KRフランス・コミューン シーシュポスの神話

ドリオ・プラン

1941年度BGT総選挙によって、ソレリアンの影響力が強まると、フランス・コミューン陸軍はより挑戦的な作戦を打ち出すようになった。
 
これは、ソレリアンという派閥内部において職業軍人の地位が高いところから端を発する。

彼らは職業軍人として、アナーキスト派閥の郷土義勇軍構想やジャコバン派閥の人民軍構想に強く反対の意志を示している。
 
それを政治的メッセージとして伝達するには、どうしても彼らが主導する作戦の成功が、否。
大成功が求められていたのであった。
 
ソレリアン派閥において独自の地位を築く、政治家にして軍人*1。ジャック・ドリオによって計画されたこの作戦は彼の名前を取り
「ドリオ・プラン」
と名付けられた。
 
 
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この作戦は、フランス・コミューン軍の機甲部隊をレーゲンスブルクに集中、一点突破を図り、後備部隊を配置しながら前進。最終的には地中海沿岸都市「ウーディネ」に到達するというものであった。
 
 
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既にザールの重工業地域を手中に収めながらも、未だ陸軍戦力に衰えを見せないドイツ帝国軍の背骨を完全に粉砕することを目標としたこのプランは、今時大戦の早期終結を望む民衆の意志を汲んだトラヴァイユール・アナーキスト派閥の賛成もあり、殆ど初期案そのままに実行されることとなった。
 
 

ドイツ帝国軍の決定的敗北

 

我々は前進し続けた。何処へ辿り着くとも分からぬ世界に向けて、戦車を走らせ続けた。
何千キロを走破しただろうか。
我々が進んだ先で、曇り空の合間から陽の光が差し込み、その光は海を照らし出した。
誰かが言った。
「地中海だ!!」
その瞬間、我々は歓喜に包まれたのであった
―フランス・コミューン軍第二戦車旅団兵士の手記にて―

 
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作戦は成功した。
地中海都市「ウーディネ」を占領した戦車師団はその勢いのままヴェネツィアに到達し、ドイツ帝国陸軍の補給線を完全に遮断した。
包囲下においてドイツ帝国陸軍兵士は勇敢に戦った。その武名はインターナショナルにも響き渡った。
しかし、それらの奮戦はもはや今となっては徒労でしかない。
 
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これ以降、ドイツ帝国陸軍は二度と攻勢に出ることはなかった。
 
 

老文学者

 
統合情報委員長の座から降りた私は今、外務大臣に就任したジャン=ポール・サルトルの指示で、ドイツ帝国との和平交渉を開始した。
そこに現れたのは、私もよく知る老ドイツ人であった。
 
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おお、トーマス・マン先生ではありませんか!
 
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先生? 冗談を言っちゃ困る。
私は君のだ。
 
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ええ、そうですとも。
我が尊敬すべき敵対者。
我が尊敬すべき文学者。
それこそが、あなたですよ。
 
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ふむ、そうかい。
……
君は確かに、素晴らしい人物なのかもしれないね
 
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光栄です。
 
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けれどもそれは一種の汚点でもある。
この老人が忠告してやろう。
暗殺、されないようにな。
 
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やはり、あなたは素晴らしい人物だ。
 
 
パウル・トーマス・マン。
1875年生まれのこの老ドイツ人は、確かに偉大な文学者であった。
1901年に発表した長編小説「ブッテンブローク家の人々」を皮切りに、多数の作品を発表している。
そして同時に彼は外交官でもあった。
ドイツ帝国内における極右勢力に先んじてオーストリアの併合に動き、極右の暴発を事前に防ぐ等の功績があったことで知られている。*2
 
 
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君も私も文学者ではあるが、同時に今は外交官でもある。
故に、我々は不幸な行き違いを「せざるを得ない」のだ。
それは分かるね?
 
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ええ、勿論。
我々としては、終戦を望みたいところではあります。
 
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……知っているよ。
君はそう思っても、君達がそう思っているわけではない、ということも。
そしてそれを、君が重々承知しているのだということも。
 
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ええ、全くその通りですよ、先生。
 
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我々は「否」と答えざるを得ない。
我々は戦い続ける。
本土を失い、やがてアフリカへ逃げ出すことになっても、我々には海軍と空軍がある。
ドイツ帝国が完全に潰えるその日まで、戦い続ける。
 
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それは、あまりに不条理ではありませんか?
 
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そうだとも。
それでも、そうだと知っていて尚、我々は諸君らの前に立ち塞がらなければならない。
 
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自殺は不条理からの逃避です。不条理そのものを解決する手段にはなり得ません。
 
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その通りさ。
だが、それが無駄だと。徒労だと知っていても、我々は戦い続ける。
……すまないな、若人よ。
私はそうせよ、と言われているのだ。
どう足掻いても、覆すことは出来ない。
 
 
そうして彼とドイツ帝国外交使節一行は、誰に許可を取るでもなく、その場を去った、
 
 
 
 
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『それが無駄だと。徒労だと知っていても、我々は戦い続ける』……
まるで「シーシュポスの神話」そのものだな。
 
 

1942年末、フランス・コミューン外務省にて

 
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で、君は例の老人を帰したわけか?
 
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そうだとも。
 
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……はぁ。君は交渉というのがどのようなものなのかを分かってないのか?
 
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どうせお前も、徒労になると分かっていたから私を派遣したんだろう。
普通の政治家なら必死になって交渉するだろうからね。
 
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ドイツ帝国は引かないよ。よく分かっている。
それでも、形式っていうものがあるからね。
 
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坊やが吹くようになったじゃないかね。
 
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いつまでも坊やじゃないさ。
それより、次の案件だ。
ダウガフピルスで叛乱があったのは知っているね?
 
 
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ああ、知っている。その裏側もね。
 
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話が早くて助かる。
飛んでくれ。
サヴィンコフの支配する、ロシアへ。
 
 
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ドイツ人の友への手紙

 
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先生。あなたがスイスへ亡命したというのは、こちらにも伝わってきています。
勿論、内部では様々な憶測が飛び交っています。
けれども私は、あなたがそこで、後世に残る大作を書き上げる時間を、今になってようやく 
得られたのではないかと考えています。
これから先、欧州がどうなるかは私にも分かりません。
ですが……私は、先生の新作を期待していますよ。

ドイツ人の友、トーマス・マン先生へ。

 
 
 
次回。
「悪霊」
 
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*1 史実においては共産党からファシストに転向。ナチスドイツに協力する"コラボラシオン"の一人として活動し、武装SS中尉として東部戦線にも従軍している。
*2 史実では政治家であったことはなかったものの、ナチス政権の成立の後にスイスへ亡命。後にアメリカへ移住し、同じ境遇にある亡命者の支援を行った。

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Last-modified: 2019-06-20 (木) 00:41:31 (145d)