【KRロシア】黒馬を見たり

ロシア編

ヴォルガ組

1918年5月、チェコ軍団の決起に乗じて成立した制憲議会(コムウチ)に主要な役割を果たした人物のグループ。
彼らの指揮したヴォルガ大暴動により、一時はモスクワを左翼エスエルが選挙する等、ボルシェビキ政権が倒壊する危機に陥った。
レーニンが志半ばで斃れたのも、ヴォルガの叛乱に奮い立ったカプランの暗殺未遂がキッカケ。

親方サヴィンコフ.pngボリス・ヴィクトーロヴィチ・サヴィンコフ(1879-1925)

弁護士と作家の父母を持つ。1902年にロシア社会民主労働党に参加するも失望し、やがて社会革命党の私兵組織「戦闘団」で指揮官を務め、オフラーナ長官やロシア大公セルゲイを暗殺。
戦闘団解散後はパリに亡命し、小説家「ロープシン」として名を馳せた。1914年に大戦が始まるとフランス軍に志願し、2月革命後はロシアに帰ってケレンスキーの副官を務め、コルニーロフのクーデターを秘密裡に支援した。
内戦後はボルシェビキの最も危険な敵として、コルニーロフらの義勇軍結成に暗躍し、コルチャーク政権下では政府対外広報誌の編集者を務めた。
レーニンの死んだ年に逮捕され、死刑を減刑されたあと自殺……ただこの話には裏があり、ソルジェニーツィンなどはチェーカーに殺されたと主張している。
なお、この世界ではサヴィンコフが指南したヴォルガ大暴動の影響でレーニンが暗殺されている為(KRwiki調べ)、サヴィンコフは極右勢力の中でもすんなり頭目になっていると思われる。

カッペリ.pngウラジーミル・オスカロヴィチ・カッペリ(1883-1920)

白衛軍最大の英雄。ボルシェビキからは「小ナポレオン」というありがたいのかありがたくないのか、良く分からないあだ名を頂戴した。
スウェーデン貴族の血を引き、勇敢な騎兵将校として帝政時代に軍務を務めるも、10月革命後はボルシェビキと相いれず隠遁していた。
チェコ軍団蜂起とコムウチ成立が重なった後、カッペリはコムウチ軍の指揮官を務める。
ロシア人の中で名高いカザン戦では、チェコ軍団と赤軍の死闘を活かして渡河を行い、赤軍を背後から強襲して6億5千万ルーブリ*1を奪取。
ボルシェビキ幹部が偽装パスポートと亡命用の金銀財宝リストを作るまでに至る、シベリア白衛闘争の火ぶたを切って落とした。
しかしコルチャークが敗退すると、カッペリは敗残兵とイルクーツクへ敗走。
「シベリア雪中大行軍」で多くの者が凍死する中、自身も凍傷によって落命。死後は紆余曲折を経てドンスコイ大聖堂に葬られた。サヴィンコフと行動を共にした中で最も有能な将軍。

ちなみにカッペリの能力はKRだとクソなので、私は「電撃戦」「冬季戦」「攻勢ドクトリン」を追加しています。

アンネンコフ.pngボリス・ウラジーミロヴィチ・アンネンコフ(1889-1927)

上記のカッペリとは異なり、内戦中もっとも悪名高い将軍である。シベリア=コサックのアタマンたるこの男は、内戦中に主だった白色テロルを指揮した。
多数の「ボルシェビキ」と思しき人間を処刑したにもかかわらず方面軍の指揮官を務め、亡命したあとも日英両国の尽力によって中国の牢獄から娑婆に戻っている。
しかしソ連政府は甘くなく、アンネンコフは拉致された後「人民の敵」として処刑。アンネンコフは泰然とその決定を受け入れたと言う。
この世界では国家人民主義者なので、恐らくドイツにおけるフライコールのような極右扱いをされているのだろう。良くサヴィンコフも味方に付けたものである。

ちなみに、アンネンコフには彼を題材にした「Annenkovchtchina」というソ連製映画がある。
チャパーエフでも登場する白軍コサック、並びに頭蓋の旗はアンネンコフの軍団がモチーフとなっている事が伺える。

ネームド連隊組

色々ある白衛軍ユニフォームの張本人たち。彼らの師団は「南ロシア軍」と呼ばれる中で最精鋭と言っても良く、この軍は一時期モスクワに到達してボルシェビキ政権を倒壊させるだろうと噂されていた。

Mrus Kornilov.pngラーヴル・ゲオールゲヴィチ・コルニーロフ(1870-1918)

サヴィンコフと協力した将軍で、コルニーロフ事件を引き起こした張本人。歩兵による浸透作戦を行う「衝撃隊」を指揮して、1917年におけるロシア軍大崩壊を防いだ。
単純なツァーリストでは無く、ニコライ二世を逮捕したり「社会主義者だが、プレハーノフを据えるのも悪くない」と言う等、むしろ愛国者としての側面が強かった。
クーデター失敗後はドン軍管区に逃れ、アレクセーエフやカレージンと白衛軍を起こすも、エカテリノダール攻勢の最中砲弾の衝撃波を受け戦死。
コルニーロフ死後、レーニンは「内戦は終わった」と快哉を叫んだと言うが、この世界ではレーニンが先に死んでいるので、コルニーロフが上記のセリフを言ったに違いあるまい。

マルコフ.pngセルゲイ・レオニードヴィチ・マルコフ(1878-1918)

コルニーロフ将軍の下で参謀を務め、クーデターにおいてもサヴィンコフと共に暗躍。クーデター失敗で投獄された後も、革命の混乱に乗じてコルニーロフ及びデニーキンをドンまで護送した。
その後は白衛軍の精鋭として内戦に参加し、赤軍の装甲列車に吶喊して列車を鹵獲する武勲を立てたが、次の攻勢で致命傷を受けまもなく戦死。
だが彼の才覚は死後発揮される事になった。彼は1910年代に軍事地政学に関する著書を遺し、これがソ連邦とナチス・ドイツの戦いでおおいに参考とされ、ロシアの勝利へつながったのである。
この事実を考慮してか、マルコフはロシアにおける電撃戦の考案者となる(J・C・フラーが同年生まれだからという可能性もあるが)。

ドロズドフスキー.pngミハイル・ゴーデヴィチ・ドロズドフスキー(1881-1919)

ルーマニアからドン軍管区まで、ボルシェビキ闘争の為に900マイルを歩いてやって来たスゲーやつ。その足でドン軍管区のボルシェビキを一掃した為、ネームド連隊入りした。
もちろん部隊も精強極まりなく、南ロシアの白衛軍においては最強の実力を誇っていた。
ただ本人は体力を消耗していたらしく、1918年に敗血症にかかって翌年に死亡。彼の師団は内戦終結後もナチスやアメリカ軍と協力し、それぞれが祖国復興のために戦った。
才能だけでなく人徳もあったのか、装甲列車や戦車にその名を冠されてもいる。
スキル3で電撃戦持ちなので、ポーランド帰りのロメールと一緒に使うと色々捗る。

РОВС組

内戦後フランスで反革命運動を指揮した男たち。彼らの組織はいまロシアでも活動中で、プーチン政権支持者の一翼として愛国運動を担っている。

ピョートル・ヴラーンゲリ.pngピョートル・ニコラーエヴィチ・ヴラーンゲリ(1878-1928)

アントーン・デニーキンの後を継いで白衛軍の首領となった将軍。デニーキンがツァリーツィンでなくモスクワ攻略を宣言した時これに反対。デニーキンから冷遇される。
「赤いヴェルダン」と呼ばれるツァリーツィンの戦いでは戦車部隊と共に某地を陥落させ、敗勢の中に有る白衛軍を近代化させようと務めるほど先見の明があった。
1928年に急死するも、遺族は赤軍エージェントによる暗殺と確信している。
なお、この世界ではヴラーンゲリがヒトラーの「我が闘争」に出ており、「チュートン騎士のような高貴さ」と讃えられていたらしい事がKRwikiで記されている。

レビートフ.pngミハイル・ニコラーエヴィチ・レビートフ(1893-1982)

八度の戦傷を負ってもなお戦闘を続けた闘将。ロマノフ家の生き残りを警護した事もあって白衛軍の中では評価が高く、ヴラーンゲリが制定した最高勲章「聖ニコライ十字勲章」をツルクル(後述)と共に授与した。
白衛軍の著名なものの中ではいちばん長生きで、コルニーロフに関する著書をいくつか残している。
その経歴もあってか、KRforumでは国家人民主義の頭目候補となっていた。

ツルクル.pngアントーン・ヴァシーリイチ・ツルクル(1892-1957)

レビートフと同じ最高勲章を授与された男。ドロズドフスキー師団においてはエースで、彼の死後は師団の長に任ぜられた。
しかし彼の人生にスポットライトが当たったのはむしろ内戦後で、イギリスとソ連のダブルスパイをやってのけたエージェントでもある。
この世界では恐らく、レビートフと組んで大暴れしているだろう。

イギリス編

ファシストと有名作家が天下を盗った国。ディストピア小説の名手を秘密警察の長官に据えるってどーよ

亡命組

トロツキー.pngレフ・ダヴィーヂヴィチ・トロツキー(1879-1940) [#o2693551]

言わずと知れた赤軍を組織して白衛軍を撃破し、世界革命論すら唱え、戦後も西側諸国の新左翼が神の如く崇めたヤベー奴。
この世界では赤軍壊走後、イギリスに渡ってファシストのモズレーを洗脳し、吸血鬼を人海戦術でひっ捕らえた。
現実世界ではサヴィンコフの陰謀を打ち砕いたトロツキーも、このAARでは西欧革命における黒幕として、レーニン以下ボルシェビキの政権を破壊したコルニーロフ=サヴィンコフ体制に報復を挑む。

ライリー.pngシドニー・ライリー(1874-1924) [#f1a84e1c]

007のモデル。ロシア内戦の際に暗躍し、サヴィンコフと共に左翼社会革命党の蜂起や、レーニン暗殺計画を練り上げたが、1924年の政治工作に失敗後、ロシア領内で銃殺。
この世界では内戦終了後イギリスに渡ってトロツキーに仕えているが、いったい何があったのか?

オーウェル.pngエリック・ブレア(1903-1950) [#ha2bab22]

「1984」や「動物農場」を描いた偉大な作家も、この世界では肉体言語で革命の敵を叩く武闘派の軍人となっている。
モズレーの私兵組織を率いているが、実際はトロツキーとの面会を重ねており、しかもトロツキーをも信じていないという政治的に不器用な男。
彼が生き残っているのは才覚あっての事であり、危険視されれば真っ先に粛清されるだろう。

オフセーエンコ.pngウラジーミル・アントーノフ=オフセーエンコ(1884-1939)

知ってる人は知っている、十月革命で冬宮殿を制した人。最もその後は内戦での活躍もトロツキーの影に隠れ、そのトロツキーはスターリンによって追放。
彼もまたスターリンによって処刑された。ここでの末路はもっと酷い。

フランス編

主だった人間は一人しかいないので、彼を中心に取り上げる。

マフノ.pngネストル・イヴァーノヴィチ・マフノ(1888-1934)

V for Vendetta等で見るⒶ印の元祖。赤軍にも唾を吐き、白衛軍の背骨を砕いたゲリラ戦の天才。この世界ではボルシェビキが破れたためフランスに亡命し、選択し次第によっては陸軍総司令官にもなれるカリスマ的存在。
が、この世界線ではソレリアン等に日陰者として扱われ、ロシアの戦力に真っ向ぶつかって硝煙と共に姿を消した、楠木正成や真田幸村のような存在。


*1 ロマノフ家の秘密資金

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Last-modified: 2019-02-09 (土) 21:10:45 (194d)