皇帝のいない八月

勝利の為の勝利

ポツダム 全ヨーロッパGHQ

その日、ポツダムに新設されたGHQの初会合に、綺羅星の如き将星が顔を合わせた。みな一様に深刻な顔をしており、束になった報告書を小脇に抱えている始末であった。

カッペリ.pngやぁ。その後無事かね
マルコフ.pngふん。体重が5kg落ちた。良いダイエットさ

カッペリ、マルコフ、ヴラーンゲリ、ドロズドフスキー、アンネンコフ。名だたる将軍たちは一様に、目の下のクマをいっそう深くしている。
彼らは共通項の問題を抱えながら、それを全ロシア総督に説明する事を強いられていた。
「全てのヨーロッパ大陸を支配した後、ロシアはいかなる統治を施すべきか」
ナポレオンすら解を用意できなかった大いなる課題に、棚ぼたのような形で彼らが挑む事となってしまったのである。彼らの懊悩が色濃くなる中、遂にサヴィンコフを乗せた車が到着した。

NRPR戦闘団員.pngБоже, Вождя храни!*1

戦闘団員に警護されたサヴィンコフも、また然りだった。短期間のうちに得た勝利が、ロシアに思わぬ悪影響をもたらしている事に戸惑いを隠せていなかった。
ロシアの旗はナポレオンすら到達できなかった事を成し遂げようとしていると同時に、ボルシェビキが立ち入らなかった大破壊、殺戮にまで手を出そうとしている……。
将官と、それを率いる独裁者は、口に出さずとも同じ問題が国家に立ちはだかっている事を理解し、そしてそれに対処しようと試みていた。


ドロズドフスキー.pngでは、まず悪魔の計算から始めましょう

ピントのずれたメガネのまま立ち上がったのは、ミハイル・ドロズドフスキーだった。西ヨーロッパにおける大勝利の立役者は、逆に言えば破壊と死の馬を駆る戦争犯罪人である。
帝政ドイツのカイザー等は、アフリカで日焼けした肌を真っ赤にして、凱旋の暁にはドロズドフスキーを縛り首にすると、世界中のVIPに公言していた。

ドロズドフスキー.png先のヨーロッパにおける戦争で、独・墺・伊・仏は、総じて"人口"のほぼ15%を喪失しています。あくまで中央値の計算ですので、実際はそこまで多くないのですが、第一次大戦と同じ数ほどの犠牲者が出たと考えて下さい
親方サヴィンコフ.png人口比率はどうなっている?
ドロズドフスキー.png特に、若者が減っております。このまま何もしなければ、西ヨーロッパは近代国家を温存するだけの力を失い、地球上で最も脆弱な一ブロックに転落するでしょう
マルコフ.png驚きだな! かつてのローマ帝国を築いた西ヨーロッパが、東南アジアのジャングルにも劣るようになるのか?

そう言いながらサヴィンコフを横目で見たマルコフに対し、あくまでヴラーンゲリが冷静に答えた。

ピョートル・ヴラーンゲリ.png私はここ数年極東に居たが、日本民族の勢いは凄まじい。彼らに善導されれば、アジアは比類ない地域になるだろう。西ヨーロッパに注力したのは、はっきり言って正解だった。
カッペリ.pngだが、そのぶん問題を抱えてしまった……

カッペリは、目を細めながら報告書を提出した。「医者が足りず、ただの風邪と擦り傷のせいで敗血症が多発している」という報告である。

カッペリ.pngしかも、遺体を処理する墓地が破壊されている。モンテスキューやルソーの墓は
ドロズドフスキー.png我が軍勢が木っ端みじんにした。マフノ死後に起きた一部過激派の抵抗で、パリの少数を破壊する事になった。シャルルマーニュの墓は既に更地状態だ
アンネンコフ.pngここドイツに目を向ければ、ヒンデンブルクやルーデンドルフの墓もだろ。しかも老いぼれ軍人が私怨で、それを守ろうとしていたプロイセン軍人もろとも焼き払った……戦争で生き残ったのによ!
カッペリ.png我々は医療機関を整備し、しかも民心を慰撫する何かが必要です。これ以上手を拱けば、トロツキー辺りがアジテーションを行って、本格的な西ヨーロッパ革命に乗り出すかも知れません

将帥たちが溜め息を吐いた。サヴィンコフが眉間を摘まみながら、天井を見上げて聞く。

親方サヴィンコフ.png西ヨーロッパ諸国を支援する、何か包括的な組織が必要と言う事かな?
ドロズドフスキー.pngそうなります
親方サヴィンコフ.png現状、それを作るにはいくらのカネが必要だ
ドロズドフスキー.png……国家予算で言えば、4兆ルーブルは行くと思います。これが一年ごとに、増減含めた希望的な観測です
ドロズドフスキー.png資金を投入したとて、西欧人が我々を支持するか、どうか…………

ドロズドフスキーは、顔面が蒼白になった将官と独裁者を見渡した。机に脚を乗せたアンネンコフが、ふてぶてしく葉巻を吸って、吐き出した。

アンネンコフ.pngトロツキーのユダ野郎。吸血鬼を特殊戦コマンドに仕立てて、ポーランドで大暴れさせたんだ。あそこだけでもインフラは大崩れだ。ラインラントでも吸血鬼連中が立て篭もって、街ごと焼かなきゃいけなかった場所もある
ピョートル・ヴラーンゲリ.png我々は勝利の替わりに、抜け出せない戦争の泥沼に陥った訳だな……総督、貴方はこれをどう考えます?
親方サヴィンコフ.pngトロツキーらしいな……革命の為には何万と死んでも、芥子粒がいくらか消えた程度のものらしい
ピョートル・ヴラーンゲリ.pngいずれにせよ……西欧社会を維持する為、我々はまたしても拡大戦争をせねばなりません

サヴィンコフは腕を組み、しばしのあいだ目をつむった。将官たちがサヴィンコフに目を向ける中、彼は膨大な人口を持ち、しかも資源が豊富で未開拓な、人骨に似た大陸を思い浮かべていた。

親方サヴィンコフ.pngアフリカ
カッペリ.pngそして?

サヴィンコフの意図を察したカッペリの一言で、将官連は次の任地が熱砂の大陸か、アヘンと城壁に囲まれた未開地である事を知った。
そしてそれに身震いしつつ、重荷である西欧社会を維持する為に、地球規模でのリストラクチャーを図る必要があるとも開き直った。
西ヨーロッパで彼らが得た経験は、「戦争では一度しか殺せないが、政治上では何度でも相手を殺す事が出来る」という事だった。

親方サヴィンコフ.png中国!

将官らは互いに目を合わせながら、一様に肯いた……彼らは至上命題である報復を達成したが故に、敵よりも更に惨たらしい術で、血と骨で出来た玉座を黄金で飾り立てる事。
それが即ち、未だ世界革命を捨てざるトロツキーの陰謀を挫き、ボルシェビキを歴史上の道化として葬り去る最適解と、自らに暗示をかけた。

東京 旧市谷陸軍士官学校

クーデター以来、大日本帝国の拡張を際限なく推し進めてきた陸軍、その若い血を育てるはずの陸軍士官学校は、今や国軍の指揮系統を統括する「国防省」の総本山となっていた。
大日本帝国は、第一次大戦からアメリカにおける内戦で武器等を売りさばく一方、亡命してきたアメリカ人企業家から技術を買いあさり、ハワイやカリフォルニアと安保条約を結んだ。
第二次大戦においてはインドシナ・マレー半島を攻略した。この時点で大日本帝国は太平洋の覇者となり、軍艦大和が東京から真珠湾へ、そしてサンフランシスコへ入港するパフォーマンスを見せる事も出来た。
日清戦争からこの方、本土を戦場とはせず、ライバル国が自壊した為に、血を見ずに日本は栄光の道を進んでいた……そこではかつて、西洋の孤島が「陽の沈まぬ帝国」と呼ばれた時の、天壌無窮の繁栄が約束されていた。

KR荒木貞夫.png何だ、貴公か

風呂上がりの荒木貞夫は、聞きなれたロシア人の声に素っ気なく答えた。

親方サヴィンコフ.pngお久しゅうございますな。将軍。恐らくは内戦時に、オムスクで会った時いらいですか
KR荒木貞夫.png今じゃ将軍の前に「闇」が付くのだ。男爵と呼ぶが良い

荒木は豪放磊落に振舞いながら、そのじつ彼が何を求めているかよく知っていた。彼の机の上には、核分裂反応爆弾(ツァーリ・ボンバ)に関する詳細な文書が山積みになっている。
かつてのイギリスを上回る速度で中国南部、東南アジアに支配権を拡げた日本は、「戦争特需」による高度経済成長が始まっていた。……成長の為には、それを担保する巨大な市場が必要である。

親方サヴィンコフ.png実を申しますと、ヨーロッパにおける勝利、これこそ我がロシア第三帝国における、重大な危機を招いております
親方サヴィンコフ.png男爵にお伝えしたいのは、つまりこの危機を打開するに足る、勝利――貴方がたには市場を提供できる、五分五分の発想がある、とお伝えしたい
KR荒木貞夫.png……またいずこかを攻めるのかね
親方サヴィンコフ.png貴方の国は「祇園精舎の鐘の声、沙羅双樹の華の色」なることわざがあるそうですな
KR荒木貞夫.png平家物語だな。ことわざではないが、諸行無常を言い表しておる。名文だ
親方サヴィンコフ.png確かその中で、かつては世界に冠たる皇帝が、冬枯れの中、畳に寝そべって、彼を蹴落とした新しい権力者に恨み辛みを、遺言としてのたまっていた……中々、見苦しいことこの上ありませんな

荒木には、次の戦がどこで行われるかが読めた。

KR荒木貞夫.pngアフリカだな? 次に攻めるのは

サヴィンコフは直接的に答えず、支援を頼む事で婉曲に肯定した。

親方サヴィンコフ.pngそれには海上戦力の支援が必要です。インド洋から紅海にかけて、海上封鎖や艦砲射撃による援護を頼みたいのですが
KR荒木貞夫.png任せたまえよ。だが一つだけ懸念がある……諸君は我々と志を共にしている。国体を破壊する者たちを倒し、そして帝国の繁栄を千年も続くものとする
親方サヴィンコフ.png指導者なら誰でもそれを望み、行動します
KR荒木貞夫.png君のところに岩畔や藤原が来たはずだ。私は彼らに目を掛けているのであるが……君のところには、戦闘団が居たはずだ。あれに対外交策を嗅ぎつけられるのは困る
親方サヴィンコフ.pngなぜです?
KR荒木貞夫.png日露がここで手を組むと、インド人がやたらうるさい反応をするのだ……少し君の部下を、インドからアフガンや、清に移してくれんか

サヴィンコフがしばし沈黙した後、「リョウカイシタ」と日本語で言い、

親方サヴィンコフ.pngそろそろ、清にも引導を渡さなければいけませんからな

と、鋭く低い声で荒木に告げた。荒木が哄笑している間に電話は切れたが、お互いの意図するところは十分に伝わった……執務室の扉が開き、浅黒い肌の男が直立不動の姿勢を取る。

チャンドラボース.png……

荒木はイスから立ち上がると、恭しくその男に礼をした。

KR荒木貞夫.png同志ボース。石原莞爾の著作は読みましたかな? あれは、清に対する攻勢計画を練っておるのです

スバス・チャンドラ・ボースは、インドにおける全体主義者にして、人後に劣る事のない愛国者であった。

インド洋 連合艦隊司令部

山本五十六は、ここのところ不眠不休で働いていた。バールティア=コミューンの領海に入った以上、彼らが不測の事態を起こした際には応戦しなければならないからだ。
チャンドラ・ボース率いる民族全体主義者は、デリーや諸侯連邦を各地で粉砕し、遂にインド統一という大義名分を果たしていたのである。

山本五十六.pngだからと言って、アカと手を組む事は無いんじゃないかねぇ

頬杖をつきながら、山本五十六はぼやいた。彼は、大東亜戦争においてトラック諸島の極東ドイツ艦隊を奇襲攻撃でせん滅し、以後の局地戦での圧倒的優勢を確保した軍人だった。
「一年は暴れて見せますが二〜三年後は分かりません」と率直に答えたのを、「一年でおおいに暴れて見せましょう」と三文記者が記事にしてからは、専ら第二の東郷元帥とすら持て囃されている。

南雲忠一.pngまぁ、良いんじゃないですかね。例えば真珠湾を攻撃して、眠れる巨人のブリタニアを叩き潰しに行く訳じゃないんだから
山本五十六.png縁起が悪いなぁお前。どっかの架空戦記だよそれ……「第三帝国」とかそう言う
南雲忠一.pngアダム・ドレッスラー軍曹ですな……ロシアじゃ、レーニンが勝ってキーロフなんて言う男が元首様だそうで

山本と南雲は、徹夜明けの男特有の笑い声をあげた。酔っ払いみたいにガラガラとした声で、山本は南雲を指さす。

山本五十六.pngもしお前さん、真珠湾で船沈めて来いって言われたらどうする?
南雲忠一.pngお伴しますよ? 俺は義理堅いから、お傍でずっとお伴致します
山本五十六.png真珠湾を火の海にしてこいと言われたら
南雲忠一.png考えものですな。それは。私だって海軍軍人の端くれ、しかし博打うちじゃないんだ。今の時代は幸福ですよ

山本と南雲は、それから意味も無く話し合った。
本来南雲は第二の機動艦隊を率いるはずだったが、インドネシアの小島で乱暴狼藉を働く共産ゲリラを鎮圧する為、山口多聞を司令官に現地の治安維持を図らざるを得なくなっていた。
インドネシアはオーストララシアの支配下にありながら、これに反発する共産主義者が方々で決起し、エドワード8世の頭を悩ませていたのである。
片やロシアから海上支援を要請され、もう片方からは海洋での共同作戦を求められる日本は、専門家から「第三の国家」として、来るべき新時代の枢要を担うと言われている。

山本五十六.pngけれど、ロマンが無くなっちゃった気がするな……あれ見ろよ

山本は南雲に、おぼろげに見えるジブチ港を指さした。停泊するドイツ艦隊は、エジプトやエチオピアの援助を受けて戦力を温存している状況だった。
両国には高性能なレーダー施設や偵察機も存在しないので、連合艦隊の奇襲攻撃を察知できるものは何もない。

山本五十六.pngお前、どう思う
南雲忠一.png……平和万歳

山本五十六は、それを最後に全艦への戦闘準備を命じた。自分の真下で大和の46cm三連装砲が、勃起した陰茎のように獲物へと狙いを定める。
廣島に帰ったら、土産には何をやろう。あそこにはちょうど産業奨励館があったから、適当に見繕っても良いな……山本は家族の事を思いながら、眼前の敵に向かって腕を振りかざした。

山本五十六.pngてェ――ッ!


連合艦隊の奇襲と共に、ロシア軍はスエズ運河を越えた。

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ロシア軍は、日本軍の支援を受けて運河を渡り切った。途上ではドイツの支援を受けたエジプト軍による妨害があったものの、日本陸軍の海兵隊はベトナム、マレー半島で培った技術を活かし、その妨害を打ち砕いた。
ロシア軍は日本海兵隊の支援で渡河を終えた後、極めて早急にエジプト軍の防衛網を突破。

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カイロを初期の段階で突破されたエジプト政府は、ムハンマド・アリーが築き上げたラス・アル・ティン宮殿において無条件降伏の文書にサイン。
これを受け取ったのはミハイル・ドロズドフスキーだったが、彼は早々に文書を受け取るとエジプト政府高官の身分を保証。布告までしてエジプト国民にロシアの有効姿勢をアピールした。
それは、中東統治の段階で宗派対立を調停するのに体力を費やし、エジプトへ直接統治を行えなかった為だったが、この判断はエジプト人の不安を解消し、ロシアへの支持を獲得する事につながった。

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神父ポルスキー.pngかつて、ロシアは敗北主義者と外国の頽廃文化流入により、分裂し、不統一な状態にあった。いかなる教会の祈りも、神父の嘆きも神に達する事は無かった
神父ポルスキー.pngところがどうした事だろうか。今の栄光は! ベルリンにはロシアの旗が翻り、モスクワやピーテルの文化を左右したパリは、今やモスクワの足下にある!
神父ポルスキー.pngローマ教皇は我らが総主教に聖遺物を献上し、コンスタンティノーポリはビザンツの文化を取り戻した。……この上、アレキサンダー大王の名を冠した都市が、ヴォルガより出たロシア人の手に落ちるとは誰が予測しただろう
神父ポルスキー.png我らロシア人は、かつて人類が目にした事もない偉業を成し遂げつつある。それは新しい千年の栄光であり、古き時代より受け継がれてきた象徴と、新しき時代の結束した力が結びついた平和である
神父ポルスキー.png神はロシア人に試練を与えたもうたが、またその慈悲深いご意思によって、揺るぎなき真の王権を与えたもうたのだ

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ポルスキー神父が雄弁を振るう中、ロシア軍の圧倒的攻勢は続いた。
帝政ドイツは植民地時代の遺産を投擲してまでアフリカ諸国との集団安全保障を保っていたが、ヨーロッパを支配したロシアは、彼の地から残る資産を絞り尽くしてまでドイツ帝国を地上から抹殺しようとしていた。

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とばっちりを食らったのはエチオピアである。彼らはドイツ攻略に際し、紅海で日本海軍に立ちはだかったというだけでロシアの宣戦布告を受けた。
彼らの軍隊はドイツの支援を受けたとはいえ、近代的装備をしていたのは近衛師団だけで、後は部族が馬や槍でロシア製戦車に対抗する悲惨な有様だった。

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もはや相手にする事すら疎んだドロズドフスキーは、砲兵に命じ威嚇射撃をする事で部族の連合軍を散り散りにし、王宮になだれ込んでエチオピア皇帝へ銃を突きつけた。
秩父宮摂政のとりなしによりエチオピア皇帝は事なきを得たが、それでも政治的な実権をロシアのGHQに握られ、第一次大戦時に手に入れたソマリアを手放す結果となった。

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エチオピア制圧の報せを聞いたサヴィンコフは、ドイツ帝国に対し最も有効な圧力を掛けた。それは、フランスにエルザス=ロートリンゲンを委譲し、ライン地方にロシアとフランスの連合軍駐屯地を置く事だった。
これ以上抵抗を続ければドイツは地政学上の概念と化し、わずかな年月、頂点に達した栄光と引き換えに、マース川からメーメル川までカルタゴのように塩を撒かれるだろうという、分かりやすい事このうえない恫喝であった。

Cross of Iron

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NRPR戦闘団員.png……第4連隊との交信、途絶しました!
ウグリーモフ.png何!

ロシア将軍ウグリーモフは、突如襲ってきた敵の手強さに舌を巻いた。彼の考えでは、ドイツ帝国侵攻作戦はクリスマスまでに終わるはずであった。
なのに、ドイツ将兵は最後の抵抗とばかりに次々と繰り出し、鉄十字勲章を砂塵に塗れさせてまで国家を守ろうとした。
彼らの意志はどこから湧いてくるのだろう。ウグリーモフはそう思った。「4」の名を冠した部隊は、内戦後のロシアで特別な意味を有している。
セルゲイ・マルコフが3倍にも渡る敵をメドヴェドフスカヤで打ち破ってからは、勇猛な士人を集め先鋒として活用するのがしきたりであった。
マルコフも、敵を打ち破る為に手りゅう弾を敵の車両に投擲するほどの激戦である。

ウグリーモフ.png(その第4連隊が、始まってから30分も無しに終わったのか)

ウグリーモフの憤怒は、この時のロシア軍にとって致命傷になり得た。彼はまず、第4連隊を沈黙させた敵の正体を探り当てたのちにしかるべき処置を取るべきだった。
にもかかわらず彼を蛮勇に走らせたのは、彼自身がかつての大戦争で二軍役に甘んじ、広大な砂漠において初めて、軍を率いる事を許されたからだった。

ウグリーモフ.pngマルコフ閣下の先例に倣う! 各幕僚は手投げ弾を持参して、未だ前線を食い破るバイク軍団に止めを刺すのだ!

ウグリーモフは幕舎を出て、そう声高に叫びながら将兵をかき集めた。敵を仕留めその首を持ち帰らねば、内戦後はじめての戦闘でお役御免になってしまう――ウグリーモフの気持ちは逸った。
そしてそれが、彼の犯した人生最大で、最後のミスだった。

NRPR戦闘団員.png将軍!

急速に、地平からこちらへ迫る砂煙は、ウグリーモフの勇気を根こそぎ奪った。
「ラインの護り」をテノールで歌いながら機関銃を撃ちまくる、恐るべき歴戦の兵たちは、確かにウグリーモフの居場所と、彼が胸に身に付けた古い勲章に狙いを定めていた。

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アフリカ遠征軍司令部

マルコフ.png……ウグリーモフ「も」死んだのか?
NRPR戦闘団員.png

マルコフの前に直立した将校が、一言だけ絞るように声を出して、それから俯いたまま何も言わなくなった。
「韋駄天」ハインツがバイク旅団を率いて、ロシア軍の中から将軍を暗殺していく前代未聞の戦法を取り始めたのは、エチオピアが陥落してからの事である。
ロシア軍は、当初グデーリアンの抵抗を物量差で揉み潰す方策を取っていたが、中部アフリカの砂漠に深入りする度、ドイツ軍の抵抗と細くなる兵站線で少なからぬ死傷者を出していた。

マルコフ.png(カッペリを呼ばなんだのは私の失敗であった)

アフリカの砂漠は幾百のゲオルギー勲章を埋めて、そこに十字架を立てる事すら許しはしない。このままではアフリカ方面のロシア軍が飢えかねない現状に心を痛めているマルコフは、

マルコフ.png提督に電報を送れ
NRPR戦闘団員.pngどのような形の
マルコフ.png艦砲射撃で、ダル・エス・サラームまでのドイツ軍を一掃してもらいたい。でなければ彼らの爆撃機でそれをやって欲しい
NRPR戦闘団員.png奴らがそれを聞きますかね

マルコフは皮肉な笑みを浮かべた。

マルコフ.pngツシマなんかよりずっと簡単だ

将校は、マルコフが日露戦争に参加していた事を思い出しながら、電報だけでは不十分では無いかとも思いたち、マルコフの耳元に近寄って、提案した。

NRPR戦闘団員.pngツルクル閣下を派遣した方がよろしいかと

彼の提案に肯いたマルコフは、早速副官を呼んでツルクルを呼びにやる事にした。彼はレビートフが前線で修羅場を迎えているのとは対照的に、部族連を説得する交渉班として四方を飛び回っていた。

マルコフ.png猛獣には猛獣使いをやらねばな

マルコフはしたり顔で、彼が戦艦ヤマトに乗り込む姿をそう形容して見せた。

大和艦橋

ツルクル.png司令塔には山本提督がいらっしゃるんですね? はぁ

アントーン・ツルクルは、アフリカの砂漠から海を渡るまでのスケジュールで、既に体力を消耗しきっていた。
彼はロシア内戦の末期、各地に残存するボルシェビキを鎮圧する為、ドロズドフスキー将軍の命を受け英仏語を会得していたが、その為に今日は日本人と交渉する事となっていた。

名無し.png「ドロズドフスキー・アンダー・ファイア」ですか。感動いたしましたよ。彼の将軍は、およそ大八洲の半分を踏破したのですからね
ツルクル.pngまぁ、ドイツ軍から鉄道も借りたからね……

ツルクールは海軍士官と話を進めながら、ツルクルは大和の艦橋の巨大さを思い出していた。アメリカ合衆国艦船の大半が内戦によって崩壊してからと言うもの、日本海軍は太平洋に幅を利かせて久しい。
その海軍が有する最強の軍艦は、ツルクルが船に立ち行った時46cm砲をアフリカ大陸にぶっ放し、尻餅を突かせるほどの歓迎を示してくれた。

ツルクル.png(もう一生軍艦には乗らない)

ツルクルは秘めたる確信を抱きつつ、艦橋内で背を向ける山本五十六に敬礼した。ヤポンスキーと打ち解けるにはお辞儀をするらしいが、角度云々で小うるさい注意も受けるらしい。
わざわざアフリカの糞暑い砂漠からうじゃうじゃ気味の悪い魚が居る海を渡ってきたんだ。文句は言わせん。ツルクルが心中で毒づくと、山本提督が振り向いた。
提督はツルクルを認めた後、歩み寄って来て、自ら挨拶した。

山本五十六.pngGood Afternoon Anton Ivanovich! I'm Isoroku Yamamoto,Admiral of the IJN, Nice to meet you.

ツルクルは口をあんぐりと開けた。こいつは俺が習っていた教官より英語がうまいじゃないか。日英がかつて同盟を結んでいた事は承知しているが、ここまで英語を使いこなすアジア人をツルクルは知らなかった。
ひとまず英語であいさつしたツルクルは、さっそく本題に切り出した。

ツルクル.png火急を要する事態なのだが、ひとまず話を聞いてくれますかな
山本五十六.pngどうぞ
ツルクル.pngダル・エス・サラームを帝都とするドイツ帝国に対し、最終的勝利を得る為の支援を頂きたい
山本五十六.pngおたくの陸軍であれば、それは十分可能と見受けられるが?

眉を寄せた山本に、ツルクルはかぶりを振る。

ツルクル.png苦戦しておりますよ。何せアフリカはそこら中砂漠だらけ、ヨーロッパのように平地があり、高原があり、山があり、谷がある訳でもありません。しかも、我々は中東から兵站を張っている
ツルクル.pngこれを嫌ったイスラム原理主義者が、ユダヤ人を保護したというだけで騒ぎ立てているのです。総督閣下も戦争を早く終わらせようとしている
山本五十六.png艦砲射撃の対象を街に向けてくれと?
ツルクル.pngついでに言えば爆撃機もお願いしたい。もし良ければ街の潰し方をお教えしよう

山本の訝し気な目を見て、ツルクルは自嘲する気持ちになった。ロシアに比べ日本の戦果は微々たるものだ。
勝利と言っても、ドイツが治めきれるか分からなかった土地を接収し、内戦状態に陥ったアメリカからハワイとカリフォルニアを取ったに過ぎない。
しかし、モスクワからヨーロッパ全てを支配したロシアは? 勝利に依存し、勝ち続けなければ自ら作った血の海に己も沈む呪いを掛けられた。
この黄色い男たちは、ささやかな勝利に釣り合わないほどの繁栄を手に入れた。何故か? ツルクルはこう考えた……戦争ほど割に合わない事業は無いのだ。
もはやかつてのロシアが今のロシアとは異なる、永遠の神話と化してしまった事に気付いているツルクルは、嫌そうな山本の顔をじっと見て言った。

ツルクル.pngこの地球に皇帝は二人と居る必要はない……そうでしょう?


その日、ダル・エス・サラームは地上の篝火となった。

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新型空母・信濃から飛翔した爆撃機群は、眼下の都市に絨毯を敷くように焼夷弾を産み落として行った。かつて重慶を爆撃されたAOGが、耐え兼ねて無条件降伏した時と同じ戦術を用いたのである。
この爆撃は、ドイツにとって致命傷となった。ヴィルヘルム三世はこの災禍から逃れる事に成功したものの、末っ子のヴィクトリア・ルイーゼが市民を看護している際、崩れた建物の下敷きになってしまった。
そしてその建物も焼夷弾の劫火に包まれた為、生存が絶望視される結果となった。

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生き残ったドイツ人を待ち受けていたのは、大和による艦砲射撃だった。大和率いる巨大戦艦群は、寸分たがいもなく浜辺に集ったドイツ人や召使、その他諸々に死の鉄槌を下していった。
金床と化したダル・エス・サラームは、白と黒の区別もつかない巨大なミンチ製造機と化し、ロシア軍が某都市に殺到した後、真っ先にカイザーの遺体が無いか調べる事態となってしまう。

http://art1.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/256419051_624.v1529611085.png

だが、結果的にロシア軍は大勝利を得た。ドイツ帝国の首都は、欧州で言う小都市から都市ですらないジャングルに移った。カイザーはこの大行軍の中で煙草を嗜んでいる最中、ストレスによって失語症を患った。

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/256651071_org.v1530819569.png

マレーネ.png俺にツキがなく、もしものことがあったなら あの街灯のそばに、誰が立つんだろう 誰が君と一緒にいるんだろう

プロパガンダ放送で流された、マレーネ・ディートリヒの肉声もドイツ軍には致命的であった。砂漠を行軍するドイツ兵たちが、彼女のハスキーな美声を聞いて次々と武器を捨てた。
ディートリヒは、戦禍に呑まれるドイツから逃れ、ヘミングウェイの紹介でアメリカに渡っていたが秘密警察の監視を受けた。彼女の自由な気風と性的な嗜好が、Jエドガーの遺した警察機構の怒りを買った。
もはや身を置くところの無いディートリヒはヨーロッパに帰還する事を決意し、そこへアレクサンドル・デーレンタールが目を付けた。
彼女はドイツ国籍を再取得し、その代わりサヴィンコフと新秩序を礼賛する国策芸術家となった。その身に何が起きたのかは想像する必要も無かった。
以後彼女は戦後ドイツの名女優として台頭する一方、「情婦」と綽名され、ゲルマン民族主義者によるテロの危機にさらされる事となる。

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カイザーが本格的に横臥する事態に陥ったのは、中国南部に独立共和国が成立し、しかも対独戦争に3個師団を派兵すると報せられた時だった。
中国は1920年代のドイツによる侵略を怨み、収容所に入れられていたファルケンハウゼン各位を軍法会議で極刑に処し、晒し者としていた。
カイザーは緑の濃い第三の首都で悪夢にうなされ、遂には「名誉ある降伏」によって国体の護持……もとい自らの保身を考えるようになったが、遅かった。ロシア軍は最終兵器の実験を行い、世界にその力を誇示しようとしていたのである。

勝利の騎士、争いの騎士

アンカレッジ

アラスカ半島のアンカレッジは、かつてアメリカ合衆国がロシア帝国から買い取った土地であった。この土地はその図体とは比較にならないほど安い値段で売られ、その安値に誰もが目を疑うほどの利益を国家に提供した。

ピョートル・ヴラーンゲリ.pngここを治めておれば、エネルギー戦略で我が国は覇権を手に入れていたかも知れない

ピョートル・ヴラーンゲリは、兵士たちがイエティのような格好で身震いする中、平然と雪原に立っていた。内戦末期にはボルシェビキの残党を討つ為、ウラルの山脈を転戦したくらいである。
チャパーエフと呼ばれる伝説的な騎兵が、コルニーロフ将軍に勝るとも劣らない極寒を踏破した後、カッペリ将軍と協調して彼を大河の中に沈めるまで、ヴラーンゲリは凍傷により倒れ伏す兵士を「楽にしてやる」までの事をした。

石原莞爾.pngまるで八寒地獄のようだなこの寒さは。俺たち軍人は、死ねばこのような場所に行くのかもしれん

一方の石原は、鼻の下から垂れたつららを手で掴み、雪原の中に捨てていた。中国江南における戦いの中で新型爆弾開発から離れていた彼は、いつの間に新大陸を制したカナダがウランを提供すると言う話に耳を疑っていた。
聞こえは良いこの支援に、石原はある種の匂いをかぎ取っていたのだ。どこから爆弾の話を聞き、またどうして必要不可欠なウランやプルトニウムを安値で提供するのか。
石原は新大陸の王となったエドワード八世が、プレイボーイの甘いマスクで日本人たちを魅了しながら、チャーチルなる男を使って裏でこそこそ動き回っているのに気付いた。

エドワード8世.png我々は諸君に、サンディカリズムを撲滅する最終兵器の開発を支援する用意がある

彼の新大陸王がウォリス某を侍らせながら、柔らかな声でこう宣言した時、石原は自分の推測が間違っていない事に気付いた。カナダにはMI6の王党派が結成した諜報機関があるはずである。
そしてそれはCIA、FBIから亡命してきた者を吸収し、チャールズ・ウィロビーと言う反カリストをトップにした「G2」は、国防省参謀本部第二部や、サヴィンコフ直属の戦闘団と伯仲する機関となっていた。

石原莞爾.pngピョートル・ニコラエヴィッチ。まさか遥々アラスカまで来るとは思わなんだな
ピョートル・ヴラーンゲリ.pngあの英国王が気前よく支援してくれるともな。おかげで随分と早く研究は進んだが
石原莞爾.pngその代わり、お上はあの王様と密約を交わしたらしいよ。テラーとかオッペンハイマーとか、ドイツ極右政権下から逃げてきた連中が研究班に入って来たじゃあないか
ピョートル・ヴラーンゲリ.png私でさえあの兵器を、海の向こうの二つの国に独り占めさせようとは思わないだろう。私がツァーリになったならな
石原莞爾.pngはっはっは! 冗談……

石原は大笑いしてから、ヴラーンゲリの佇まいを見て小さく言った。

石原莞爾.png割と似合うかもな

二人はずっと立ったまま、前方を見つめていた。テラー発案で新型爆弾の実験地は、アリゾナの広大な砂漠からこの極寒のアラスカに代わっていた。あの男が何を考えているにしろそれはろくでもない事だろう。
石原は腕を撫して寒さを堪えながら、自分が著した「世界最終戦争」について考え直していた。

石原莞爾.png(もし日・露・英が鼎立するなれば、八紘一宇の大偉業を見る事もなく死ぬだろう)

石原は前方に目を凝らした。ヴラーンゲリも同じだ。入るはずの無線が極寒で壊れてから、三分以上も立ったままである……そろそろ帰ろうかと思っていた二人は、やがて白い光に手で顔を覆った。

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ピョートル・ヴラーンゲリ.png石原莞爾.png…………

二人はしばし、光の下で炎が立ち上り、巨大なマッシュルームとなって天高く昇って行くのを見ていた。そして書記たちが一斉に記し始める中、随行していた科学者がこう言ったのを確かに聞いた。

名無し.png第四次大戦は、きっとこん棒が最終兵器だ

その通りだろうと、声に出すでもなく目配せしながら、二人は肯き合った。


*1 神よ総督を守り給え!

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Last-modified: 2018-07-17 (火) 05:13:54 (4d)