KRフランス・コミューン シーシュポスの神話

用語解説

:労働総取引所(BourseGénéraleduTravail)

この世界のフランスにおける国会に相当する機関。
イメージとしては史実ロシアにおける「ソビエト」が近いが、ソビエトと違うのは一党独裁体制が構築されていないということ。

トラヴァイユールはこの労働総取引所を継続し、民主的な統治を行うことを目標としている。

ソレリアンは国家体制が資本主義経済からサンディカリズム経済に移行するためにBGTは存在していたとし、BGTを廃して中央集権的な国家体制の構築を目標としている。
ソレル主義そのものがファシズムの源流であったこともあり、史実イメージとしてはイタリア・ファシスト党辺りが近いものになるであろうか。

ジャコバンはレーニン主義に影響を受けた集団であり、別名はボルシェビキ。プロレタリア独裁による一党支配を目標としている。
史実におけるソビエト・ロシアのような国家制度が最終的目標になっている

アナーキストは急進的リバタリアニストなどの集まりで、小さな政府と地方自治の維持を目標としている。
フランス・コミューンにおいては地方自治が一定規模存在しているのだが、それは彼らのおかげであると言える。
だからと言って彼らに1から10まで政治を任せると、彼らは「地方州を独立させかねない」存在であり、取り扱いには十分な注意が必要である。
 

:労働総同盟(Confédération Générale du Travail)

略称はCGT。労働組合の取りまとめ的な組織であり、労働者を代表して政治的な要求を行う団体。
フランス南北戦争においては最初のゼネストを行った組織であり、サンディカリズムを基本思想としている。
トラヴァイユールの主要支持層でもある。
史実においては第一次世界大戦後に右派CGTと左派フランス統一労働総同盟 Confédération Générale du Travail Unitaire; CGTUに分裂するが、36年に再度合同し人民戦線の中核として活躍。
第二次世界大戦においても対独抵抗運動をになった。
47年マーシャル・プランによるヨーロッパ復興方式反対闘争の方法をめぐって右派が脱退し「フランス労働総同盟=労働者の力」CGT−FOを結成。
世界労働組合連盟 (世界労連) に加盟し,その中心勢力となっている。
ソレリアンは革命的サンディカリズムの視点からBGTを廃してこの組織へ権力集中させることを目論んでおり、逆にプロレタリア独裁を志向するジャコバンはCGTを廃し、BGTへの権力集中を目論む。
実に七面倒臭い権力分配であり、正直なところ、筆者もここらへんが完全には理解出来ていない。
 
 

作家解説

:アルベール・カミュ(Albert Camus)

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 1913年、仏領アルジェリア・モンドヴィ近郊にて生誕。
 史実では1956年にノーベル文学賞を受賞。戦後最少年となる43歳での受賞となった。
 史実における彼の政治的立ち位置を言えば「反抗」であり、メインストリームへの反撃・反抗を主軸としている。逆に言えば彼は「主体となる存在へのカウンター」であり、太陽となる主流思想の光を得て輝く月のような存在である。
彼自身が何かを決定しよう、という意志があるわけではなく、史実においてはジャン=ポール・サルトル(後述)との論争を経て、敗北した……ということになっている。
史実におけるアルベール・カミュの文学は「不条理とそれに立ち向かう人間の賛歌」であり、死や事故と言った人間生活で起こり得る不条理な事故を考察しながら、それでも尚その場に立たざるを得ない人間というものの存在をありありと描き出している。
そういった人間賛歌、不条理とそれに立ち向かう(カウンター)の精神は彼の論調にも現れており、もし仮に確固たる政治的区分を与える(もっとも、これも無意味ではある)とするならそれは「反抗的自由主義者」「反抗的リバタリアニスト」と言えるだろう。
 カイザーライヒ世界においては1936年時点で候補に上がるに過ぎないアナキスト政治家の一人なのだが、1936年時点での彼は23歳である。
まあもっとも、彼は中学生時点で文学志向を強めていたというところから考えれば、文学を書きながら、内戦発生時にフランス・コミューンに渡った、と考えるのが自然であろうか?
史実ではアルジェ大学に通い、その学生生活の中で結婚をしている……が、この妻とは上手く行かなかったらしい。
カイザーライヒ世界においてアルジェリアはかのフランス国粋派の拠点となっていることを考えれば、1919年(フランス南北戦争の開始年)時点でフランスに渡ったのであろう。とすれば、7歳〜18歳に至るまでの多感な時期を内戦下のフランスで生活したということになる。
 その上で彼がジャコバンでもトラヴァイユールでもなく「アナーキスト」の立場に居る辺りに、彼の彼たる所以を感じざるを得ない。
 詳しい描写はカイザーライヒwikiにもないので、このAARにおいては
「史実と同様の反抗的人間として、フランス・コミューンを変えようとするマイノリティ」
と定義し、動かしている。
長々と失礼。筆者は実のところ彼のことが大好きなのである……。
 

:ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre)

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 1905年、フランス首都パリの16区にて生誕。
 史実では1964年にノーベル文学賞を受賞するものの、歴史上初めて「自己の意志によって受賞を辞退した人物」となる。
史実における彼の立場は親マルクス主義であったが、スターリン批判の後に毛沢東主義に鞍替えする。とにかく一貫して左派・革新主義の側に居た人物である。
マルクス主義への傾倒から、史実においてはメルロ=ポンティや先述したアルベール・カミュと対立し、公開書簡においてアルベール・カミュとの論争に勝利した、というのが歴史上の定説となっている。
 史実におけるサルトルの思想は「実存主義」であり、これ一つ取っても論文一つ分に相当するだけの文章が書けるものであり、AAR上においては割愛する。気になる人は「実存主義」でググってみよう!
彼の行動論理のベースには「アンガージュマン」という概念があり、簡単に言えば社会参画を行うというもので、自身も政治的発言や主張を繰り返し行い、第二次世界大戦後の左派知識人の行動のベースにもなった。
カイザーライヒにおいては1940年から閣僚候補として登場するのだが、どの派閥を選んでも「彼が選出されることはない」。
 もしかしたらカイザーライヒを作った皆さんは「カミュが出るならサルトルも出なきゃ駄目だろう」ぐらいのニュアンスでねじ込んだのかもしれないが、何にせよAAR上においては「舌禍によって派閥に属せなかった政界の孤児」と表現するに至った。
何かと賛否の別れる人物ではあるが、歴史上重要な役割を担った人物であることは間違いあるまい。
 

:アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway

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 1899年、アメリカ合衆国イリノイ州オークパーク(現・シカゴ)にて生誕。
 史実では1954年にノーベル文学賞を受賞。
 彼の経歴は作家というよりは冒険家そのものであり、第一次世界大戦においては赤十字の一員として北イタリア戦線に馳せ参じ、重傷を負う。
続いてスペイン内戦においては人民戦線側について参戦。この時の経験を元にして書かれた小説が「誰がために鐘はなる」「武器よさらば」である。
ノーベル文学賞を取った1954年には「老人と海」を書き、これがきっかけでノーベル文学賞を受賞。
そしてこの年、二度も航空機事故に遭遇。生還する。
『お前は映画に出てくるアーノルド・シュワルツェネッガーか何かか!?』
 しかし、二度に渡る航空機事故は彼の身体を蝕んでおり(当たり前だろ)晩年は執筆も上手く進まず、1961年7月2日早朝、ショットガンで頭を吹き飛ばして自殺。
彼の書いた冒険小説は後にアメリカ文学のハードボイルド小説の原点となり、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラー等の後継を生み出した。
 ……作家? 作家だよ。文句あるのか。
 サルトルの「アンガージュマン」と称する政治参画は確かに偉いし、褒めるべきだとは思うのだが、彼や後述するジョージ・オーウェルのぶっ飛んだ政治参画を見ると、正直霞んでしまうところもある。同時代にこんな人間が居るんだから、そりゃ、もうね……。
彼の執筆スタイルは、午前一杯小説を書き続け、午後はお気に入りのバーでカクテルを飲み続けるというもので、全作家志望が憧れる生活を送っている。私も早くそうなりたい。

:ジョージ・オーウェル(George Orwell)

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 1903年、英領インド・ビハール州モチハリにて生誕。
本名はエリック・アーサー・ブレア(Eric Arthur Blair)。エリック・ブレアとも。
 父はインドでアヘンの栽培・販売を行っていた。
 彼が一歳の時にイギリスへ渡り、イートン・カレッジを卒業した彼は1922年にビルマに渡り、同国で五年間警察官として仕事をするが、帝国主義の片棒を担ぎ続けることに嫌気が差した彼は1927年の休暇でイギリスへ戻ると辞表を叩きつけ、二度と戻らなかった。
この時の体験を元に書かれたのが「ビルマの日々」や短編小説「象を射つ」である。
 その後、最底辺生活者のルポを書こうと決意した彼は文章を書きながら、のちのは皿洗いとして働きながらロンドン及びその周辺を浮浪者に混じって放浪する。
そうして書かれたのが彼の最初の著作「パリ・ロンドン放浪記」や、短編「貧しいものの最期」である。
しかし、彼本人は煤けたロンドンの空気を嫌っていたらしく、1935年にはエセックス州で養鶏場を営み始めた。(後の著作「動物農場」の原点がここにあるのかもしれない)
 1936年にはスペイン内戦に人民戦線側に記者として参加……したはずだったのだが、バルセロナにおける「圧倒的な革命状況」に感動し、トロツキズムの流れを汲むマルクス主義統一労働者党に伍長として参戦。
1937年5月には喉に重傷を負い、紆余曲折を経て帰国する。
この時の体験を書いたものが「カタロニア讃歌」であり、彼の生存中に1500部が刷られ、900部のみが売れたという。
1945年に出版された「動物農場」において彼は初めて世俗的名声と資産を得ることに成功する。
1947年には結核を患い、イギリスの病院で九ヶ月治療を行うが、その後にはスコットランドのジュラ島へ帰り、結核の積極的治療を拒否。
1949年にかの傑作「1984年」を書き終え、1950年には死去する。
 彼は幼少期の体験とビルマでの警察官時代の経験から、一貫して反帝国主義の立場を取っており、ナロードニキよろしく弱者の中にいりまじって彼らの窮地を描き出し続けた。
「1984年」はそうした政治活動の中で、スペイン内戦におけるスターリン派の暴虐や、『イギリス労働党でさえも究極的には独裁を求めている』という絶望から描き出された作品であり、結核治療を拒絶してまで書き続けたという事実は壮絶という他ない。
 カイザーライヒ世界においては1925年にビルマ王国が再度独立したことを考慮すると
『植民地支配の片棒を担がされた挙句、独立のゴタゴタでイギリスへ戻った』
という感じになるのであろうか。
 彼の反帝国主義、反独裁は端的に言って筋金入りであり、彼の著作を読んだことのある人間であれば「何故コイツはモズレー親衛隊の隊長なんぞやっているんだ?」と不思議に思うはずなのである。
彼と言い、ヘミングウェイと言い、そしてガブリエーレ・ダヌンツィオと言い、20世紀の文学者達の「アンガージュマン」は大概であり、そして現代人には真似出来ない(そもそも身を投ずるだけの戦場が存在しない)のである。
私はとてつもなく彼の著作と思想、その絶望に惚れ込んでいる。
偉いじゃないですか。実際にやった上で、結論出したんですからね……。
 

:パウル・トーマス・マン(Paul Thomas Mann)

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 1875年、リューベックにて生誕。
 マン家は18世紀以来同地にて商家を営む豪商の家系であり、祖父・父共に社会的地位を有している。
両親が読書家であったこともあり、彼自身も幼少期から国内外の小説や童話を始めとする書物に触れて育った。
 兄は同じく作家になったハインリヒ・マンがおり、その兄が大学入学資格を取ることの出来る科に進んだのに対し、彼は実科コース(実学的な、大学入学資格を得ることのない科目)に進んだが、そこでの成績はどうやら芳しくなかったようである。
(兄が創作の道に進むのに対し、次男であった彼が家を継ぐために実科コースへと進まされたのではないか、という予測が出来るが、実際のところは分からない)
 その後、紆余曲折を経て1893年4月に南ドイツ火災保険会社の見習いとして働き始め、その傍らで小説を書き続けた。
同年10月には処女作となる短編小説『転落』がライプツィヒの文芸雑誌『社会』に掲載され、詩人リヒャルト・デーメルから称賛され、彼は執筆業で食っていくことを決め、保険会社を辞して、ミュンヘン工科大学を聴講しつつ、作品を執筆。
(つまり、半年で仕事をやめたことになるのだが、その気持ちがとても理解出来る反面、羨ましくも思う)
 そうした中で書かれた長編小説『ブッデンブローク家の人々』が大ヒット、第一次世界大戦前の次点でデンマーク語、スウェーデン語、オランダ語、チェコ語に訳されるベストセラー作品となる。
以降、彼は作家として有名になり、数々の名作を生み出すこととなり、1929年にはノーベル文学賞を受賞する。
 第一次世界大戦においてはドイツの文明と文化を守るためのものであるという立場を示し、協商国フランスの帝国主義的民主主義に対する反民主主義的不平等人格主義たるドイツを擁護した。
 しかし、敗戦後の1930年前後にナチスの台頭があると、彼は国家社会主義系の新聞に対抗する論陣を張り、ヒトラーが政権を握る1933年にはドイツ・アカデミーを脱退、スイスに旅行中、あの有名な"ベルリン国会炎上事件"が起き、スイスに留まる決意をする。
1938年にはアメリカへ移住し、ドイツ・オーストリアからの亡命者を支援する。
 カイザーライヒ世界においては外交官の候補の一人に名前が上がるが、史実においてドイツ帝国を支持したというところからの採用であろうか?
 
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Last-modified: 2019-07-29 (月) 21:45:23 (53d)