でまかるが、労働力は非常に少なく増加を見込めない。
 輸送船は結構な数ありますが、植民地から上がるすべての資源を輸送できない。
 早期に輸送船を作る必要があります

IC研究ライン労働力労働力増加輸送船
 31  2  40  0.05  150 

同盟への道

 オランダは民主主義政体かつ孤立主義のため、そのままでは同盟を結ぶことができずドイツが侵攻してくる。
 民主主義スライダーを独裁にふっていけば、1939年1月に同盟を結ぶことができる。
 また、孤立主義を上げていくことでも、1940年に同盟を結ぶことができる。
 どちらとも、イベントで加速することがあるので、ランダムイベントに期待する。

主な登場人物

ヴィルヘルミナ.png ヴィルヘルミナ女王

 1880年生まれのため・・・・・
 史実では、インドネシア独立に強く反対して国際世論の反発を招いて退位したように、厳格な帝国主義者ぶりを発揮している。
 今回は、どのようになるのだろうか

コレイン.png コレイン

 1869年生まれなので、登場時かなりの高齢である。
 オランダAAR「絶対防衛黙示録〜和蘭ハ道路ニ非ズ〜」さんによると、ロイヤルダッチシェルのCEOなど、経営者として活躍していたようであり、世界恐慌の混乱のさなか、国のために、最後のご奉公中なのでしょうかね。

ムッサート.png アントン・ムッサート

 オランダの国家社会主義運動NSB(オランダの親ナチ政党)の創始者。
 1937年の選挙では、4議席(全体議席約40)を占めるが、議会の閉鎖などを唱えていた。
 ナチスのオランダ占領後は、ナチスドイツの支配に協力し、1942年からアルトゥル・ザイス=インクヴァルトの後任として首相を努める。

ザイス.png アルトゥル・ザイス=インクヴァルト

 オーストリア生まれ。
 オーストリア・ナチ党党員。オーストリア内務相を経て首相に就任。
 ナチスドイツのウィーン進駐、オーストリア併合に尽力をする。その後、オストマルク州国家代理官、ポーランド副総督を経て、オランダ総督となる。
 アンネ・フランクをはじめ、多数のユダヤ人を収容所に送った張本人。
 戦後、ニュルンベルク裁判で「オーストリア国家代理官としてオーストリアのユダヤ人の財産没収と東部への移送を行った」「オランダ国家弁務官としてオランダ人500万人を強制的に労働力としてドイツへ移送した」「最終解決のためにオランダのユダヤ人12万人から14万人をアウシュヴィッツへ移送した」とされて「平和に対する罪」「戦争犯罪」「人道に対する罪」の3つで有罪となり、死刑。
オランダ海上帝国/1936年 全体主義の胎動
オランダ海上帝国


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Last-modified: 2011-05-27 (金) 11:51:46 (3063d)