つるこけももの汁

プロット・アゲンスト・ロシア

ペトログラード 始まりの酒場

アナスタシア.png

ロマノフの血筋と、今や町雀の噂するところであった少女は、かつてサヴィンコフや戦闘団が屯していた酒場にお忍びで来ていた。
しかし、そこにもはやドイツのビールも、フランスのワインも無い。あるのはロシアのコニャックと、日本酒と、アメリカのあまり美味とは言えないビールだけだ。
戦争はここから瀟洒な空気を奪い、サヴィンコフを礼賛するプロパガンダ、「愛国主義の聖地」としての、いわばロシアに対する陰謀の始まりを祝する場となっていた。

MRUS Yusupov.pngアナスタシア、ここはもう良いだろう。さぁ行こう

アナスタシアの隣でコニャックを呷ったユスポフは、およそ男のものとは思えぬ細面に神経質なしわを浮かべ、アナスタシアに促していた。
彼の宮殿では、既にカデットや英国のスパイが議論を交わし、いかにサヴィンコフ体制に匕首を突き付けるか昏い楽しみに興じているだろう。だがユスポフはそれに参加する気になれなかった。
彼は既に、ラスプーチン暗殺を成し遂げ、そしてその結果として、父も母も弟も、姉も妹も亡くした皇女の隣に侍っていた。

アナスタシア.pngねえ、おじ様
MRUS Yusupov.png何だい
アナスタシア.png私がツァーリの娘だと、貴方は確かに言ったわね

ユスポフが黙って肯いた。瞳は揺らいでいて、白目は赤みを帯びている。

アナスタシア.png検査でも、私の血筋がそうだと出ていたわ。オカルト話のように思えたけど、真実なのでしょう?
MRUS Yusupov.pngそうだよ。君はツァーリの娘だ……正統なロシアの支配者だ

ユスポフの震えた小声に、アナスタシアはゆっくりと肯いた。彼女の瞳は虚空を彷徨い、光なくどこか遠くを見つめている様子である。

アナスタシア.png始めは私も、そう信じようとしたの。誰も彼もが私を見て、顔を綻ばせたり掌にキスをする……映画のような話で、夢と思えた出来事が現実になるんですもの
アナスタシア.pngでも、心のどこかでそれを信じられない私が居るのよ。おじ様。検査がそう言っていて、皆がそう信じていても。私にはここでお転婆に勤めていた事の方が真実に思えるのだわ
MRUS Yusupov.pngそんな事を言ってはいけないよ。天国のお父様が悲しむ
アナスタシア.pngねぇおじ様。あの酒場の親父さんね、私にはけっこう優しくしてくれたのよ。入り立ての頃にこっそりハムと白パンをくれてね。服も新調したものをくれた。ぜんぶ「親方」のものって言って、自分はそれを配っただけって
MRUS Yusupov.png親方……サヴィンコフだな
アナスタシア.pngあの男はね。白馬に跨って、血に染まった地下室から私を助け出してくれたのよ。そして、酒場を紹介してくれて、どこから手に入れたか分からない金品も銀行に入れてくれたわ
アナスタシア.pngたまには外へ連れ出してくれて、白樺やタイガのある辺境まで見せてくれた

アナスタシアは顔を赤らめたりして、昔の思い出を少しずつ語り掛けた。しかし彼女は、酒場に黒装束の女が入ると、途端に蒼ざめた顔でこう言うのだ。

アナスタシア.png黒い色は嫌い
MRUS Yusupov.pngなぜ?
アナスタシア.pngサヴィンコフの隣に居る、あの女を思い出すのよ。クレムリンで倒れた後、私を押し退けるようにして、執務室を独占した女が
MRUS Yusupov.png(エマ・デーレンタールか……)アナスタシア。君の居る場所はそんなところじゃない
アナスタシア.png私の居る場所は、私が決めるわ

強い調子で言ってのけたアナスタシアは、怯んだユスポフの目をじっと見た。

アナスタシア.pngもしあそこに居られないなら……全部を壊して、何もかも無かった事にしたい

ユスポフはゆっくりと肯き、アナスタシアに手を差し伸べた。彼の宮殿では、ごろ皇女生存の真意を確かめに、カデット地下組織の重役たちが押し寄せている頃だった。

静かなライン

陰謀は、ロシア軍とイギリス軍の衝突あってこそ推進する事が出来た。

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再建が進んでいたヴィルヘルムスハーフェンに砲弾を叩き込んだイギリス軍は、直ちにエルフルトまで進軍してこれを制圧した。
沿岸警備隊は配置されていたが、その中で奇妙な食人現象が発生すると部隊は四散し、防衛線に出来た空白を夜通し英特殊コマンドが突進する状況であった。

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マルコフとヴラーンゲリは、ハノーファーまで誘き寄せた英軍部隊をツルクルの機甲軍に寸断させた。ツルクルは、ヴィルヘルムスハーフェンへ前進した後、戦車によって荒廃していた市街地に突入。
ところがツルクルは、さしたる抵抗も無いまま、およそ訓練されたとも思えない現地の徴発部隊が、仲間の死骸を食らって戦闘を続けている様に愕然とした。

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エルフルトにおいても同様の抵抗に遭遇したロシア軍は、徴発されたはずの部隊と数日間激戦を繰り広げていた。彼らは一様に、足を吹き飛ばされたら膝で這い、指如きの損傷では健常者と変わらぬ戦闘を続けた。
幾人かの遺体を収容したツルクルは、マルコフとヴラーンゲリに情勢を報告。

ツルクル.png恐らく、次の攻勢はもっと激しく、より流血を強いるものになると思われます

とも追記した。

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ツルクルの話を証明するような事態が、ユトランド半島でも起きた。コペンハーゲンに籠城していたスウェーデン*1軍が、英特殊コマンドに率いられ最後の攻勢を敢行。
スウェーデン王室の旗を掲げた軍勢がロシア軍T-34部隊に突っ込み、鉄量によって粉砕された。ロシア軍はそのままコペンハーゲンを凱旋した後、先頭に立っていた兵士が嘔吐するほど残忍な光景を見た。
国王グスタフ五世が、妻であるヴィクトリア・アヴ・バーデンを文字通り捕食していたのだ。

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黙示録のような事態を報道できないロシア当局は、ひとまず英特殊コマンドにより国王が「危篤状態」にあると公表し、スカンジナビア全土に成立した新政府にはヴィドクン・クヴィスリングを長に据えた。
クヴィスリングは、王室が軒並み崩壊したスカンジナビアを「白人主義」「反共」「強力な指導体制による経済復活」というスローガンで席巻し、以後数十年に渡るスカンジナビア春の時代を演出。
「クヴィスリング」の名は後に、愛国者の代名詞として刻まれる事となる。


*1 彼らの国ではサンディカリストが権力を握った

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Last-modified: 2018-09-13 (木) 07:59:09 (12d)