赤い土、白い鎧、黒い鷲

最強の男

ラーヴル・ゲオールゲヴィチ・コルニーロフは、ロシア国家の中で最強の男と謳われていた。

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Mrus Kornilov.png死につつあるロシアの大地を守れ!

彼はかつて、鋼のごとき威勢を誇るカイザーの軍隊を一人で圧しとどめた勇者であった。
彼の指揮と、銃剣突撃を主とする「衝撃隊」は、あらゆる戦線でドイツの騎士たちに掣肘を加えた。そしてそれは、ボルシェビキが天下を盗ろうと企てた内戦においても同様だった。
コルニーロフはカフカース北部で、コサックの軍集団を率いてボルシェビキを凌駕し続けた。

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彼は、白衛軍の伝説「氷河の進軍」を指揮した。セルゲイ・マルコフやアントン・デニーキンを従え、あらゆる赤軍勢力を完膚なきまでに打ち破った。
アレクセイ・カレディンによってコサック軍集団を説得した後、エカテリノダールに集中攻撃を仕掛けこれを陥落させたのである。エカテリノダールが落ちた後、ボルシェビキ指導者のレーニンはこう言った。

ウラジーミル・レーニン (WW1).png確かな事は、これで内戦は終わりを告げたと言う事だ

コルニーロフがエカテリノダール近郊で戦死したとの誤報を受けたレーニンは、側近のスヴェルドロフにそう言って破顔した次の日、モスクワのソビエト大会で同じことを口走った。

ウラジーミル・レーニン (WW1).png闘争は……これで終わりだ

スヴェルドロフをはじめ、大会に参加した誰もが彼のうつろな瞳に気付きながら何も言わなかった。コルニーロフ戦死の誤報を受けショックなのだ。
誰もがそう思い、一年後に同じ言葉を反芻して唇を血が出るほどに、最高指導者が発した他愛ない言葉の意味を噛みしめる事になる。
一年も経たぬうちに、コルニーロフはツァリーツィンを落とし、モスクワを伺った。資源地帯を反革命軍に奪われた脆弱な赤軍は、白銀の旗を掲げる新世代の騎士たちに蹂躙された。

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1920年3月に衝撃隊が赤の広場を行進した時、民衆は歓呼し、彼らの中に紛れたボルシェビキは恐怖した。獰猛なコルニーロフの将校は群衆に振り向かず、狂信的な目でクレムリンを見つめている。
彼らの守るべき「祖国」は、古の雷帝が築いたモスクワ大公国の、誰もが身震いする冷徹さと、誰もが跪く威厳のみに存在していた。

Mrus Kornilov.png(死につつあるロシアの大地を守れ……か)

今やコルニーロフは、自らが老いぼれだと自覚している。息子を可愛がり、孫を可愛がる好々爺だ。
しかし時折、夢の世界には広大無比の草原があり、自分が白い馬を駆ってロシアにコルニーロフの名ありと叫びたい衝動を発散する自分が居る。
彼は今、コルニーロフ衝撃隊の制服でカラーリングされた旗を見て、苦笑いしていた。

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クーデター後、暫定的に用意された国旗が「ロマノフ王朝を思い出す」と不評だったので、新しい旗を用意しなければならなかった。
しかしサヴィンコフが用意した旗は、どうも帝政ドイツを思い出すカラーリングで賛否両論だ。コルニーロフが調停で論争は収まり、旗が替わるかどうかも、彼の一存で決定される事となった。

親方サヴィンコフ.png赤地はロシアの大地を指します。白地は騎士を示します
Mrus Kornilov.png……それで、この黒は?
親方サヴィンコフ.pngこの色は……

サヴィンコフが微笑む顔を見ながらコルニーロフは瞑想する。かつて自分が目指したロシアは、強く、偉大であった。しかし今はどうか?
……一つの政党を襲撃し、皆殺し、後付けの法で正当化した。国家はならず者の隠れ蓑となあり、頭目のサヴィンコフはコルニーロフの武勇を錦の御旗としている。

親方サヴィンコフ.png無論、黒鷲です

ロシア正教の洗礼を受けた時が人生最大の華だった。今や自分は秋の原っぱを駆け抜け、冬枯れの中に佇んでいる。

Mrus Kornilov.png(……偉大なる恐怖は、偉大なる勝利を招く。か)

自らの失言をあざ笑うように、頬を歪めながらコルニーロフは肯いた……旧時代に名誉を恣とした最強の男は、新世代の男が企む横暴を止める気力を、失っていた。

ドン=コサック問題

コルニーロフ将軍の衰退とサヴィンコフの伸長は、カフカース半島で起きた動乱こそが元凶であった。

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コサックたちが連合して成立したドン=クバーン連合は、ロシア内戦後、ケレンスキー内閣の脆弱さに見切りをつけたコサックたちが新国家を打ち建てた事で始まった。
最初はドン、クバーニ、テレクのコサックによる共和国が樹立され、それらが一つでは力を付けられない事が分かると、ピョートル・クラスノフ将軍を筆頭に国家連合が樹立された。
だが、ピョートル・クラスノフ将軍は乗り気でなかった。彼はロシア革命の際、真っ先にドン軍管区のコサックたちを説得して反革命義勇軍を築いた男。
やむを得ない事情があったにせよ、ツァーリの後継者と認めるロシア共和国に弓引く事を嫌い、季節ごとにロシア軍と交流して来た。
出来るだけ連合をロシアに近付けながら将来的に統合し、大ロシアを復活させる腹積もりだったのである。

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だが、クラスノフの真意がコサック連合を盛り立て、ロシアからの独立を目指す集団……チェチェン人に漏れ伝わった。
彼らはロシアに対する積年の恨みが強く、クラスノフの本心を知るや交渉もせずに独立を画策し、数か月後には「山岳共和国」と呼ばれる国家を樹立。
連合や周辺諸国との対立も辞さない狂犬として、カフカースを混乱に陥れていた。

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ボリス・サヴィンコフを中心とするロシア国民党は、チェチェン人の引き起こした動乱を利用しドン=クバーン連合の併呑を秘密裏に推し進めようとしていた。

親方サヴィンコフ.pngさて、諸君に集まって貰ったのはほかでもない

コルニーロフの席にサヴィンコフは、堂々たる口調でカフカース半島を指さした。

親方サヴィンコフ.png昨今、チェチェン人による独立運動の激化により、カフカース半島は混乱の渦中にある
親方サヴィンコフ.png特にドン=クバーン連合は、長年コサックとチェチェン人が水面下で対立し、親露反共か、あるいは反露親共の路線で揺れ動いてきた
マルコフ.pngチェチェン人は、アカのグルジア人を利用して独立運動を成功させたと聞きますが
親方サヴィンコフ.pngその噂は蓋然性が高い。しかし、まずРПКに尋ねて見ねばならんな……デーレンタール君
デーレンタール.pngJa.

デーレンタールと名指しされた男は、落ち着いた様子でサヴィンコフに資料を渡した。彼は「デーレンタール」を指さして、将校たちに微笑んで見せる。

親方サヴィンコフ.png私の「影法師」だ。バルト貴族でね、1906年に戦闘団の部隊長を務めていた。今では、我が腹心中の腹心と言って良い。彼の伴侶たるエマ婦人も、相当の才女だ
カッペリ.png……

アレクサンドル・デーレンタールについて、良い噂を聞いた覚えが私には無かった。
バルト人貴族のはぐれ者、嫁を踏み台にした戦闘団のNo.2、白いチェーカー、または右のジェルジンスキー……。
情報機関РПКを率いるデーレンタールは、多くの国民にとって恐怖の象徴だ。彼が表舞台に現れる時、必ずサヴィンコフは荒事に打って出ると専らの評判だったくらいなのだから。

マルコフ.pngその才幹、ぜひとも我らに見せて頂きたいですな
親方サヴィンコフ.pngまぁ待ちたまえ。彼は口下手だ

マルコフの敵意に満ちた視線を浴びた後、デーレンタールは咳払いしてから話し始めた。

デーレンタール.pngまず初めに、ドン=クバーニの内情から説明させてください
デーレンタール.png目下ドン=クバーンは二つの派閥に分かれております。親露のドン=コサックと、反露のクバーニ=コサックです

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デーレンタール.pngまず、ドン=コサックについて。彼らのアタマンにして連合の元首たるクラスノフは、ロシア軍の将官と密談するほど親ロシアです。
理由は言わずもがな、彼がコサックを説得してロシアを救ったと言う自負が、彼の魂をロシアに留めているのでしょう
カッペリ.png左に居られるのは、デニーキン閣下か

デーレンタールは私の話を無視し、二つの写真を机の上に置く。

ブクレートウ.pngブィーチ.png

デーレンタール.png他方、クバーニ=コサックは反露親ドイツです。ウクライナと近い彼らは、コサックがモスクワで無くキエフを向き、カイザーを新たな主君として仰ぐべきと考えております
マルコフ.png確か…リヒトホーフェン男爵の世界飛行を助けたのは、彼らが率いるコサック空軍だったな。左のブクレートウ将軍は空軍を率いている
デーレンタール.png更に言えば、右の写真のブィーチ氏は、クバーニの中でも外交術に長け、外務省にもロビーを築いています。もし彼らが手を組みクラスノフ将軍を追い落とせば……
カッペリ.pngカフカースはドイツに靡く、かね
デーレンタール.pngその通りです

デーレンタールの説明は簡潔明瞭だ。この混乱に乗じてクバーニ=コサックが動けば、ロシアの統合は夢物語に終わる。

カッペリ.png手立てが居る。と言う事か

私は一言呟いた後、クラスノフ将軍とデニーキン将軍が談話している写真をもういちど見た……デニーキン将軍は、反乱を起こしたクバーニ=コサックを一度は鎮めている。

親方サヴィンコフ.png名案でも浮かんだかな
カッペリ.png……デニーキン将軍と、同じ戦術は使えませんかね

デーレンタールの視線が私に集中した。黙っていても分かりやすい男だと私は踏んだ。デーレンタールは異様な目力で、私に更なる話を促してすら居る。

カッペリ.pngクバーニ=コサックとて一枚岩では無いはずです。防衛衆と呼ばれる武闘派は、特にロシアに忠誠を誓っていた。
デニーキン将軍が勝てたのも、防衛衆が秘かに彼とつながっていたからでしょう
親方サヴィンコフ.png……惜しい事をしたな

サヴィンコフは席を立ち、金魚の糞みたいに付いて来るデーレンタールを無視して私の前に立った。ひげを整えたサヴィンコフは、デーレンタールに目で合図した後、私に向き直る。

親方サヴィンコフ.png第一戦闘団長の名誉をあのとき蹴られたのは、実に惜しい事だ……君ならば昔の如く、私の旗本を務めさせても良かった
カッペリ.png申しわけない。しかし私には将校連隊(ユンカー)が有ります。家族同然です
親方サヴィンコフ.pngその家族の中で最も信用できる男たちを数名連れ、戦闘団の部署に赴いてくれるかな?

針のように鋭いサヴィンコフの目が、私を見下ろす。

親方サヴィンコフ.png戦闘団参謀総長のボリス・アンネンコフ、並びに「スタフカ鉄道課長」ミハイル・ドロズドフスキーと協力し、ドン=クバーニを無傷で奪うのだ

戸惑う私を見たマルコフは、むしろサヴィンコフをサポートするような形で私に告げる。

マルコフ.pngいい気なものだな! 私の一番弟子にして、鉄道フリークと観光旅行か

デーレンタールが私の横に立つ。私が口を開こうとすると彼は書類を持って来て、万年筆を手渡した……軍事アカデミーでも無かったプレッシャーは、私を次の戦地へと誘う結果となった。

装甲列車ドロズドフスキー

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NRPR戦闘団員.pngこちらが、装甲列車「将軍ドロズドフスキー」になります。ウラジーミル・オスカロヴィチ

一週間も経たぬうちに、私はツァリーツィン方面軍を都督するドロズドフスキー将軍の下へ連れていかれた。彼は移動においても指揮においてもこの列車を使うらしい。
無数の砲塔にさしたる意味が有るのだろうかと疑いつつ、私は中に入った。

NRPR戦闘団員.pngドロズドフスキー将軍は、内戦の際この列車で四方八方を駆け巡りましてね。ブジョンヌイ騎兵集団で襲い掛かった時も、この列車が火を噴いて、敵を木っ端みじんに打ち砕いたんですよ
カッペリ.png将軍の名を冠した戦車もあったが、彼はその……ナルシシストなのか?
NRPR戦闘団員.pngハッハ! アタマン(アンネンコフ)ほどじゃ有りませんよ。少なくとも体に入れ墨を刻み込んだりはしません
NRPR戦闘団員.png単に慕われてるんです。ルーマニアからエカテリノダールまで、将軍は悍馬と兵を率いて行軍した。白衛軍中もっとも精強な戦力と謳われた軍団の長ですからね、部下と苦労を共にする事を厭わない
カッペリ.png慕われているようだな、随分と
NRPR戦闘団員.png閣下とてご存知でしょう。ドロズドフスキー将軍は、コルニーロフ将軍が前衛として起用したんだから
カッペリ.png(セルゲイ・マルコフよりも高位なのだな)

私は、ミハイル・ドロズドフスキー将軍とは面識が無かった。何故なら将軍はルーマニア戦線で帝政ドイツと戦っていたし、内戦の折にもあちこちを動き回っていて、挨拶する機会が無かった。
私が知っているのは、彼がウクライナからカフカースにかけてを平定し、剰えモスクワを南方から脅かして、コルニーロフ将軍が赤の広場を凱旋するのを助けた、と言う事だけである。
よくよく考えてみると、私とマルコフがため口で話し合う事の方が奇妙なのかも知れないと思いながら、戦闘団員が指令室の扉を開けた後どうあいさつするか考えあぐねてしまった。

NRPR戦闘団員.png
アンネンコフ.png……あ?

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ドアを開けてみたら、入れ墨姿の悪名高い男が居た訳であるが。

NRPR戦闘団員.pngその……将軍
アンネンコフ.png何だ、おめえ。お客人連れてんのか
NRPR戦闘団員.png御三方で会議を開くのに、その恰好はどうですかねぇ……
アンネンコフ.pngうるせぇなぁ。良いんだよ、これが俺のスタイルだ

半裸のアタマンは、どっかとソファに座って干した肉を貪り始めた。それから私に座れと合図して来たので、私はやむなく従う。
ボリス・アンネンコフの名を聞いた時、イメージ通りに無体なふるまいをする男が却って面白く思えた。

アンネンコフ.png誰かと思えば、お前、件のスウェーデン貴族か
カッペリ.png貴方がコサックのアタマンかな。お初にお目にかかる
アンネンコフ.pngお初も糞もねぇよ、ヴォスコボイニクとカミンスキーを遣わしたのは俺だ。俺がオムスクを落としたお陰でお前の勲章は有るんだぜ? 二度も引き立て役した恩人に何て無礼な奴だぁ
カッペリ.png三月に貴方がたが、シベリアで最初の狼煙をあげてくれた事には感謝する。オムスクが落ちなければ白衛軍の連携も遅れていたからな……しかし、私の武勲と貴方の武勲は別だ
アンネンコフ.png旦那(パーリン)らしい御振舞ですな、結構な事で……

味方にとって愉快なこの男も、敵にとってはおぞましい盗賊(バンディート)だ。彼は日本の「荒武者師団」と協力し、ボルシェビキ・シンパを殺す為に村を焼き払った事すら有る。
際限と言うものを知らないし、見境ない粗暴さを武器にするいけ好かない男だった。

カッペリ.pngところで、ドロズドフスキー将軍は?
アンネンコフ.pngあ? あぁ、あの将校さんね。確か、いま機関部の方に行って点検してるらしいが

アンネンコフが腰を浮かせた瞬間、ドアから猛烈な石炭の匂いが部屋中に染みついた。アンネンコフも私も豪快にせき込み、涙目で煤だらけの将校を仰ぎ見る。

アンネンコフ.png……何だその面

大笑いしたアンネンコフに見向きもせず、煤だらけの将校はメガネを吹いてからかけ直した。無論、顔は煤に塗れたままだ。

ドロズドフスキー.png貴方がカッペリ将軍か
カッペリ.png……お初にお目に掛ります。ドロズドフスキー南部方面軍司令官

ドロズドフスキーは私と握手を交わした後、ふと私の目を凝視してから思い出したように尋ねる。

ドロズドフスキー.png君の将校連隊が、総帥と共にエカテリンブルクを落とした事は良く知っている。ツァーリの弑逆に報いを与えてくれて感謝もしている
カッペリ.png(ツァーリストか)御救い出来ればもっと良かったのだが
ドロズドフスキー.pngまぁ、仕方あるまい……それはそれとして、今ここにはアンネンコフ将軍、カッペリ将軍、私が揃っている。ドン=クバーンに対する策動を如何に達成するか、議論を始める頃合いだと思う

将軍の言葉を合図に、三人はそれぞれの位置にある席に座った。ドロズドフスキー将軍は、着席して早々とんでもない事を口にした。

ドロズドフスキー.pngこれからこの列車は、ロストフ・ナ・ドヌに直行する

カッペリ.pngアンネンコフ.png

言わずもがな、ロストフ・ナ・ドヌはドン=クバーンの領土だ。事前の通告もなしに「クラスノフ将軍から伝令が有った」と念押ししたドロズドフスキー将軍は、むしろ私たちの顔を訝し気な目で見つめていた。

波高きクバーニ、美しきテレク、静かなドン

ロストフ・ナ・ドヌは、ドン=コサックの首府にして白衛軍誕生の地として有名だ。親露派のピョートル・クラスノフが寛容なお陰で、年に一回はロシア軍将校たちが詣でに来ていた。
ここではかつて、コルニーロフ将軍だけでなく、「白衛軍の最高知性」と謳われたアレクセーエフ将軍や、コサック最高の騎士カレディン将軍が反ボルシェビキの気勢を上げた事で知られていた。

カッペリ.pngだが、まさかここに密命を帯びて来るとは

独り言でそう零した私は、駅のプラットホームにずらりと並んだドン=コサックたちを見た。小銃を掲げ口を一文字に結んでいて、相当の緊張状態にある事が伺える。

KR ピョートル・クラスノフ.png静かなドンへようこそ

ピョートル・クラスノフ将軍は、危機的状況にも関わらず飄々とした顔で我々を迎えた。白衛軍の代表としてドロズドフスキー将軍が降り立ち、何回か言葉を交わしてから私の方を向いた。
私は制服を整え、部下たちに促してから部屋を出て、ドロズドフスキー将軍の背後で敬礼する。

カッペリ.pngウラジーミル・オスカロヴィチ・カッペリです
KR ピョートル・クラスノフ.pngご高名はこの老骨も伺っております。さ、ロストフの庁舎にでも

クラスノフ将軍は私たちをリードする形でプラットホームから駅を出た。クラスノフ将軍の用意した車にドロズドフスキー将軍が乗り込む間、私は黒が基調の服をまとう、目付きに憂いがある女性の顔をちらと見た。

エマ婦人.png
カッペリ.png(エマ・デーレンタールか)
ドロズドフスキー.png何をしている、車に乗り給え
カッペリ.png! あいや、申しわけない

白いチェーカーの花嫁を見た私は、見惚れていたことを悟られぬよう努力した。眉をひそめたドロズドフスキー将軍は座席に座った後、クラスノフ将軍から状況を聞く。

ドロズドフスキー.png連合の状況は
KR ピョートル・クラスノフ.png臨終一歩手前ですな。主教たちもコサックの国に聖水を掛け、聖書を被せる事は出来ません故
ドロズドフスキー.pngでは、ドン=コサックについてお聞きしましょう。ロシアに付く事で一致していますかな
KR ピョートル・クラスノフ.png私は敵を打ち破る為にドイツの軍帽を被る用意は出来ておりますが、祖国を裏切るほど抜け目ない生き方は出来ません
ドロズドフスキー.pngよろしい……では、私の方からも言わせて頂きます

ドロズドフスキー将軍が身を乗り出し、クラスノフ将軍に耳打ちする。クラスノフ将軍の目が光り、私と目を合わせる。
私は将軍二人から目を逸らした。車窓から庁舎がぼんやりと見えて来て、周辺に軍用車両が集まっている事を悟ったのである。

KR ピョートル・クラスノフ.pngなるほど! 国家と言うものも大変ですね。平和を語る一方で、匕首を懐に忍ばせている

車が庁舎の前に停まった。私は両将軍に促されて車を降り、そこで将校連隊の同胞が整列しているのを見た。

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капелль! капелль! Наш Генерал!*1

私は立ち尽くし、しかる後に敬礼した。如何なる疑問も、当惑も、軍人たる私には無意味だった。連隊の整列を見た途端、些事を捨て祖国復興に邁進しようと言う意思が燃え盛るのみ。
問題はいかに敵を打ちのめし、少ない犠牲でロシアの名誉に貢献するかを考えるだけだ。

ドロズドフスキー.png事後的で申し訳ないが、これから庁舎の中で作戦を説明する……降りる事は許されないが
カッペリ.png石炭は積まれ、汽笛はもう鳴ったのでしょう。ドロズドフスキー将軍
ドロズドフスキー.pngそうだな

ドロズドフスキー将軍は肯定した。ならば障害は何もない……私は両将軍に向き直った。

カッペリ.pngあの装甲列車を、我ら連隊の墓標にする事だけは許しませんぞ

白い津波

後に「至高のクーデター」と呼ばれるコサック防衛衆クーデターは、実のところ現場指揮官すら情報を共有できない中で行われた。

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その理由は、帝政ドイツの傀儡国家・ウクライナでサンディカリズムの政権が誕生したからである。
元ボルシェビキのフルシチョフが音頭を取ったこの革命で、ウクライナは帝政ドイツからの独立を宣言。カイザーの植民地が公然と反旗を翻した事で、ドイツは四面楚歌の状態に陥った。
……一方、この情勢に助けられたのが、サヴィンコフのロシアであった。
ウクライナの動乱を存分に利用したロシアは、ドイツの狼狽を突いた交渉を続けた末、ミンスクである種の合意に達していた。

MRUS Odinets.pngカイザーの忠臣たちにはよくお考えいただきたい! ウクライナのアカ共がクバーニ=コサックと手を組んで、良識ある貴族や軍人を一掃すればどうなるか
MRUS Odinets.pngそれに比べれば、我らがカフカースを奪回し、地域の安全保障に貢献する事、これこそ貴方がたの「日の当たる場所」を守る最良の政策では有りませんか!
デーレンタール.png(……ドイツ側の反応も上々だ)

ロシアはドイツに対し、ウクライナとドン=クバーニの分割を協議した。「打倒サンディカリズム」と言う大義名分は、これまで敵対関係にあった両国を再び結び付ける事に成功。
この決定は「ベルリン=モスクワ協定」と呼ばれ、この時点では独露修好の末、第二次独露再保障条約が締結されるとすら噂された。
誰もロシアがこの日の為に備えていた事を知らず、これから先も拡張を続ける計画を持っている事も知らなかった。
ほぼ同時期に起こった赤色ウクライナの誕生とカフカース半島の擾乱は、サヴィンコフに自らの野望を際限なく実現する絶好の機会となった。

MRUS Yusupov.pngここに居る記者の方々には、我が国の行動が純然たる国益と、カフカース地域の秩序を守る為にある事をお伝えせねばなりません
MRUS Yusupov.pngウクライナがサンディカリストの手に落ちた時、次に狙われるのはカフカースだけでは有りません。ガリシア、ルーマニア、ポーランド……
MRUS Yusupov.pngあらゆる近隣諸国は、世界革命を訴えるインターナショナルに脅かされながら生きねばなりません。しかし我らがルーシは、伝統と文化を守り抜き、世界の秩序を守る大国の一つとして……

ブツン

アンナ2.pngあんな事を言っているけれど、腕力に出来るのは問題の先送りでは無いのかしら……

サヴィンコフのスポークスマンが飴と鞭を使い分けながら、世界に己の所業を正当化する間、装甲列車とフッサールたちはエカテリノダールに足を踏み入れる。

アンネンコフ.pngオスカルは列車で優雅に旅行、俺たちはオンボロボートで海賊の真似事ときやがる……РПКが上手くやらなきゃ、俺たちはお陀仏だぜ
NRPR戦闘団員.pngまぁまぁ。クバーニの奴らだって一枚岩じゃないんだから。クバン川だって、警備のけの字だってありゃしない
アンネンコフ.pngそれで、俺たちの仕事は?
NRPR戦闘団員.png……あー、はいはい。ここに巾着があるんで、それ開きますね

エカテリノダールでは、官憲たちの配置も警備態勢も進んでいない。クバーニ=コサックの中でロシアに忠誠を誓う防衛衆が、軍の出動を拒否して親独派と対峙している。
アンネンコフたちは防衛衆の助けを借り、クバン川に沿ってエカテリノダールを突く事に成功していた。

アンネンコフ.png……ドンからの難民を装った次は、船に積んだ武器で暴れ回れ? 気狂い沙汰だ。天才は人の命をおもちゃみたいに扱いやがる
NRPR戦闘団員.pngドロズドフスキー将軍はお嫌いですか?
アンネンコフ.pngとんでもない! ……碇下ろせ

舟が停泊すると同時に、アンネンコフはシカゴタイプライターを装填した。現物は内戦中のアメリカから安く買いたたいている。
紙切れのようなドル札が、アンネンコフに国を一つ潰すほどの銃弾を与えた。

アンネンコフ.png今は好きさ……媚びへつらえば、暴れ回れるからな

アンネンコフはふ頭に降りた。大股で陸地へと進むアンネンコフの後ろを、無数のコサック帽とトレンチコートを着た男たちが付いて来る。
官憲は同じスタイルの男たちが一斉に陸地へ揚がってきた事に戸惑いながら、拳銃に手を掛けた。

名無し.pngちょ、止まれ。今は戒厳令中だ。止まらなければ、貴様らを不穏分子として……
アンネンコフ.png不穏分子が、何だって?

アンネンコフは官憲の懐に、冷たいとミーマシンガンの銃身を突き付ける。

アンネンコフ.png放送局に案内してくれるか? 近くに車があるとありがたい
名無し.pngな、何をするつもりだ
アンネンコフ.png答えを知りたいか? それとも……

銃身を押し付けたアンネンコフは、安全装置を外して官憲たちを降参させる。

アンネンコフ.pngガソリン代をケチって、生命を無駄遣いしたいのか

官憲たちは、トレンチコートの奥から光る銃口に囲まれて両手を上げた。アンネンコフが一番若い衆に顎をしゃくって車を調達させる。
それから、アンネンコフの衆らは各々がエカテリノダールのインフラ施設に車を飛ばし始めた。後から聞こえて来たのは、唸りをあげるシカゴタイプライターと女子供の悲鳴だった。
それも、遅れてやって来た装甲列車の汽笛が掻き消していく。

カッペリ.png全能なるハリストスよ、ご照覧あれ。我ら忠勇なる将校連隊は、いかなる時も貴方の教えの為に戦うでしょう……捧げー、銃!

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カッペリ.png訓練通り、規律正しく――行動開始!

In the name of Country and God.

ブィーチ.png国民に対して、私は軍事的強迫に屈する事の無いようお願いする。……私がマイクに向かっている瞬間にも、白い頭蓋をシンボルとしたカッペリ連隊が、国会議事堂に前進している
ブィーチ.png我々は必ず侵略者を撃退するだろう。私は平静である。国民諸氏も落ち着いて、品位を守るよう、繰り返し願いたい
ブィーチ.pngその品位が、必ずや一民族を砲の下に屈服させようとする侵略者の汚名を永遠のものとするのだから――

「モスフィルム」スタジオで、サヴィンコフはエカテリノダールのラジオ放送に耳を傾けていた。

名無し.pngこちらはカテルィノダール放送局……カテルィノダール…………です。現在、全国が衝撃の中に…………皆さんの耳にも…………。銃撃と阿鼻叫喚です
名無し.pngアナウンス室の窓からは、何も見えません。ロシア統合を訴える裏切り者のコサックが、ロシア語の軍歌を流すのみです……あっ
名無し.pngアナウンス室の扉が開きました。スボレフのライフルを持った反乱軍の兵士です。彼らは、白い頭蓋の腕章を巻いています……いま、彼らが私に銃を向けた
名無し.png国民の皆さん、首相の指示通り……品位を守って…………

甲高い銃声を合図にアナウンスが止んだ。その後、数十秒の沈黙を経て音楽が鳴り響いた。「我が偉大なるシオンの主」だった。

https://www.youtube.com/watch?v=bWBdiIdiIug&index=33&list=PLZ-rxZRh2QzJC0LPkAzCKPfMz1MMcnkxA

エマ婦人.pngずいぶんと気の利いたレクイエムね

しゃなりしゃなりと歩いて来たエマ・デーレンタールが、サヴィンコフの隣に座った。カメラマンが二人をじっと見たせいでディレクターに殴り飛ばされる。

エマ婦人.pngあの子、可愛そう
親方サヴィンコフ.png仕方ないさ。エイゼンシュテイン監督だからな。完璧主義者だ
エマ婦人.pngどんな映画を撮っているの

サヴィンコフがセットを指した。ニコライ・チェルカーソフが古のツァーリの服をまとい、威厳を以てスタッフの期待に応えている。

親方サヴィンコフ.pngあらすじを読んでやろう……「中世期、ロシアは諸外国の侮辱を受け、分裂の危機にあった時代。一人の英雄が頭角を現して、分裂の危機にあるロシアを武勇と叡智を以て救い……」
親方サヴィンコフ.png「強大で統一された国家をモスクワに作った。この映画は、モスクワ大公にして全ロシアのツァーリたるイワン雷帝の物語である」
エマ婦人.png恐ろしいわね。あのエイゼンシュテインが、自由と革命の尊さを訴えたエイゼンシュテインが、そんな映画を作るなんて
親方サヴィンコフ.png「三月*2」か。コルニーロフ将軍の役がな、頭を掻きむしってるトロツキーを尻目にツァーリを御用にするんだ。あのシーンは傑作だったな
エマ婦人.pngそれが、今やイワン雷帝の映画をね……ねぇ。ボリス・ヴィクトーロヴィチ

エマ・デーレンタールは一人の女を指さした。チェルカーソフに口づけされているアンナ・アンダースンだ。

エマ婦人.pngあの子を后にするより、貴方の目の前に適役が居るんじゃなくて?
親方サヴィンコフ.png君は私だけの女だ。だが、彼女は「全ロシアの」女になってもらわねばならん
エマ婦人.pngあの子の「血筋」に関係があるの?

サヴィンコフは、エマを乾いた瞳で見返した。

エマ婦人.png第一革命の頃は、楽しかったわね
親方サヴィンコフ.pngそうでも無い。カリャーエフはあのとき死んだ
エマ婦人.png信仰を抱いてシオンの国へ行ったわ。貴方のような半死人じゃない
親方サヴィンコフ.png君との関係は終わった。愛だけを遺して
エマ婦人.png貴方の干からびた、半死人の体は動いている。私の心臓も、死にぞこないの鼓動と共鳴している
エマ婦人.pngツァーリの真似事はおやめなさい。貴方はカリャーエフがこんな事を望んでいる、そう思っているの

サヴィンコフは目をつむった後、スプーンでジャムをすくってから舐め、一気に紅茶を飲み干した。

親方サヴィンコフ.pngエフノ・アゼーフを覚えてるか
エマ婦人.png裏切り者よ、最低の
親方サヴィンコフ.pngそして私は奴に情けをかけ、裏切られた。生き残った奴が後生大事に持っていたのは、ドストエフスキーやトルストイじゃない。モナコの株券だ
親方サヴィンコフ.pngケレンスキーが最後に読んでいたものを検死班に教えてもらったんだ、何だと思う? プラトンの「国家」さ
親方サヴィンコフ.png俺が信じ、未来を託した人間たちは、みなクズだった。クズに従ったせいで革命はしっちゃかめっちゃかになった。ロシアの自由はズタズタだ、憲法の前文にしか、我らの信じた大義は残っていなかった

照明が落ちる。エマ婦人はその中でサヴィンコフの目だけが光っているように思えた。稲妻のように輝く目、報復と雪辱に光る眼差しだ。ラジオの無線放送がいきなり喋り始める。

名無し2.pngドン=コサック大本営、発表。先刻、クバーニ=コサックの空軍大臣が、燃え盛る車の中から遺体として発見された
名無し2.png全能なる神は、裏切り者ブクレートウに無慈悲な鉄槌を加えた。「自由クバーニ政府は」成立を宣言してから数時間で、木っ端みじんとなった

エマ婦人.pngこれが貴方の、私に対する報酬?
親方サヴィンコフ.pngアンナ・アンダースンは偶像だ。しかし君は同胞にして、最愛の女性なのだ

サヴィンコフは、辰砂色の指輪をエマ婦人に渡す。エマ婦人は薬指に指輪を嵌めた後、サヴィンコフの手の甲にキスをする。エイゼンシュタインの音頭で壮大な音楽が流れ始めた。

http://art21.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/253356216.v1515224072.jpg

黒い雲が空に立ち込め
暁は血のような色に染まる
王侯貴族がはかりごとを巡らし
偉大なる主権に戦いを挑む

エマ婦人.png今夜、ダンスを踊りましょう

エマ婦人は、サヴィンコフの眼窩を見据えて言った。

エマ婦人.png貴方とはもう、踊れない気がする

ラジオ放送は、ピョートル・クラスノフの演説を流し続けている。
曰く、「コサックとロシア国家は一体であり、戦勝国による不正な線引きを越え、真の歴史と文化的融和を取り戻すためロシアと再統合する」と。
……彼らの中で、賽は既に投げられていた。後はルビコンの河ならぬクバニの河を渡り、悉く敵を秣の肥やしに変えなければならなかった。

【KRロシア】黒馬を見たり/1936年 血まみれのマリアに進む
【KRロシア】黒馬を見たり/1937年part2 領袖サヴィンコフに進む
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*1 カッペリ! カッペリ! 我らが将帥!
*2 元ネタは「十月〜世界を震撼させた十日間〜」

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Last-modified: 2018-01-18 (木) 05:46:50 (123d)