KRフランス・コミューン シーシュポスの神話

ある日、ある場所で、繰り返し行われている、ある事について

某月某日、パリ市内にて

 
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私は、パリ16区にあるマンションの一室に居を構えている。
人一人が住むには少々広すぎる部屋ではあるが、私には同居人が居るので、そういう意味では丁度良かった。
 
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第一次世界大戦における敗戦と革命のゴタゴタで、我がフランスの誇る書物や芸術品は他国に流出してしまった。
「アルジェリアの反動ども」はそれらの資産を引きずっていったために、我々は新時代の芸術を生み出さざるを得なかった。

そうした、いわば"革命芸術"を求める運動は確かにシュルレアリスムや新しい表現技法を生み出しはしたが、同時に旧時代芸術への迫害が起きた。

今や「かつての」フランスの文学的、音楽的、絵画的傑作のいくつかは「ブルジョワ的」「反革命的」というレッテルが貼られ、公開や上映、演奏が禁じられている。
そしてここには、そのような「ブルジョワ的」かつ「反革命的」な文学の数々が安置されている。

私の同居人とはすなわち、これらのことを指す。
ヴィクトル・ユーゴー。
オノレ・ド・バルザック。
フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアン。
アレクサンドル・デュマ・ペール。

そして、革命期のゴタゴタで出版さえ許されなかった作家達。
レイモン・ラディゲ。
マルセル・プルースト。
 
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待っていろ。いつか諸君らを歴史の日の当たる場所へ連れ出してやる。
 
こうして、私の戦いは今日も幕を開けた。
 

戦争経済に向けて

1937年1月4日 BGTにて

 
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1937年1月、労働総取引所において、ソレリアンの指導者ジョルジュ・ヴァロワ。ジャコバンの頭目マルセル・ディートの二人が、共同で声明を出した。

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1936年の世界大恐慌は、資本主義社会を生きる反動共に対する一大警鐘であった。その事実は今も変わらない。
資本主義社会は今や、退廃・挫折・敗北の道をひた進んでいる!
それとは反対に、我々のコミューン社会は今、先進・克己・勝利の道を邁進しつつあるのだ!
我々はもはや、かの「旧きものども」に対して最後の一突きを与えなければならない立場になったのだ!
私は、かつて……否、今をもってしても対立し続けているコミュニスト達と、あえて「今」共同で声明を発表する。
我々は今この日から、フランス経済の全てを軍事に注ぎ込まなければならない!
 
続いて、マルセル・ディートの演説が行われた。
 
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我々は一年間をかけて、この生産計画について作業を進めてきました。
その結論として、我々とそこに並ぶ人々によって、次の二つの政策を定めたのです。
まず最初に、現在ある生産力を加速すること。そのためには、すべての軍需産業、資源採掘所は、週七日間、休日を返上するようなつもりで働かねばなりません。
次の政策は、今ようやく形となりつつありますが、生産能力を新規に増強すること。
さらに新しい工場を今ある工場に加え、また小さな工場も有効に使っていかなければなりません。
 
この一年間、我々は何度も障害や困難に出くわしました。対立や議論がありました。無関心や冷淡さも見られました。それらはもはや過去のものです。
私は、そんなものはみな忘れ去られたものと信じています。
現実を見ましょう。我が国はいまや、首都パリにおいて多数の有能で専門技能を持った男女によって組織された戦争指導機構を持っています。
 
私は信じています。国じゅうのさまざまな場所で持ち場についた人々が、自分たちひとりひとりの責任を果たしながら協力し合っていることを。
そして人々が、過去のどんな時代にもまして強い団結心を持っているということを。
これから歩んで行かねばならない道には、つらい仕事が待っています。昼も夜も、どの一時間も、どの一分も、身を粉にして働かねばならないのです。
 
ここまで私は、これから我々すべてが支払わねばならない犠牲について話してきました。
しかし「犠牲」ということばは、ここで使うにはふさわしいものではなかったかもしれません。
我がコミューンは、この国が自分自身の存在と未来の命のために戦うこれからを、この国のために最善をつくすことを「犠牲」とは考えません。
それは「犠牲」ではありません。それはコミューンに属するすべての将兵、老いも若きもすべてにとってでさえ、「犠牲」ではありません。
これはむしろ「名誉ある権利」なのです。
 
 
 
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我々両名とそれに付き従う議員は、この「戦争経済法」に賛同を示す所存であります。
さあ、皆さんの意見をお聞かせ願いたい!
諸君らの投じる票によって、我々の運命を定めようではありませんか!
我々は、一定の時間の後に、この議会と国家から、大いなる希望を見出すことになると信じています!
 
 
カミュ.png 「待て、しかして希望せよ」か……
 
戦争経済法は、極々少数の反対と、大多数の賛成によって、可決された。
 

炉辺談話

国会に併設された議員向け食堂にて

 
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サルトル.png カミュ。
 
カミュ.png なんだね?
 
サルトル.png お前、戦争経済法に反対を投じただろう。
 
カミュ.png 何故そう思う?
 
サルトル.png 私がお前のことを、よく知っているからだよ。
 
カミュ.png ……成る程、ねえ
 
サルトル.png 気をつけろよ。ジャコバンもソレリアンも、議員一人殺すぐらいは平気でやるぞ?
 
カミュ.png 適度に気をつけるさ。過剰にならない程度に、ね
 
サルトル.png それと……
 
カミュ.png 今度はなんだ?
 
サルトル.png にんじん、いらないか?
 
カミュ.png それぐらい食えよ、ぼうや。
 
 

兆候

 
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某月某日、パリ市内にて

 
パリ市内において、とうとう戒厳令が敷かれるようになった。
人々は既に次の戦争を覚悟している。
その中で、一人の少年が私の元を訪れた。
 
少年.png こんにちは
 
カミュ.png どうしたんだい、僕。迷ってしまったのかな。
 
少年.png いいえ。ぼくは、議員さんがここに住んでるって聞いたの
 
カミュ.png ほう。そうかい
 
少年.png 議員さん、お父さんとお兄さんは、いつかえってくるんですか?
 
カミュ.png いずれ、絶対に帰ってくるさ
 
少年.png ほんとう?
 
カミュ.png 本当さ。さて……お家に帰ろう。ママが心配するだろう?
 
 

スペイン継続戦争

1938年5月9日

 
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イギリス連合がスペインにおける権益の衝突により、亡命イギリス政府の勢力圏であるスペイン王国と、イギリス連合勢力圏にあるイベリア・アナーキスト連盟が戦争を開始。
イギリス連合は亡命政府との戦いに踏み出した。
これに呼応する形でフランス・コミューン政府もまた、亡命政府らに宣戦布告することを決定。
英仏同盟は十数年ぶりに蘇った。
 
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アルザス=ロレーヌか戦争か

1939年8月30日

 
そうした後、1939年8月30日。
仏独は、戦争状態に突入した。
 
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緒戦

 
我々がこの日に向けて準備をしてきたのと同様に、ドイツ第二帝国もまた準備をし続けてきた。
まず第一に、彼らはオーストリアを自己の勢力圏に組み込み*1、それを併合した。
その結果ハプスブルク家はハンガリーの統治者となった。
 
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第二に、彼らはスイスに味方し、コミューン政府によるロマンディ地方の併合を阻止した。
 
 

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我々の作戦はこうであった。
 
まず第一にフランドル地方を制圧する。
 
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その後に、都市化がなされたラインラントを武力をもって制圧。
そうした後に、機動戦力を前方に押し出し、敵軍の包囲を図る。
 
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激戦

 
最初の攻撃、フランドル制圧作戦は、かの地の防衛体制の不備もあり、滞りなく進んだ。
 
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しかし、ドイツ本土においては帝国軍の強烈な反撃に遭った。
 
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こうした血祭りの末に、アルザス=ロレーヌはフランスに帰還した。
 
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舌戦

 
しかし、緒戦におけるラインラント制圧戦での犠牲はとてつもないものであった。
 
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そういった作戦の後に、ヴェストファーレン州エッセンにて小規模な包囲殲滅を実行するも、政府内部においては激しい舌戦が繰り広げられることとなる。
 
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BGTにて

ジャコバン派頭目、マルセル・ディートはBGTにおいて、トラヴァイユールを強く非難した。
 
 
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我々ジャコバンは、トラヴァイユール諸兄の"第一次世界大戦の轍を踏まない"という言葉を信じ、彼らの指示する戦略案を飲んだ。
しかし実態はどうであろうか!?
50万人以上の死者を出しながら、未だ戦争は続いているではないか!!!
我々は来たるべき1941年BGT総選挙において、この点を強調し、トラヴァイユール派議員諸君を、強く、強く弾劾するものである!!
 
ロジェ・サレングロ.png ……
 
 
トラヴァイユール派議員の大物、ロジェ・サラングロはこの批判に対し、有効な反駁を行うことが出来なかった。
 
 
カミュ.png ……ここからが我々の戦争だ。
 
 

"戒厳令"の時代はこうして幕を開けた。
我々は、我々の眼前の敵以上に、内を蝕む不条理な"ペスト"との戦いを始めることとなった。
次回、1941年BGT選挙。
 
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*1 VictoriaMODの勢力圏ディシジョンにより傀儡化

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Last-modified: 2019-04-30 (火) 21:41:04 (22d)