さらば、さらば故郷の娘よ

the Darkst Hour

復興したロンドン

KRチャーチル.png私が帰還したその街は、かつての栄光も伝統も消えうせた、灰色の煙だけ市内に漂う抜け殻であった。……ロンドン。国王が亡命し、逃げ遅れた伯爵の類がみな殺されたこの国は、ロシアから丁重に返還された「はず」のものである
KRチャーチル.pngしかし我らがエドワード八世は元愛人・いまは妃を侍らせてこう言った
エドワード8世.pngドラキュラの国に戻るよりも、余はここに新しいハリウッドを築きたい
KRチャーチル.pngと。パーティに参加したものはみな、笑った。笑っていないのは私くらいだ。影のものとして英国に尽くしてきたヴァン・ヘルシングの家が気の毒でならなかった
KRチャーチル.pngだから私はロンドンに残り、私がかつて「私の軍隊」と呼んだロシアの兵士たちにじっくり監視を受けながら、彼等に紅茶の作り方、フィッシュアンドチップスの美味い食べ方を教えてやろうと思っている
KRチャーチル.pngあの戦争の顛末を語らいながら、ゆっくりと

イリヤー・ムーロメツ…またの名を「蒼ざめた馬」

http://art5.photozou.jp/pub/867/3222867/photo/260162264_624.v1549706503.png

ペトログラード臨時軍事総督区

ピョートル・ヴラーンゲリ.png……皆、揃ったかな?
マルコフ.png……
ドロズドフスキー.png……
カッペリ.png……
アンネンコフ.png……

ピョートル・ヴラーンゲリ.pngよろしい。では始めよう

ヴラーンゲリは、イギリス全土の地図を示し、沿岸部に集中する戦力を随時指摘しながら、いかなる手段でこれを突破しロンドンのカリスト政権を叩くか、意見を求めた。
戦争はもう終わりに差し掛かり、次の対立へ向かおうとしていた。日本はブリタニアと組み、インドとは好意的な中立を結んで、ロシア包囲網形成に動き出したのである。

ピョートル・ヴラーンゲリ.png彼らに対抗するには、ヨーロッパ全土を確保し、残った資源や農作物をロシアの手で管理する体制を整えねばならん。そしてそれには、ロンドンまで行き、ブロンシュテインを殺さねばならないのだ

ヴラーンゲリに食いついたのはアンネンコフだった。彼はサヴィンコフから辞表を目の前で切り裂かれ、酒浸りになりながらも軍務を続けている。

アンネンコフ.pngけどねぇ、旦那ぁ。無理があるでしょぉ。ロシアの海軍は陸空軍に比べて、大した戦力など持っておりゃしないじゃないですかぁ

マルコフは首を横に振った。

マルコフ.pngいや、それが絶対必要なのだ。なぜならば、イギリスを支配することは北大西洋を防波堤にする事と一緒だ。ブリタニアは旧米国の政治制度を再建しながら重工業を移転させ、特に造船では目覚ましい成果を遂げている
マルコフ.pngそれにあのヤギ頭。何を考えておるかわからん。スペインでは化け物が人間を喰らい、仲間にしてマドリッドを席巻しようと試みていた。あれがイスカリオテの残党によってもろとも消し飛ばされなければ何が起きていたか……
ドロズドフスキー.png生かしておけば、また次の謀略に付き合わなければならないという訳ですね
カッペリ.png冗談ではない!

カッペリがいきなり机を叩いて立ち上がった。これまでのうっ憤を露わにして、地図を指しながら怒鳴りに怒鳴った。

カッペリ.png奴は正真正銘の悪魔だ! 悪魔に比べれば怪物など稚児に等しい。ましてその「化け物」とやらも、頭部を切開され正気を保っているかすら怪しい黒髪の少女ではあるまいか?
カッペリ.png奴を生かせば第二、第三のウリヤノフが出てくるだろう、この美しいヨーロッパに!

カッペリはそこまで言った後、急に席に座り込み、頭を抱えながら声を絞り出した。

アンネンコフ.png俺たちの壊したヨーロッパに、か?

アンネンコフは皮肉な笑みを漏らした。しかしその瞳は潤んでいた。俗悪の軍団長が英雄的な戦士にこれ以上ない共感を抱いていたのである。
皆、戦争に飽きていた。戦争とは国益の追及であって、青書生の求める理論を一から十まで全うするか、弾圧するかのゼロサムゲームでは無いはずだったのに。
自分たちの古さを自覚しながらそれでも彼らは、おそらく自分たちが最後に戦うであろう大戦争の幕を下ろそうと必死になっていた……アントーン・ツルクルとアレクサンドル・デーレンタールが一緒に来たのは、その時だ。

ツルクル.pngデーレンタール.png失礼いたします

二人は一様に書類を、分厚いのを持ち運んでいた。ヴラーンゲリが立ち上がって二人から資料を貰うと、集まった将星たちに次々とこれを配り、驚く面々に淡々と告げた。

ピョートル・ヴラーンゲリ.png原子爆弾が完成した

ドロズドフスキーは腰を宙に浮かし、

ドロズドフスキー.png実用化されたのですか?

と、青い声で言った。「そうだ」と短く答えたヴラーンゲリは、書類を横の退けて、ロンドンとドーバーに×印をつけながら、

ピョートル・ヴラーンゲリ.png次の作戦ではロンドンとドーバーに、原爆を投下する

こう言った。アンネンコフは上半身を揺らしながら被りを振って、収まる事のない笑いに身を震わしている。

カッペリ.pngどうしてもやるのか?
マルコフ.pngやらねばならんだろうさ。ロシアの兵士が大勢死ぬ事より、陽の沈まぬ帝国の都だったロンドンを、廃墟にしてしまう方が効率良い

カッペリが凄まじい目つきでマルコフを睨んだが、何も言わなかった。誰しも、これ以上の犠牲が反戦デモやストライキ、そして四度目の革命につながる事を知り抜いていた。

デーレンタール.png総督は貴方がたに対し、いかなる軍事的行動についても無制限の裁量権を与えると仰せです
ツルクル.pngトロツキーの居場所も知れています。化け物の母親がどの地下牢に潜っているか……
マルコフ.png情報源は?
ツルクル.png偽名ですがね。中々上位クラスにいるようで、トロツキーの策謀もここから徐々に漏れていったんですよ

ツルクルが白い歯を見せて柔和に笑うと、アルファベットで情報源の名前を書いた。

「ジョージ・オーウェル」

将星たちの腹は決まった。

ドロズドフスキー.pngすべて全能なる神の思し召しのままに、我々はアルビオンの断崖まで血に染めて戦争を終わらせなければなりますまい

そうでもしなければあの島国を絞りつくすまで、トロツキーは戦うのを止めないだろうと、誰もが確信していた。

ロンドン 地下

今やトロツキーの顔は、亡霊のそれであった。

トロツキー.png革命の都・パリは劫火に崩れ落ちた。ローマにはイスカリオテが、マドリッドにはカルリスタが、デトロイトには落ちぶれたはずのウィンザー朝がある……

トロツキーは閉口した。彼がいま居るのも、ロンドンからエディンバラまでつながる地下大本営である。
エリック・ブレアらの部隊が本土決戦の折、「革命の前衛たるため、世界の面前で名誉ある死を遂げる」ために作った絶望の要塞であった。
最もここをトロツキーは好んでいて、兵士たちは口をそろえて「トロツキーが地獄と交信している……レーニンの助言を仰ぐために」と、散々陰口をたたいているのだった。
トロツキーは地下に設けられた自室に籠り、呆然とペンを握ったまま原稿の散らばった机を見つめている。

ライリー.pngブロンシュテインの様子はどうだ

シドニー・ライリーは、そんなトロツキーの様子を伺いに本国へ戻ってきた。作戦が失敗に終わったので、モズレーに報告を終え直行してきた。

オーウェル.png良くないな。そっちはどうだ
ライリー.png「積荷」をオタワまで運ぶ用意をしてきた。ブロンシュテインの足掻きさ、資本主義国家の内紛を煽るための最後の抵抗……が、その前には兵隊を揃えねば

エリック・ブレアは、ライリーも見ずうつろに答えた。

オーウェル.png兵力は十分に補充できる。何せ、あの化け物と血液を交換した処女童貞の奴等を中国からも集めて来たんだ。エリートの吸血鬼部隊は我が方でかき集めて、本土決戦の際にはあらゆる手段でロシア軍に対抗させるつもりだ
ライリー.pngあのガキも物好きだな。不利になればなるほど、トロツキーに従順になっている。フランスが落ちた頃には夜も眠れなかったんだ。奴が本気で刃向かって来れば
オーウェル.png俺の部隊じゃ到底追いつかん

ライリーとブレアは、肩を竦め合った。その間を赤い目をした、牙を持つ少女が通り過ぎていく。震える手で小銃を持つのに精いっぱいで、ライリーとブレアに気付かなかったのだ。

オーウェル.png007
ライリー.png何だ
オーウェル.pngどうしてお前は戦っている? 何故、お前は赤くなったブリテンに戻って来たんだ

笑い顔を取り繕うライリーに、ブレアは終始まじめな顔で尋ねて来た。観念したライリーはなお口端を吊り上げながら、

ライリー.png自由だ

と切り出す。

ライリー.png皇帝がいないロシアの八月を、フロッグコートも無く好きな女と歩いてみたかった。ボリショイには目もくれず白樺の森を散策して、鳥と囀りながら女と木陰でキスをする
オーウェル.pngははは……
ライリー.png本当だぞ? 俺は、自由で民主的な、統一されたロシアで生きたかった。だから、セルゲイ大公を殺したサヴィンコフと手を組めば無敵に思えた。奴なら民主主義を実現してくれると……だが違った。奴も皇帝と同じだった

ブレアは笑うのを止めた。ライリーも諧謔的な笑いを終え、口を一文字に噤んだ。伝令が駆け込んで来る。
彼は13才くらいの年齢で、軍事教練もまともに受けていなかったが、童貞であることを理由に精鋭部隊に配属され鼻高々だった。

ライリー.png

その彼が言うには、ロシアの巨大な爆撃機がジェット戦闘機と共にロンドンと、ドーバー上空へ迫っているらしい。都市への爆撃なら、なす術はあった。しかし今回は、爆撃機2機と最新鋭戦闘機数十である。

オーウェル.pngどういう意図なんだ、連中は……
ライリー.png良くない兆候なのは、確かだ

言って、ライリーはトロツキーがいる執務室の扉をノックした。トロツキーの反応は芳しくなかったが、ライリーは勝手に入り込む。

ライリー.png同志
トロツキー.png何だ

ライリーは机の上に目を落とした後、トロツキーの顔を見ながら問うた。

ライリー.png何を書いておらっしゃるので?
トロツキー.png「伝記」だ。革命とその顛末と、新しい共産主義に向けた私の遺言だ

トロツキーは笑った。目には隈が出来ているのに、少年のような輝きを失っていないのがライリーにとっては異常に思えた。

ライリー.png同志は恐れを知らないのですか
トロツキー.pngレーニンでさえ銃弾に倒れた。ジュガシヴィリでさえ、死ぬときは自ら電流付きの鉄条網に突っ込んでいった。私の同志はみな勇敢であったし、誰も彼も死を恐れたことは無い
ライリー.pngですが、死よりも恐ろしい事態が起きるやもしれません

ライリーは進み出て、トロツキーに報告書を渡した。
ヤギ頭のトロツキーは頭を掻きながら、一都市を灰に出来るイリヤー・ムーロメツ巨大爆撃機が、BI-1と呼ばれるジェット戦闘機を伴いロンドン上空へ達しようとしているとの報告を見た。

トロツキー.pngホットラインにつなげ
ライリー.png地下城塞にですか
トロツキー.pngそれから、サヴィンコフのクレムリンだ

トロツキーは立ちあがった。それから懐にあった拳銃を握り直し、銀の銃弾を込めながら自分のこめかみに銃口を向け、引き鉄をぎりぎりのところまで絞った。

トロツキー.pngあの男と話がしたい


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2019-03-10 (日) 05:43:38 (10d)