【Kaiserreichスウェーデン】1940年度選挙結果

▼推移

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読者様による外部wiki:https://seesaawiki.jp/publicopiniontypeaar/

外部サイトではありますが、1940年までのスウェーデン情勢を簡潔かつ解りやすくまとめているため、掲載させて頂きます。
記載されている通り、PU/NMDP政権下で右派・左派共に積極的な連立交渉が行われ、大きく別けて4つの勢力が出来た。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼三党連合

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一つは「国際協調民主ブロック」「スウェーデン国民連盟」から成る民主ブロック。
もともと、国際協調民主ブロック自体が三党連立であり、事実上の四党連合であった。
スウェーデンの左派を一手に纏め、民主主義の砦を称するこの勢力は後述する右派連合に対して最後まで妥協せず、民主主義を護り通す意思を見せた。

なお、「事実上の四党連合」にも関わらず「三党連合」と称している理由については後述する。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼防共同盟

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一方、これまで単独路線を貫いてきた右派連合は「防共同盟」として結束し、スウェーデン民族主義や農村、地方都市で勢力を伸ばしていた。
民族主義と財界の連合となったこの勢力は、ストックホルム。通称シティ以外を主な支持基盤としていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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内閣案。こういう画像作るの大好きです。
 
 
 
 
 
 
 
 

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党歌?も用意されている。専用ポスターといい、念入りなプロパガンダ戦略が光る。
 
 

国家人民党やヴァーサ党は特に人事に気を使っており、勝利後の内閣も決定していた。
名門ヴァレンベリが持つ財界とのパイプを利用して影響力を行使しており、1936年時点ではヴァーサ党は単独で与党を狙う勢いがあった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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全てを紹介出来ないのが辛いが、こういったインタビューも多く見ていて引き込まれる。
組合主義者とシュールストレミングを投げ合うといったひょうきんな一面も。
 
 
 
 

中心人物のエルランド・ラーム氏をはじめ、多数の党員を抱えるヴァーサ党は防共同盟の中核を成していた。
しかし、党勢は1937年以降衰えつつあった。
極右の新政力が現れたからだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼18世紀の亡霊

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レジティマ派。
時代を間違えたような政策を打ち出すこの政党は、20世紀も半ばに達しようとしているこの時代に「身分制議会の設置」といった超反動政策を打ち出していた。
これだけ聞くととても支持を集められるとは思えないが、不思議にも支持者が多く、選挙前から警戒される。
党勢は強いものの、党首周辺と特権が欲しいだけで漠然と支持している層とで大きく二分されている様だが、それでもスウェーデンの右派に強烈な印象を残していったのは事実だろう(どうやって支持を集めたのか…)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼共産主義者同盟の発足

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やはりコミュニストが居ないと選挙が締まらない!
 
 

穏健化した人民連合、そして瓦解してしまった全国労連によって空いたニッチを埋める様に、「共産主義者同盟」が結成された。
全国労連中心人物が摘発され、地下組織が壊滅してから2年後の1939年に結成された比較的新しい政党である。
旧人民連合強硬派が全国労連を経由してこの政党に合流し、一気に党勢を確保して地方に点在していた「王政廃止論者」も取り込んだ。
同じく地方にて強い基盤を持つヴァーサ党とは小競り合いが絶えず、事ある毎に襲撃を繰り返しているようだ(ある意味で微笑ましいのだが)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼ノルウェー政党との合流

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社民党は、ノルウェー労働党と合流して勢力を増強した。
ノルウェー労働党のオルランド氏曰く、連合王国成立前のノルウェーは混乱の極みにありやむを得ず社民党と合同となったようだ。
後述する選挙結果にも記載するが、社民党はノルウェーの将来的な独立を掲げており、ノルウェーとの連合を良しとしない勢力から支持を集め、低迷した支持率を回復しつつあった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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三党連合のスウェーデン国民連盟も、積極的なノルウェー政策を打ち出すためスカンディナヴィア国民連盟へと改称。
国民連盟の支持基盤は9割が中産階級であり、その政策はカフェで語らうホワイトカラー達から支持を集めていた。

以上、1936年の混乱は収束し、大きく4勢力にまとまってスウェーデン政局は安定しつつあった。
一方、勢力が拮抗した結果、票数を確保する為にそれぞれの勢力が党勢の大きな1つの政党を奪い合う事となった。

 
 
 
 

そう。
単独で多数の票を確保し、独特の立ち位置から誰も連立を申し出なかったアブラハム啓典盟約である。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼キャステングボード

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政教分離を原則とするスウェーデンにて異色の存在であるアブラハム啓典盟約は、独特の政策と「戦略爆撃が戦争を変える」という独自の持論を掲げていた事で
NMDPの様な宗教政党であると見なされ、1936年時点では存在感を出せなかった。

しかしその政策の多くは未来を見据えており(メタ的に言うとMODの特性上戦略爆撃が強く将来性がある)、決して荒滑稽な政策を打ち出しているという訳ではなかった。
そのため航空機産業や大学、理系学者等から徐々に支持を集め、またイギリス連合を警戒した国防意識の高まりもあり、航空機に対して意欲的な政党である事が評価され始めていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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そんな中、なんと選挙戦に非武装化したB-17「フライングフォートレス」を持ち出してきた。
作者もこんな選挙活動は想像したことすらなかった。
空軍特化というアブラハム啓典盟約の政策を強く打ち出すこのパフォーマンスは大成功を収め、選挙結果に大きな影響を与える事となる。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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インタビューを受けるアブラハム啓典盟約党首。一介の政党がB17を保有しているってどうなのと思ってしまうがカッコいいぞ!!
 
 
 
 

非常にセンセーショナルなこの選挙活動により、アブラハム啓典盟約は事前調査で第一党に躍り出た。
1936年当時の党勢からは考えられない躍進である。
当然、この政党を右派連合・左派連合共に放って置く訳はなく、両勢力による争奪戦が繰り広げられた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼決定打

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アブラハム啓典盟約は国際協調民主ブロックへ合流。これにより「三党連合」が成立した。
ヴァーサ党シクヴァル氏が粘り強い交渉を行うも、最終的には民主ブロック側が「決定打」を獲得した。
キャスティングボードを確保した民主ブロックと、直前までレジティマ派を自陣に引き込もうとする防共同盟。
防共同盟とレジティマ派の連合は、党首であるマリエスタード伯が狂気じみた返答をしたため白紙となり最終的な3勢力の構図が出来上がった。

以下、選挙結果である。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼選挙結果

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まずはグラフ表示。各政党の各得票数は後述する。
 
 

防共同盟 28
三党連合 40
PU・NMDP枢軸 8
スウェーデン及びノルウェー社会民主労働党 8
スカンディナヴィア共産主義者同盟(同盟) 11
レジティマ派議員 37

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

集計の結果。
三党連合の勝利となった。
グラフで見ると、労働者階級に対して中産階級の多さが目立つ。
高度な社会福祉を持つスウェーデンならではであろう。
三党連合の過半は中産階級による票であり、彼らの支持を獲得できた事が選挙を勝ち抜く原動力となった様だ。

一方、大半のスウェーデン人はノルウェー人を同胞だと思う反面、連合王国制度に対しては反対しているという支持層も一定数居たのは注目すべき点だろう(具体的には社民党の支持者達)
メタ的な話となるが、民族的に同一で中核州扱いされているが、両国は別々の国としてあるべきというhoi2プレイヤーらしからぬ考えを持つ層が一定以上居るというのは驚くべき事だ。
恐らく離散の末に吸収されてしまったFJSの支持層だろうか?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼集計詳細

▽三党連合

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ここからはリスト化して、各政党の支持基盤がどの様なものか見ていこう。
まずは三党連合。

 
 

圧倒的な数の中産階級。
そしてほぼ唯一と言える例外の除き基本的には立憲王政支持。
連合王国制度も支持しており、支持層の政治思想は安定している様だ。
この同じ政治思想を持つ有権者が、3つの投票先のうち好みの政党に入れても三党が連立しているため1勢力として扱われる。
連立に連立を重ねた事が、分厚い中産階級の支持を獲得する事に繋がった。
戦時の対応については、中欧同盟国寄りの意見が目立つが基本的には中立を維持して欲しいという声が多い。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▽防共同盟

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二大勢力の一つ、防共同盟の支持層。
当然の事ながら資本家の為の政党である保守党は富裕層の支持が厚い。
ヴァーサ党は中産階級と労働者階級が中心で、王政に関しては維持派の方が廃止派より若干多いといったところ。
これは恐らく、ヴァーサ党が現王朝を否定こそしていないが良くも思っていない事が原因かと脳内補完した。
ノルウェー人が別々の民族であるという見解が多いのも、スウェーデン優越主義を見れて面白い。

一方、もう一つの極右政党である国家人民党は、連合王国制度を否定する層が多い。
このあたりも、ヴァーサ党との差が見られる。
戦時の対応については以外にも消極的という点は、国力を正確に見切っている為だと思われる。
スウェーデンの極右政党は時代を見据える彗眼があると感じるのは作者だけだろうか…

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▽レジティマ派

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突如現れた彗星、レジティマ派は単独で37票も獲得するという信じられない結果に終わった。
反動を望む層がこれ程居たのだろうか…
支持層を見る限り、富裕層だらけかと思いきや労働者階級の票が中心。
信じがたい事だが、労働者を弑逆する政党に多くの労働者が投票したのだ。
これは派閥の中心人物の「第三身分は政治に嫌気が差している」という発言が事実ではないかという考えが過る。
実際、現代日本でも政治に無関心な層は多いのでこの結果も理解できる…のか?

それより、国王親政を謳う政党で王政廃止論者が居るのは何故なのだろう…貴族共和制のポーランド=リトアニアですら国王が居たのに…
脳内補完が追いつかないが、今後大きな存在感を発揮する派閥である事には違いない。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▽スカンディナヴィア共産主義同盟

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単独で選挙に挑んだ同盟は、極左勢力の票の殆どを確保したものの票が及ばず与党を逃してしまう。
人民連合と票の奪い合いが発生した可能性もあるが、人民連合がより穏健な労働者層に支持されたのに対し、こちらは王政廃止論者が殆どである。
また、連合王国制度についても反対の支持層が多く、戦時の対応もインターナショナル寄りである。
現与党が社会民主主義で、かつイギリス連合による内政干渉が影響していると思われる。
次回以降の選挙で勝てる可能性は十分にある。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▽PU/NMDP枢軸

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もう一つの(元)極左政党、人民連合は支持を維持出来ず合計8票となった。
現与党の政策は多少の混乱を招いたものの決して悪いとは言えず、強行的な手段であったとは言えノルウェー問題を解決し、イギリスのくびきを絶ったという成果は誰もが認める事実である。
しかし、現実でも現与党の続投は難しいもので、このAARでも例外ではなかった。
人民連王の支持層は労働者階級が中心ながら、王政は支持する有権者が殆どで共産主義同盟と上手く棲み分けが出来ている様である。
また、NMDPは全ての階層から一定の支持を得ているが、前回のような票数は確保出来なかった。
残念だが、実績を残せたため次回以降の選挙で返り咲く事も可能だろう。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▽社会民主労働党

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社会民主労働党は僅かながら支持層を増加させた。
注目したいのは「連合王国制度は支持していないし、王政も支持していない(しかし廃止するのはやり過ぎである)」といった層が中心という事だ。
明確に王政廃止を掲げている共産主義同盟とはここが異なり、同じ左翼政党であるが王政の是非において棲み分けていると思われる。
つまり、社民党より過激な層は共産主義同盟へ票を入れ、王政を支持する層は人民連合に票を入れているという事である。
ここだけ見ると、社民党と人民連合は連立を組めそうではあるが、連合王国制度を支持するかしないかで明確に意見が別れており、連立は難しいのではないかと考えられている。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

▼1940年へ

 
 
 
 
 
 
 
 

以上が、1940年度選挙の結果である。
内戦寸前の状況となった1936年時に比べれば政情は遥かに安定しており、ヴァーサ党も穏健化。
そして民主主義政党も多党連合ながら指導力を発揮してまとまっており、スウェーデンは安定しつつある。
そう思われた。

その矢先…

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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Last-modified: 2019-01-30 (水) 02:11:18 (205d)